ソフィーvsティオ 朝の目覚め編
コミカライズ第一巻の情報を活動報告にて掲載しました! カバーイラストもありますので、詳しくは活動報告をチェックしてください。
「ん……ふわぁ……」
早朝。窓から差し込む朝の日差しに瞼の奥の眼球を刺激されたソフィーは欠伸を溢し、背筋を伸ばしながらベッドから上体を起こす。窓の向こうには、青葉は赤茶色に変わり、次々と枝から離れてから落ちていく。運動会は終わり、もうすっかり季節は秋となっていた。
「うぅ……寒くなってきたなぁ。でも髪、梳かさなきゃ」
春と比べると、朝と夜は更に冷え込むようになり、昼でも冷気を感じさせる風が吹くようになったこの季節は、ベッドから出るのもやや億劫になるが、寝相で乱れた髪を見るとそうも言っていられない。隣で未だに起きる気配のない妹とは違い、こうも乱れた髪で人前に出たくはないソフィーはまず洋服棚へ向かう。
「今日はこれを着ようっと。リボンは……これでいいかな? それともこっち?」
今日着る服選び。ソフィーが朝一に行う日課だ。しばらくの間、姿見の前で私服を体に合わせながらあぁでもない、こうでもないと悩み続け、ようやく納得のいく服とリボンを選ぶと、それを持って軽い足音を鳴らしながら洗面台に向かい、冷たい水で顔を洗う。
「ふぅ……目が覚めた、と」
そしてそのまま歯を磨いて、着替えの為に寝間着を脱ぎ、白く華奢な肌を多く晒す下着姿になってから、先ほど持ってきた服を身に纏う。
まだ涼しいとも言えるこの季節も油断は禁物。そんな母の言葉を思い返しながら選んだ、夏の間仕舞われていた長袖の服に袖を通し、スカートを穿いてから、洗面台の鏡の前に立ち、櫛を持って雪のように煌めく白い髪を梳いていく。
「フンフンフフ~ン♪」
鼻歌混じりで寝癖の付いた髪を真っすぐに直す。母譲りの髪はソフィーの密かな自慢だ。故に彼女は髪の手入れには朝の準備で最も気を使い、寝癖が直っていくにつれて気分も良くなってくる。
そして髪を梳かし終えると、何時ものように一房の三つ編みを編んでリボンで付けようとしたのだが、ふと今日はいつもと違う髪型にも挑戦したくなった。
「えっと……ママは確か……」
思い浮かべたのはポニーテール。レイアや、以前城で衛士姿のシャーリィがしていたのを見て、前から真似してみたいと考えていた髪型だ。さっそく見様見真似でやってみようとするものの――――。
「あ、あれ……?」
纏めた髪が中心からずれていたり、長い髪を綺麗に纏められなかったりと、なかなか上手くいかない。いくら鏡があっても後ろ手で髪を纏めるのは慣れと練習が必要らしい。
「むぅ……今度ママに教えてもらおうっと」
それはそれできっと楽しそうだ。何なら、以前はシャーリィが何時もソフィーの髪を編んでくれていたように、練習と称してシャーリィの髪を今度は自分が好きなように編んでみるのも楽しいだろう。
(そうなったらティオも巻き込んじゃえ)
折角の柔らかな猫毛を手入れする気が無い妹を思い浮かべながら、結局は何時もの髪型に落ち着くことにしたソフィーは、今日の支度の仕上がりを確認するためにスカートを少し舞い上がらせながら、クルリと一回転。
「よしっと!」
おかしなところがないのを確認すると、未だに起きる気配が見られないティオが居る寝室へと一旦戻る。ここからがソフィーの朝の日課、其の二である寝坊助な妹を起こす作業だ。
寒くなり始めたこの季節、ティオを起こすのは少々……いや、かなり骨が折れる。現にティオは今、体を丸めながら頭の先から足の先まで布団の中に収まる完全防御形態だ。こうなった妹は中々起きないことを、ソフィーは良く知っている。
「ほら、ティオ! 起きて! 朝だよ!」
「ん~……」
まずは手始めに声を掛けながら体を揺すってみるが、起きる気配は一切なし。しかし、ここまでは予想範囲だ。
「朝だってば! あ、コラ! 布団掴まないの!」
「や~……」
続けて布団を退けようと試みるも、ティオは眠りながら布団の端を掴み、抱え込むように丸まってしまった。その姿はさながら繭のようだ。こうなってしまえばより起きなくなってしまうことを経験で知っているソフィーは、両腕に魔力を漲らせる。
「《身体……腕……ええっと、強化》!」
身体強化魔術、《フィジカルブースト》。その効力を腕にのみ現す劣化改変版だ。発動者本人の力量不足や、子供の出来上がっていない体での使用は危険ということで、あえて劣化改変された術式を教えられたのだが、それでも成人男性並みの腕力を発揮できる。
「ふっふっふっ……何時までも寝坊助の妹に振り回されるお姉ちゃんだと思わないでよね」
こうなったら徹底的にやってしまおう。最近魔術まで習得し、より大人への階段を上った姉に勝てる妹などいないのだ。そう目を妖しく輝かせながら言ったソフィーはベッドの上に立つと、ティオが包まっている布団をティオごと持ち上げる。
「すぅ……すぅ……」
「こ、ここまでしても起きないなんて……」
