この魔物溢れる世界では
この一週間、作者の自室に現れた虫がこちら↓
ムカデ3匹(内2匹が大小判を噛み、内1匹は大小判が寝てる間に首の上にいた)
クモ3匹(みんなペットのカニンガムイワトカゲのヘタレちゃんの胃袋へ)
ゴキブリ1匹(行方不明)
余りに衝撃的な出来事だったので。
「んで、何でお前らはうちの店で訓練なんぞしてやがるんだ?」
そんな母娘の様子にしびれを切らしたかのように、ドワーフのディムロスは憮然とした表情でシャーリィに声を掛ける。
ここはディムロスが経営する武器屋の裏手にある、商品の試し切りに使われる区画だ。シャーリィたちはその隅を借りて剣の練習をしたりしていたわけであり、ディムロスが文句の一つも言いに来るのは当然だろう。
「ギルドの訓練場は冒険者の為の場所ですし、他に巻藁などが揃っていて便利なのはここだけだったので」
そう言いながらシャーリィは金貨数枚を投げ渡し、店に置いてあった剣を一本手に取る。
「良いではありませんか。私たちはただ、この店で購入した練習用の木剣や、私の新しい剣の使い心地を確かめているだけなのですから。この場所の使用用途としては間違っていない筈です」
「やかましい。詭弁ばっかり吐きやがって……ここは使い心地を確かめる場であって、訓練場所ってわけじゃねぇんだよ」
「似たようなものでしょう。実際に軽い模擬戦の一つでもして見せれば、より使い心地が分かるというものですし」
「ったく……まぁ、今は他の客も使ってねぇからいいけどよ」
引き下がる様子のないシャーリィの説得も面倒になったディムロスは頭を掻きながら嘆息する。これが知らない相手なら叩き出すところだが、シャーリィは十年来の馴染みの客だ。金銭が掛からないサービス程度、して然るべきである。
「代わりにちっとばかし付き合え。鍛冶組合から興味深い試作品が幾つか届いたんだ」
鍛冶組合とは、ドワーフを中心とした武器職人全般から成り立つ組合であり、年に数度意見交換や情報交換、弟子の修行先の紹介や試作品を配ったりして、鍛冶技術をより一層高めようとする組織である。
ディムロスもその組合に所属しているわけだが、時折新作の剣をシャーリィに持たせて意見を聞く。シャーリィはシャーリィでそれが良い剣ならばその場で買い取るので互いに利のある話だ。
「ん……なんか面白そう」
「あの、私たちも見ていっても良い?」
「おう、見てけ見てけ」
「本当? ありがと」
気軽に許可を出すディムロスにシャーリィは耳打ちする。
「……良いのですか? 最初に私に頼んできた時も適当に済ませましたけど、試作段階ということは、まだ守秘義務などがあるように思うのですが」
「完全にダメってわけじゃねぇが、まぁ出来る限り口の堅い、信頼できる奴にだけ使い心地を確かめさせろって話だな。本来なら子供に見せる物でもねぇ」
「では……」
「なぁに、気にすんな。おめぇの娘なら別に構いやしねぇし、未来の冒険者にちょっとしたサービスって奴だ」
豪快に笑いながら進むディムロスの小さく逞しい背中に呆れた視線を送りながら、シャーリィたちは武器屋の裏手から店内に入ってすぐの部屋に連れて来られた。
剣に斧、槍に杖、更には籠手に鎧など、試作品と思われる様々な装備が新品特有の輝きを放ちながら部屋の至るところに鎮座している。
「斧だの槍だのは他の信頼における奴に試してもらうとして、あんたに見てほしいのは何時も通り剣だ。魔武器だったり、軽さや硬度を追求した新しい合金や鍛造法で作った剣なんだが……それとこれも見ていってくれ」
「これは――――」
ディムロスが持ってきたのは手のひらの形に合わせたような柄のようなものが付いた、短い筒状の物体だ。よく見てみれば、魔道具特有の機構のようなものも備えられている。
「何これ? これも武器?」
「余り触ってはいけませんよ。それは銃という武装の一種です」
「銃?」
聞いたことのない名称に首を傾げるソフィーとティオに、シャーリィは筒状の物体……銃の柄を握って、使用の際のイメージ像を見せる。
