剣鬼流・正しい迷宮の攻略方法
ドカカカカカカッ! と、まるで親の仇を見つけたかのような勢いで、タオレ荘の食堂テーブルの上に置かれたエサ皿を嘴で突きまくるベリルとルベウス。それぞれ一枚の焼いたベーコンを引き千切っては丸呑みにする姿は肉食鳥そのものだ。
「ん、はい。あげる」
「ピ? ピピピピピピピピッ!!」
「……地味に痛い」
ティオが料理の飾りつけに使われるエディブルフラワーを手のひらに乗せて与えてみると、一旦ベーコンから視線を外し、エディブルフラワーをあっという間に嘴で削り、胃に流し込んでいく。
この二羽、どうやら嘴で千切れ、呑み込めるくらいに柔らかければ何でも良いらしい。好き嫌いもなく、逆に感心する食い意地だ。
そんな使い魔たちは胃袋の許容限界を超えているであろう大きさのベーコンを喰らい尽くすと、今度は目玉焼きに飛び掛かって白身から嘴で削っていく。
「…………共食い――――」
「ティオ、やめよ? 朝ごはんの時に出す言葉じゃないから」
何かを言いかけたティオの肩を、ソフィーが掴んで制止する。食事の時には相応しいマナーというものがあるのだ。
「それにしても、お母さんが居ない朝っていうのも久しぶりだね」
「そうだね。ママって基本的に、私たちが学校に行っている間に依頼を終わらせて帰ってくるみたいだし」
珍しいことに、シャーリィは昨日の夕食前には既に仕事に出ていた。他の冒険者たちのパーティ……というよりも、ギルドからの要請があったからとの事らしいのだが、それをタオレ荘に訪れたユミナから聞いたシャーリィは冷たい鉄面皮を張り付け、最初は拒否していた。
『断ります。私に依頼があるのなら、娘たちが学校に通っている間に終わらせられる内容にしてください』
内容についてはソフィーとティオは聞いていないが、帰るのは翌日の朝になるらしい。娘たちとの時間を何よりも重んじるシャーリィは当然のように要請を拒否した。ギルドからの要請を受ける義務が発生するのは、Aランクから上の冒険者のみ。高名に反してBランクのシャーリィには要請を拒否する権利がある。
本来ならそこで話が終了。スゴスゴとユミナが帰ろうとしたのだが、偶然にもそこでシャーリィ宛の手紙が届き、その内容を見た瞬間、シャーリィの態度は一変した。
『やはり先ほどの依頼は受けます。時間を無駄にしないためにも、他の冒険者たちは今すぐ竜舎へ向かうように言ってください。騎乗竜の代金は私が持ちます』
手首がねじ切れんばかりの手のひら返しである。シャーリィは明日の日中には戻ると娘たちに言い残し、マーサに夕飯などの世話を頼むと、そのまま仕事に出かけていった。
「何だったんだろうね?」
「さぁ……?」
王国西側に位置する、普段は海に沈む孤島には、深夜帯の限られた時間の間のみ干潮の影響で姿を現し、出入りが出来る迷宮が存在する。
遥か昔に存在した大魔術師の智慧と富の全てが眠っているとされるその迷宮に、欲望と浪漫を胸に幾人の冒険者たちが挑んだが、未だに誰一人として踏破した記録がない難攻不落の魔境だ。
延々と地下を目指し続ける縦穴式の迷宮とは思えない、一層ごとに広がる広大な迷路。長年の時を経て独自の生態系を築いた海棲系の魔物たちと、未だに劣化することのない防衛目的のゴーレムにトラップの数々。
暗号を解かなければ開かれることのない最下層への扉に、設置された魔法陣から吹き荒れる炎や雷の壁、極寒の吹雪や猛毒の砂塵が荒ぶるエリア。並の冒険者では第一層を突破し、二層目に降りることすら叶わないような凶悪な造りである。
「迷宮の攻略は、冒険者の依頼としては比較的簡単な部類です」
そんな死の迷宮を前にしても尚、シャーリィは共に依頼を受けた冒険者たちを前に自信満々に言い放つ。彼らはいずれも若くしてAランクに上り詰めた、新進気鋭の冒険者パーティ。それも迷宮攻略を得意とし、その功績を持って昇格してきた者たちだ。