どうやら眠りながら両手両足を駆使して布団にしがみ付いているらしい。宙吊りになっても落ちるどころか起きる気配もない妹に呆れながらも、ソフィーは強硬手段に出た。
「いい加減に起きなさぁぁああい!!」
「ふぎゅっ」
掴んだ布団を上下に揺らし、ティオを振るい落とす。それと同時に気が緩んだのか、魔術の効果も終了。ベッドの上に顔から落ちたティオは変な悲鳴を上げ、ようやく瞼をゆっくりと開き始めた。
「もう、やっと起きたの? ほら、顔を洗いに行こ? 寝癖もこんなについて……」
「…………ん」
半覚醒といった状態のティオの傍らに膝をつき、好き勝手に跳ねた髪を手櫛で整えていると、突然ティオがソフィーの首に腕を回し、自身の胸の方へと抱き寄せた。
「え? ちょっと、ティオ? どうしたの?」
一体どうしたのか……困惑するソフィーの頭を胡乱な瞳で見下ろしながら、ティオはポツリと呟く。
「……大きいミートパイ……」
「…………え?」
もしや、寝惚けている? ……そう瞬時に確信したのは双子だからなのか。理由は定かではないが、ティオは寝惚けて自分の事を一抱えほどもある好物のミートパイと誤認していると気付いたソフィーは必死に脱出を試みようとするが、時はすでに遅し。
「ちょっと待ってティオ! わ、私はミートパイなんかじゃ……!」
「……いただきまーす……」
「や、やめ……あ、あ~~~~~~~っ!」
タオレ荘の共同浴場。魔道具の力によって掃除する時間以外は温かく清潔な湯が張られている浴場では頻繁に利用する女冒険者たちに混じって、ソフィーは隣に座りながらボンヤリとシャワーから降り注ぐ温水を浴びるティオを恨みがましく睨みながら、自分の髪を丁寧に洗っていた。
「まったく! もう! 信じらんない! 寝惚けて私の髪を涎塗れにするなんてっ!」
「ん……ゴメンって」
極限状態ではうまく魔術も発動できず、結局ティオがある程度覚醒するまで彼女に髪の毛を延々と食み続けられていたソフィー。おかげで折角梳かし、セットした髪は目も当てられない状況になってしまい、ティオの洗顔や爆発していると形容できる寝癖を直すことも兼ねて、二人で朝風呂に入ることにしたのだ。
「これからもっと寒くなっていくのに、これじゃますますティオが布団から離れられないよ……今日は休みだったからいいけど、ママが居ない朝になると、学校にも遅刻しちゃうよ?」
「いつもご迷惑を」
「それは言わないお約束……にはならないからね? まったく」
秋でもこの有様だ。より布団から出難くなる冬になれば更に眠りも深くなるティオは、さながら冬眠する動物のようなもの。無理に起こせば何をしでかすのか分からないくらいに、寝起きが悪くなるのだ。
そんな妹を起こすのはいつも決まってシャーリィの役目だったりする。ソフィーがいくら声を掛けても身動ぎするだけのティオも、母が布団を少し退かして声を掛ければ、眠りながらも布団から離れてシャーリィの体にしがみ付くのだ。
しかし、今日のように朝にシャーリィが居ない時、眠りが深すぎるティオを起こす役目はソフィーが担う。生来しっかり者で構いたがりの性格が災いしてか、起こさなければ昼過ぎまで平然と眠り続ける妹を放っておけず、今日のようになることも決して珍しくはない。
(どうしてママが起こせば結構すんなり起きるのに、私が起こそうとしても中々起きないんだろ?)
真冬でも、布団から出てシャーリィにしがみ付いて数分もすれば意識がハッキリとし始める。一方ソフィーが寒くなる季節に起こせば毎回のように惨事が発生。この違いは何なのか……ソフィーはティオと共に湯船に浸かりながら何となく周りの女冒険者に目を向ける。
細かい傷や、大きな傷が刻まれた肌。成長期を終えている者ばかりだけあって、皆当然のように子供のソフィーやティオよりも体が大きい。……身長だけでなく、色々と。
(うーん……、考えてみればティオって寝る時は抱き着き癖があるんだよね。夜中にティオが布団を抱きかかえて、同じベッドで寝てた私が寒さで起きたり。やっぱり包み込まれるくらい大きいものに抱き着くのが好きだったりするのかな?)
色んな意味で。ならば焦るだけ意味がないというものだ。何せ自分は未だに子供、あんな豊かに揺れる母性の塊が無いのは当然で、これから数年をかけて手にするものだ。いずれはティオが抵抗できないほどの包容力を手にするに違いないと、ソフィーは未来への展望を自分に言い聞かせる。
「ねぇ、貴女ってシャーリィの娘さんよね?」
「え? そうですけど……」
その時、馴染みの無い女冒険者に声を掛けられた。最近住み始めたのか、一泊しただけの冒険者なのか定かではないが、彼女は広い湯舟の端を指さす。
「じゃああっちの子は貴女の妹ちゃん? 何か溺れてない?」
「ブクブクブクブク……」
「って、まだ目が覚めてなかったのー!?」
ソフィーは大慌てで、水泡と共に寝息を立てながら湯船に沈んでいくティオを引き上げるのだった。
この戦い、勝者はどっちなのでしょうか……?