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アルグレイ家の終焉

書籍化作品第三弾、「世界中から滅びの賢者と恐れられたけど、4千年後、いじめられっ子に恋をする」が4月24日に発売予定です。興味のある方は、活動報告にて詳細をご覧ください


「ひぃっ!?」

「お、お前は……シャ、シャーリィ……なのか……!?」


 ジェナンとエレナ、二人の記憶の中のシャーリィは下がった眉尻が特徴の、気弱で温厚な娘だった。幼少の頃からシャーリィを大人の腕力や一家の当主とその寵愛を受ける者としての権力を振るい虐げ続けたこの父母は、怯えた表情を浮かべるシャーリィとしか対面したことがない。

 それが十年以上もの時を経て再び顔を見合わせる実の娘は、眉根を寄せて不機嫌を隠そうともしない、手に持つ刃のように研ぎ澄まされた静かな怒りを秘めた二色の瞳で見下ろしてくる。


「こ、これは一体どういうつもりだ!? わ、私は帝国の公爵なのだぞ!?」

「そ、そうよそうよ! 私たちの屋敷をこんなにして……! これは立派な国際問題になり得る事案ですからね!?」

「フィ、フィリア殿下も一体どういうつもりです!? 奴らは帝国を脅かさんと攻めてきた侵略者ですぞ!? 主要都市であるアルグレイ領、その領主の屋敷を襲ってきたのが何よりの証拠!」


 しかし、腐っても二人は大貴族の筆頭として長年君臨してきた。傍から見れば一方的に被害を受けたように見えるのは自分たちであることと、シャーリィやカナリアが帝国籍に入っていないことを即座に理解し、国際問題や侵略行為と声高々に叫んで周囲の心証を操作、自分たちが有利になれるように仕向けようとする。


「そんな慮外者どもの傍らに立ち、これだけの手駒に囲まれておきながら二人を捕縛しないなど、貴女は何時から売国奴に成り下がったのですか!?」


 更に政敵であるフィリアを貶めることを忘れない。王族相手にここまで強気に出れるのは、自分たちが不利になる証拠を握られていない自信があるからだ。

 これまで権力で覆い隠しながら数多くの悪事に手を染めてきたがゆえに、その辺りの管理は誰よりも厳しくしてきた。故にジェナンとエレナは公然と自らが被害者であるかのように振る舞える。


「お二人の行動は、皇室の末席を担う者として、そして警察の責任者として私が冒険者であるシャーリィ様とカナリア様に依頼を出し、実行していただいた結果です」

「…………は?」


 しかし、それは悪事の証拠を握られていないという前提条件を満たしていれば許される、というだけの話である。


「分かりませんか? これは侵略などではなく、警察代表のフィリア・ラグドールから王国の冒険者ギルドに出された正式な依頼。その内容は、アルグレイ領の領主邸に潜む凶悪犯の確保です」

「きょ、凶悪犯……? 何を……何を言っているのですか?」


 あくまでそ知らぬ振りをしながら乗り切ろうとするジェナン。口調から仕草まで本当に何も知らないと言いたげな様子は惚れ惚れするほどの名優振りだが、ジェナンとエレナの二人を取り囲む全員は戸惑う様子もない。

 

「ほう。では、こんな男に見覚えはないかのぅ?」


 そう言ってカナリアが指を鳴らすと、渦巻く黄金の魔力の中から、拘束され、両膝を突いて項垂れたままブツブツと何かを呟き続ける男が現れた。辺境の街に現れた襲撃者の一人である。ジェナンもエレナも捨て駒の顔など一々覚えてはいないので首を傾げる。


「し、知らない。そんな男が何だって言うの?」

「いや、こやつは四十人以上もの徒党を組んで、わざわざ国外にいる十歳の一般人二人を暗殺して来いと命じられてきたらしいんじゃが……はて、誰がそんなことを命じたのか、その口で言ってみるのじゃ」


 国外にいる十歳児二人の暗殺。それを聞いた詳しい事情を知らなかった者たちは信じられないと言わんばかりの視線を襲撃者に向け、ジェナンとエレナはサーッと音を立てて血の気が引いていく感覚を味わった。


「わ、我々は……幼少の頃からアルグレイ家に引き取られ……暗殺者として育てられ……王国冒険者である……シャーリィの……娘たちの暗殺を……家令に命じられ……」

「う、嘘だ! 出鱈目だ! 殿下、このようなどこの馬の骨とも分からない男の言葉を信じてはなりません! これは我々アルグレイ家を貶めようとする、何者かの策略なのです!」