迷宮の凶悪さというものが理解できているし、今いる迷宮の難易度の高さも分かっている。そんな自分たちを前にして、どうして迷宮攻略が簡単などと言えるのか……個人的武力の強さで魔物の討伐が専門と言っても過言ではないシャーリィを非難染みた目で睨むが、当の《白の剣鬼》は全く気にする様子もなく剣を抜く。
「まずは手始めに反響探知や透視の魔術で迷宮の構造を探ります。私の場合は異能を使いますが、これで目指すべき場所というのが大まかに解ることでしょう」
だからどうしたと内心で不機嫌そうに呟く冒険者たち。そのくらいは迷宮探索では基本中の基本であり、自慢気に言う事でもない。
「そして終着点、もしくは二層へと降りる階段を見つければ――――」
シャーリィは二色に輝く双眸で地面を視る。全てを視る異能は地下の構造の全てを正しく暴き出し……そのまま下に向かって剣を振るった。
「邪魔になる床や壁は全て切り裂いて真っすぐに進みます」
強固で分厚い床が四角に切り裂かれ、その部分が二層に落ちて砕け散る。トラップも迷路も暗号も防衛機能も何もかも無視するショートカットだ。
音を聞きつけ襲い来る魔物も一閃の元に切り捨てるだけでなく、そのまま飛ぶ斬撃で二層、三層、四層、五層目の床も纏めて切って、言葉通りに真っすぐ降りていく。迷宮の設計者もまさかこのような形で丹精込めて造った迷宮を攻略されるとは思っていなかっただろう。
奥に進ませないように数々のトラップなどを設置したのに、全て無視してショートカットされれば、設計者も草葉の陰で泣いているに違いない。
そして迷宮到着から即座に床を切り裂いて地下に降り始めること数分。本来ならば長期間をかけて辿り着くべき最下層である百五十層に辿り着き、隠された魔導書や魔道具、財宝の数々を目の当たりにして顎が外れそうなくらいに呆然とした表情を浮かべる冒険者たちに、シャーリィは事もなげに告げた。
「このように、迷宮など壁や床を破壊して進めば簡単に攻略できますし、何よりすぐに仕事が終わって帰宅できます。貴方たちも真似してみてはいかがでしょう?」
『『『出来るかっ!!』』』
事の発端は、冒険者ギルドの支援者の一人である貴族が統治する領内にある海中迷宮から財を得ようと依頼を出したのが始まりだった。
海中迷宮は発見から短い月日しか経っていないが,数多くの冒険者たちを阻んでおり、痺れを切らした貴族がスポンサーの立場から「早急に迷宮の奥の財を持ち帰れ」と無理を言い始め、王国のギルドはこの一件を緊急依頼に分類、受託義務が生じるAランクばかりで構成された、迷宮攻略を専門とする冒険者パーティに出動を要請したのであった。
しかし、ここで一つ問題が生じる。実はこの冒険者パーティの前衛を務める重戦士が魔物との戦闘で怪我を負い、現在療養中なのだ。
このまま難攻不落の迷宮を挑ませるには余りに危険。しかし、痺れを切らした出資者の機嫌を損ねることも避けたいギルドは、高い実力を誇る前衛職で、迷宮の攻略実績のある冒険者を臨時で組ませる事を思い付いた。
そこで白羽の矢が立ったのがシャーリィである。シャーリィは生粋の剣士でありながらも、攻略不可能と恐れられた迷宮を単独で攻略した実績を持つ冒険者だ。今回の一件に最も相応しい人物と言えるだろう。
とは言っても、Bランクのシャーリィが依頼を受けるかどうかは話が別。実際、シャーリィは娘たちとの時間が取られるからと断固拒否した。
「それがどうして急に引き受けてくれたんですか?」
依頼から帰ってきたシャーリィを出迎えたユミナが、応接室で紅茶を差し出しながら今回の依頼達成に至るまでの詳しい過程を聞くと、思い出したように問いかける。
シャーリィは余程のことが無い限り娘たちとの暮らしを何よりも優先する。そんな彼女の優先順位を、一体何が変えたのか……ユミナは何となく察しがついていた。