「ここ50年の間で作られた、比較的歴史の浅い遠距離武器です。小規模な爆発の魔法を内部で引き起こし、鏃の形に似せた鉄の弾を穴のところから音速以上の速さで発射する、簡単に人を殺傷できる危険な代物です」
それを聞いてソフィーとティオは銃から少し距離を置いた。これは人を殺傷する為の武器……変な興味を持たれないようで、シャーリィは少し安堵する。
「しかし、私が知っている銃と比べると随分小さいですね。以前見た時は、剣と大して変わらない長さだったと思うのですが」
「懐に仕舞えるように小型化したからな。名称としては長い方をライフル、小さい方をピストルと呼ぶようにしているんだが、今回試作品として回された代物の特徴としては、筒の内部には螺旋状の溝を作ることで弾に横回転を与え、貫通力と飛距離を上げたってところだな。実際に使ってみてくれ」
そう言われて、シャーリィは再び試し切り場へと戻る。巻藁が立ち並ぶ中、打撃武器を試す際に使う岩に向かって筒口を向け、引き金を引くと――――
「きゃっ!?」
ドンッ! という耳を塞ぎたくなるような甲高い音が響き、ソフィーとティオは揃って耳を塞ぐ。一体何が起こったのか、ゆっくりと岩の方に視線を向けてみると、岩に小さな穴が開いてあるのが見えた。
「うぅ、耳がキーンッてする……これ、岩に食い込んじゃったの?」
「みたいだね。……でもなんかショボい。これだけなの?」
「ええ、それだけです。人体を貫通するには十分すぎますが……運動会を見てきた二人からすれば、大した事には見えませんよね。でも本当に危険なので、持ってはいけませんよ」
「「はーい」」
何せ大岩の壁を素手で木端微塵にしたり、剣で微塵切りにしたり、魔法で大穴を空けたりするところを見てきたのだ。当たったら痛いどころではないのは分かるのだが、こんな小さな穴を開けた程度では、発砲の際の音にしか驚けない、実に目の肥えた十歳児たちである。
「しかし意外ですね。貴方がこの手の武器に興味を示すとは」
「んな訳があるか。組合の付き合いで運用試験に協力しただけだ」
手渡しで銃を返されたディムロスは憮然とした表情を浮かべる。
「俺は冒険者の為の鍛冶屋だぜ? こんなもん造る暇があるなら、レイア嬢ちゃんが持ってるみてぇな矢の魔武器を作るっての」
「……それもそうですね」
「で、どうだった? 一応冒険者の役に立てそうか、それを現役の奴の口から聞いてくれって頼まれてんだが」
「そうですね……」
シャーリィはしばらく熟慮した後、さして興味の無さそうな口調で答える。
「民間人だけでなく、ゴブリンやバッドボノボ、野生動物などには使えるのではないですか? 正直、私は要りませんけど」
「だよなぁ……じゃあ、いつも通りの運用ってことか」
「どういうこと?」
「ある程度強い魔物になると、殆ど効果が無いという事です」
ドラゴンを筆頭に、その甲殻の硬度が鉄に匹敵する魔物。あらゆる衝撃を無効化し、受け止める毛皮を持つ魔物。音速程度なら容易に見切って回避する魔物。Bランク以上の冒険者の出撃が推奨される魔物と言うのは、一般人の感覚では想像もできない化け物揃いだ。
仮に弾丸が肉に食い込んだとしても、当たり所が悪ければそこらの熊でさえ怒り狂って襲ってくるのだ。より生命力に優れた魔物は無数の矢が突き刺さっても尚、戦闘を継続できるし、何なら胴体に大穴が開いても戦い続ける魔物もいる。
シャーリィの言う通り、弱い魔物相手なら有用かもしれない。しかし、予期せぬ遭遇を考慮すれば、銃に頼り切るのは余りに危険だ。
「なので基本的には人の生活圏における、要人の自衛手段としてが使用目的です。……もっとも、殺人を生業にするような輩には、通じない相手も多いですけどね」
大物盗賊団の幹部や指名手配クラスの外道魔術師などが最たる例だ。そういった者たちと戦うことになる冒険者の観点からすれば、銃は使えない武器なのである。たかが岩にめり込む程度の弾丸などよりも、鉄板を容易に貫く威力を誇り、様々な魔法が付与されている矢を複数本同時に射る、エルフの弓使いの方が断然恐ろしい。