 男の言葉を隠すように大声を張り上げるジェナンの心境は、動揺と怒りに満ちていた。顔は変わらず憶えていないが、男が家令に命じてソフィーとティオの暗殺に出向いた者たちの一人であるということを確信した。捕らえられても決して証拠を残さず、情報を一切口に出さないように育てたというのに、この男は聞かれるがままにボロボロと都合の悪い真実を口にする。


「私はある未解決の件を解決するべく、警察を動かし、アルグレイ家やその領地に関する不穏な情報を徹底的に調べました。その最中に知ったのですが、アルグレイ家が経営する五つの孤児院では、里親が見つかって引き取られた子供の行方、その殆どが分からなくなっているという事と、子供を引き取った里親の情報が虚偽であったという事。その数は行方知れずになった子供とほぼ同じです」


 威勢よく言い訳を吐いていたジェナンの言葉が詰まる。


「そのようなことが起き始めたのは、ジェナン・アルグレイ公爵……貴方が公爵位を継ぐ数年前からですね。補足して言えば、貴方が公爵位の後継者候補と呼ばれていた頃、他にも存在していた多くの後継者候補が突然の死を迎えた頃でもあります」

「…………」

「警察は行方知れずになった子供たちを追いました。そして最終的に、孤児院から自分の名義で子供を引き取った後、公爵家へと密かに引き渡して金銭を受け取っていたという者を幾人か見つけ出しました」

「…………」

「そして今日、王国の辺境に現れた襲撃犯四十五名を捕らえたシャーリィ様とカナリア様が突然私の元へと訪問。彼らの記憶を魔術で覗いた結果……彼らは皆、アルグレイ家が経営する孤児院から引き取られた、行方知れずになっていた子供たちであるということが分かったのです」


 自らを守る親の居ない子供を、さも善良な人物に引き取られたかのように装って、彼らの感情を殺しながら非合法な手段を取らせ、捕まれば自死させるように調教した。建国時から貴族の頂点に立つアルグレイ家の当主がそんな悍ましいことをしているとフィリアの口から聞かされ、何も知らずに働いていた使用人たちは愕然とする。


「国際法で厳しく禁じられている奴隷の売買……それよりも重い奴隷の育成に適用される重罪です。貴方たちの傀儡である兄の統治下ならばいざ知らず、まさか父と母が存命していた頃から密かにこのような事をしていたとは、私たち皇族がどれだけ見下されていたのかよく分かりました」

「何を……何を根拠にそのようなことを!? 私たちは、天空の女神に誓って奴隷の育成などという恐ろしい真似は……!」

「このことは引き取った子供たちの管理者であり、数日前に逮捕したアルグレイ家の家令の口から証言されています。中立派である聖国の僧侶による《センスライ》によって真偽を証明すれば、家令の証言はそのまま証拠となるのは存じていますね? ……警察本省に駐在してくださっている聖国の方によって、彼の証言は既に証拠として扱われていますから、既に貴方たちは詰んでいますよ」

「は? 何をバカな……数日前に逮捕だなんて。我が家の家令は今日も……」


 今日の朝も話した家令の方を見やる。同じように罪を犯したはずの彼は、拘束されるどころか他の警察員に敬礼し、その体をグニャリと歪め、全くの別人へと姿を変えた。

 それを見てジェナンは悟る。ここ数日間接していた家令の正体は、変身の魔術か錯覚の魔術かで、ジェナンたちに怪しまれないようにしながら内部情報を探る密偵だったのだ。

  

「調査の過程で貴方たちよりも先に有罪が確定した家令の方を密かに逮捕し、内情を探る密偵に変装をさせて忍び込ませました。そして尋問や魔術による記憶の閲覧の末に、興味深いことが分かりました」


 血が滲むほどに拳を強く握り、怒りの感情を吐き出すように深く息を吹くと、フィリアは罪人に判決を言い渡す裁判官のような厳然とした口調で告げた。


「我が父母である先帝ルグランドとその妃エリザベート暗殺の実行犯であり、犯行後に奥歯に仕込んでいた毒薬で自害した料理人と毒見係。その者がアルグレイ家が孤児院から引き取り、家令主導の元に使い捨ての暗殺者として教育され、用意された者であるということが」