「……ギルドが私に依頼を持ち掛けたのとほぼ同時に、娘たちへの成人祝いの装飾品を依頼した工房から、新たに必要な材料を確保するように知らせが届いたのです」
「やっぱりそんな事だろうと思いましたよ」
むしろ娘関連以外の理由などそうそうない。ユミナはどこまでも娘優先な親バカに溜息をついた。
「一部の海棲系魔物の皮膚は、鉱物の風化や劣化、錆を防ぐ魔術の触媒になりますからね。工房は生涯変わることのない輝きを放つ装飾品を作ろうとしてくれているらしく、その旨が記された手紙がタイミングよく届いたというだけですよ」
「成人祝いの材料を集めてるのは知っていましたけど、そういう細かいのまで集めてるんですね」
「当然です。私は、これに関しては一切の妥協を許すつもりはありませんし、職人なだけあって工房側もそのつもりのようです」
蒼玉と紅玉、そして金と銀の鉱床を餌とし続け、白金の体を持つようになった貴石竜の甲殻。これらを材料にして、高名な超一流のドワーフに造らせる装飾品は、高位貴族でも喉から手が飛び出るほど欲しがりそうな一品になりそうだが、シャーリィはそれだけで満足していないようだ。
「それにしても……私は普段、魔物の討伐や調査ばかりを担当して冒険者の皆さんに依頼を紹介しているから気付きませんでしたけど、シャーリィさんってそんな風に迷宮を攻略してたんですね」
話題を変えて今回の依頼達成の過程について、ユミナは呆れ果てたと言わんばかりに呟く。ギルドの依頼は種類ごとに仕分けられており、それによって担当する受付嬢や事務員も異なるのだが、ユミナも勤め始めて五年。仕事を増やされる……もとい、任せられるようになっており、新たに迷宮や遺跡の攻略依頼の仕分けにも従事するようになった。
「破壊も最低限で、無駄に命の危険を晒すこともなく、達成に時間も掛けない。ギルドからの許しも得ていますが?」
「いえ、それは良いんですよ。……いや、まったく問題がない訳ではありませんが」
遺跡や迷宮には歴史的価値もあるので、壁や床の破壊はあまり好ましくはないのだが、遺構を守るために冒険者に命を散らさせるわけにはいかないし、そもそも戦闘になれば多かれ少なかれ損傷は出る。シャーリィの様にわざと破壊するのは好ましいとは言えないが、冒険者は踏破の為に迷宮内部を破壊することは認められているので、問題が無いと言えばそうなのだ。
「今に始まったことではありませんが、本当に無茶苦茶しますよね、シャーリィさんって。何ですか、迷宮の壁と床を破壊して最深部までショートカットって。もしかして、達成不可能と言われた迷宮もそうやって踏破したんじゃ……」
「しましたがそれが何か? むしろ皆さん、何故私と同じことをしないのかが不思議です」
「普通は、出来ないんですけどね」
迷宮の壁は、下手に破壊すれば天井の崩落を招く。異能の瞳と繊細極まる剣術があって、初めて連鎖破壊を起こさずに壁や床を切り取れるのだ。
そもそも、今回の海中迷宮の床は一メートル以上の分厚さがある頑強な岩盤だ。それを繊細かつ正確に切れる者など、シャーリィ以外に居ないのである。
「パーティメンバーは皆愕然としてましたよ。迷宮攻略に詳しい方々が、皆してシャーリィさんの無茶な攻略法を真似るべきか悩んでいましたから」
出来るかどうかはさておき……そうユミナが言った瞬間、応接室の扉からノックの音が聞こえてくる。入室の許可を出すと、ギルドの受付嬢の一人が大量の手紙を持って中に入ってきた。
「失礼します。シャーリィさん、お手紙が届いていますよ」
「手紙? 一体誰からですか?」
受付嬢は心底不可解と言わんばかりの表情を浮かべ、すべて同一の差出人の名が書かれた大量の手紙を纏めて差し出す。
「それがその……帝国の皇帝、アルベルト・ラグドール陛下から……となっています」