「なので冒険者の主力となるのは魔術……それも身体強化が主ですね。これさえ使えれば、私のような細腕でも」
シャーリィが小石を拾い上げ、岩に向かって投擲すると、その三割近くが小石諸共砕け散った。
「岩くらい、簡単に割れます」
「「おー」」
娘たちから尊敬の目で見られ、密かに胸を張るシャーリィ。
「まぁ他の奴にも意見は聞くが、多分感想はシャーリィと同じようなもんだろ。そんじゃあ銃の事は置いといて、さっそく今回の本命である新作の剣についてだが――――」
それっきりディムロスも銃に対して関心が無くなったのか、いそいそと試作の剣を全て持ってきて、片っ端からシャーリィに握らせた。
それからしばらくして試作の剣の使い勝手を確かめ終え、タオレ荘に戻ってきたシャーリィたち。大量の汗を流したティオに付き添う形で、ソフィーとシャーリィを含めた三人で風呂に入ることにした。
「ん……っ。……生き返る」
「ティオ、お婆ちゃんみたいだよ」
「そう言いたくなるんだから、仕方ない」
湯船を使って体の筋を伸ばすティオを見て、気持ちはよく分かると、シャーリィは内心で同意する。激しい運動の後に浸かる湯船の快感は、真実それに比肩するくらいだ。
「それにソフィーだって偶に言ってるしね」
「えー!? 言ってないよ!」
「言ったよ、つい昨日もお風呂で肩を回しながら」
「そうですね、つい昨日も言っていました。湯船で肩を回しながら」
「ママまで!?」
無意識で口から出たのだろうかと、まだ納得していなさそうなソフィー。
「でも、わたしみたいに普段そこまで動き回らないソフィーも肩が凝ることあるんだね。お母さんとかならともかく」
「え? それはまぁ、勉強してたらそういうことだってあるよ」
「ん……そういう事じゃなくて」
そう言ってティオはシャーリィに……より正確に言えば、その豊かな胸に眠気眼を向ける。
「お母さんみたいに大きい人は、普段特に何もしなくても肩が疲れるって、こないだ食堂で酔ってた女の冒険者の人から聞いたから」
「…………それは何が言いたいのかなぁ? お姉ちゃんに教えてくれる?」
不穏かつ、声も眼もまったく笑っていないソフィーがティオににじり寄ると、ティオも自分の失言に気付いたらしく、その表情に少し緊張が走った。
「ソフィー、落ち着いて。わたしたちくらいの年齢だとそれが普通って聞いたから」
「問答無用っ!!」
最近気にしている将来への不安を刺激されたソフィーはティオに飛び掛かり、その脇腹を指先でくすぐる。
「ん……っ! ダメ、ソフィー……っ! くすぐったい……っ」
「ふっふっふっ……! 姉妹だけあって、ティオも脇腹は苦手だもんね!」
「二人とも、あまり湯船で暴れてはいけませんよ。周りに迷惑が掛かりますから」
広い湯船の中心で水飛沫をまき散らす、何とも微笑ましい娘たちを適当に諫めながら、日々の疲れを湯に溶かすシャーリィ。しばらく暴れてようやく落ち着いたのか、真っ赤に火照った肌を冷ますように、湯船の縁に座った二人はふと思い出したかのように問いかけた。
「そう言えばママって、私たちがあの銃っていう武器を持つの、反対だったりする?」
「わたしたちが興味持ったら、お母さんちょっと嫌そうな顔したからそう思ったんだけど」
「そう、ですね」
チャプリという水音を立てながら、シャーリィは娘たちと向かい合う。
「道具を頼ることは決して悪いことではありません。ですが頼り過ぎることだけはいただけません。それが銃のような、誰にでも簡単に力を与える類の道具であれば余計に」
シャーリィはこれまで、持ち主に力を与える類の魔道具を主力にし、それを失って呆気なく死んでいった冒険者たちを何人も見てきた。道具の力を自身の力と勘違いし、慢心した者ほど早死にするのだ。
「心しておきなさい。生き延びるために、最後の最後に支えとなるのは自分自身で培った力だけ。道具を頼り始めるのは、それを身につけてからでも遅くはありません」
それが母としてではなく、戦う力の一端を教えた者として、ソフィーとティオにシャーリィが教える最初の教訓だった。