 事実上の、死刑宣告である。たとえ筆頭貴族といえども、国家元首の暗殺は決して許されるものでもないし、時効もない。ただの証言が証拠になり得る今の法では、最早ジェナンたちが助かる道は無いだろう。二人は絶望を色濃く顔に浮かべながら、ただ項垂れるしかなかった。


「これらの重罪が発覚し、逮捕に乗り込もうとした矢先に、シャーリィ様のご息女を狙った、不干渉を取り決めた王国との条約違反にもなる愚行が、空間転移で私の元に訪れたカナリア様によって知らされました。最早助かる道があるなどとは思わないことです」


 他人事ではないが、警察からすれば部外者のシャーリィを依頼という形で逮捕劇に関わらせたのは、逮捕できる確率なども理由だが、シャーリィ自身の手でケジメを付けさせるため。

 無慈悲に締めくくると、フィリアはシャーリィの方に視線を向ける。


「最後に、何か聞きたいことはありますか?」

「…………」


 魂まで凍り付くような眼差しを実の父母に向けていたシャーリィは少しの間だけ目を閉じ、深く息を吐く。


「では、少しだけ」

「……シャーリィ……!」

  

 改めて対面する父母と娘。先ほどまで消沈していたジェナンとエレナは、息を吹き返したかのように憎々し気にシャーリィを睨み、その顔を憤怒に歪める。


「お前の……お前のせいだっ! お前が邪魔しなければ……お前なんかが生まれてこなければ、こんな事には……!」

「この親不孝者!! ただでさえアンタの髪と目のせいで苦労してきたっていうのに!! やっと目の届かない場所に追いやれたと思ったら、遠く離れても私たちを不幸にして!! そんなに私たちを苦しめて楽しいの!?」

「慮外な……!」


 自分たちのしたことを棚に上げて、実の娘に怨嗟の声を叩きつけるジェナンとエレナに、フィリアの隣で控えていたルミリアナは思わず怒りを露にするが、フィリアは片手で制する。


「……そんなに私の髪と目が疎ましいですか?」

「……何?」

「帝国貴族の間には疎まれる容姿をしているという自覚はあります。ですがそれは、皇族との婚姻が結ばれた実の娘でも疎ましく感じるほどなのですか? それとも……それほどまでにアリスだけが可愛いのですか? 大方、私に被せた冤罪にも多かれ少なかれ関与していたのでしょう?」


 普通の貴族なら、国家元首の血族との婚姻が決まったなら、どんなに疎ましい子供であっても最低限大事にするものだ。それでも尚、二人は先の皇帝に睨まれることとなってでもシャーリィを排除しようとしていた。一体何が彼らを駆り立てるのか……そう問い詰めると、二人は怒りに震えながら俯く。


「そう言うところだ……そう言うところが、私たちの大嫌いなあの女に似ているんだ……!」

「……あの女?」

「かつて後継争いで殺した我が妹、リグレット。白髪とオッドアイだけでも悍ましいのに、月日を重ねる度に憎たらしい妹に似てくるな、お前は……!」


 自分に叔母が居たことなど初耳であったシャーリィは首を傾げる。どうやらその叔母に似ていることが二人のシャーリィに対する態度の根幹らしい。


「優秀な奴だったよ、リグレットは! 長子であり、最も後継者という地位に近い場所に居たはずの私がいるにも拘らず、父によって次期公爵として目を掛けられるほどになぁ! お前に理解できるか!? 長兄にも拘らず、よりにもよって妹に、学問も、武術も、(まつりごと)においてもまざまざと差を見せつけられ続けた私の気持ちが! 私に失望の視線を向けながら妹にばかり期待を寄せる父に耐えて耐えて、暗殺奴隷を生み出してようやく排除できたリグレットに、忌むべき《白髪鬼(はくはつき)》の髪と目を持って生まれた実の娘が、顔立ちのみならず中身まで似てくるようになった我らの苦しみが!」


 エレナを見てみれば、ジェナンと同質の怒りを宿した目をしている。どうやら彼女も叔母であるリグレットに辛酸を舐めさせられてきたようだ。


「ならばなぜ、今になって私の娘にまで手を掛けようとしたのですか? 私たちは帝国に係わることなく、静かに暮らしていたかっただけです」

「……我がアルグレイ家の家督を継げるのは、アルグレイ家の血を受け継ぐ者だけだ。その資格を有し、子孫を成せるのはお前と双子の娘だけ。もし仮にお前たちが帝国に戻るようなことがあれば、栄えあるアルグレイ家の家督は双子の内のどちらかが継ぐだろう」


 兄も弟もいるはずなのにどういう事かとフィリアを見るが、シャーリィはすぐに状況を理解する。叩けば叩くだけ埃が出る家だ。我が儘放題をしていただけのアリスと違い、兄と弟は既に逮捕されでもしたのだろう。

 血が繋がらなくても家督を継ぐ者が欲しければ養子でも取れば良いではないかと思わないでもないが、貴族にとって血統というのは時に合理性よりも重要視されることもある。

 

「たとえその懸念が僅かな可能性であろうとも見過ごせない! どうして私が継いだ家を、悍ましい《白髪鬼》の生まれ変わりか、疎ましいリグレットの生まれ変わりのような娘の子に継がせなければならないのだ! 私が苦労に苦労を重ねてようやく手に入れた私の爵位だ! 貴様のような娘の子供になど渡せるものか!」


 帝国に名高きアルグレイ公爵家当主。それがジェナンのプライドの全てなのだろう。それを疎ましい相手に奪われるのは、彼にとって死に等しいのかもしれない。

 唾を飛ばしながらありったけの怒りを吐き出し終えたジェナンたちはようやく落ち着いたのか浅く息を吐き続け、表情の険も取れていく。すると今度は歪な笑みを浮かべ、信じられないことをシャーリィに命じてきた。


「シャーリィ……私たちは寛大にも、捨てられて野垂れ死んでも当然のお前を十歳になるまで育ててやった。お前ならこの包囲を破って私たちを逃がすことくらいできるのではないのか? 今こそ私たちに尽くし、育てられた恩を返す時だろう」

「……そうね。そうすれば今までの事は水に流してあげるわ。貴女も孫たちもアルグレイ家の家督を継がないと念書を書けば、今後とも三人とも命を狙わないであげる」


 言うだけ言えば少し冷静さを取り戻したのか、あれほど罵詈雑言を浴びせておきながら都合よく自分たちの事は助けろなどと宣う。恥知らずも良いところのジェナンたちに、シャーリィは両手に握っていた愛刀を《勇者の道具箱》に収納し、ゆっくりと歩み寄る。


「……子供の頃は、貴方たちに認めてもらえる日を夢見ていました。アリスとだって、本当に仲の良い姉妹になれる日が来ると希望を持って、それを支えに生きていました。いつか蟠りを超え、家族になれるのだと」

「今からだって遅くはない。これまで私たちに迷惑をかけた分、私たちに奉公するのだ。そうすれば――――」

「いいえ。その必要はありません」


 ジェナンの言葉を遮り、シャーリィの独白は続く。


「なぜなら、貴方たちに虐げられていたからこそ出会うことが出来ましたから。皇城や、追放された先の王国の宿屋で、本当の父母と思える人たちと。たとえ血の繋がりが無くても、それ以上の繋がりを感じた人たちが。……だから貴方方にはもう何も求めないし、期待もしない」


 

 愛刀の代わりに《勇者の道具箱》から取り出すのは、重厚な剣二振り。その刀身の腹を下に向けて、シャーリィは何の繋がりも感じない実の父母の頭上に振り上げ――――


「代わりに、娘の命を狙われた親のケジメとして……そのついでに、昔から貴方たちにしてやりたいと心の何処かで思っていたことを実行します」


 力一杯、かつ精緻な技を以てして振り下ろした。ゴオォォォォォォォン! と、鐘のように夕焼けの空に響く直撃音に悲鳴は掻き消され、打撃の威力と衝撃が一切分散することなく頭の先から足の裏まで貫くことにより、まるで槌で打たれた釘のように足から首までが地面にめり込んだ二人は、さながら生首のような出で立ちになりながら白目を剥いて涎を垂らす。


「私も何時までも親の愛を強請る子供ではありません。子を育てる大人になったのです。……だから今殺すような真似はしません。娘たちの命を狙ったこと、そして私の第一の父母を殺めたこと。その罪を法の下で裁かれるがいいでしょう」



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― 新着の感想 ―
[一言] 古来より王族殺しは八つ裂きの刑が通り相場。良い感じにバラバラにされますね、両親( *´艸`)プーw クスクス
[一言] シャーリィが完全に吹っ切れてて嬉しい シャーリィに幸せになってほしい
[気になる点] あの毒親に妹がいたのは驚き。 しかも娘と同じ特徴を持っていたなら腑に落ちるし、それ以外だったら結局は帝国のくだらないプライドに染まっていたということになる。 もっとも、その妹を亡き者に…
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