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運動会裏の後始末


 体調不良による生徒の欠席は、二人三脚のみに影響を与えるものではなかった。今頃保健室に居るであろうソフィーとティオのクラスメイト二人の内の一人は、二年生の紅組と白組からそれぞれ四人の走者を出し、円形に描かれた百メートルのコースをバトンを持って走り、次の走者へと託す最終競技、四百メートルリレーの出場者だったのだ。

 地方の学校行事とは到底思えない派手な催しを締めくくるのは、純然たる平地を駆ける速さを競うもの……そして抜けた欠員を埋めるのは、必然的に最も足の速いティオとなった。

 互いの組の点数差は僅差で白組優勢。しかし紅組がこの最終競技で勝利を収めれば、逆転優勝。主役である生徒たちは勿論のこと、物に釣られてノコノコと現れた冒険者たちも静かに固唾を呑みながら見守るしかない。


『それでは泣いても笑ってもこれが最後! 最終競技、四百メートルリレーを始めます! 出場者配置についてください!』


 紅組の第一走者はソフィー。開始の合図と共に地面を蹴り上げるようにスタートダッシュを切る際、ソフィーが地属性魔術で脆い土の小さな突起を作り出して自らの踵を浮かせて有利を作り出したのはご愛敬だろうと、シャーリィは黙認する。ルール違反でもないし、作り出したのも土を軽く盛っただけの小山みたいなもの。白組走者との走力の差は大差なく、体一つ分ソフィーが先に走っている程度だ。

 そのままほぼ同時に第二走者へとバトンが託され、互いに同じような速さで走っていたが、第三走者に紅組のバトンが手渡されそうになる直前――――


「うわっ!?」


 靴紐が解けた上にそれを踏んでしまい、全速力で走った勢いで地面を転がる紅組の走者。そのままバトンも観覧席側へと転がっていってしまった。

 慌てて起き上がって観客に手渡されたバトンを受け取った時には既に大きな差を付けられており、もはや白組の勝利はほぼ確定。紅組からは一斉に落胆の声が上がり、転んでしまった生徒は今にも泣きそうな顔をしていたが、外野から聞こえてくるクラスメイト……マルコの怒鳴り声に気力を失いかけた体を突き動かされる。


「バカ! さっさと走れ! ティオに渡したら何とかなるだろーが!!」


 意外と言えば意外な一言。あれほど敵視していた双子の片割れに希望を託すような言い分にソフィーたちが驚いたように目を見開く一方で、勝負を諦めかけた紅組の第二、第三走者の眼に力が戻る。


「ゴメン! あとお願い!」


 急いでバトンを第三走者へと渡し、紅いバトンは白いバトンへと僅かに距離を詰める。それでも白組のバトンが最終走者に渡された時には、二十メートル近い差を付けられていた上に白組も最後には最も足の速い生徒を用意していたらしい。第三走者がティオへとバトンを託そうと走る間も、せっかく縮めた距離がまた開いていく。


「ティオ!」

「ん。後は任された」


 ティオがバトンを受け取った瞬間、猛烈な速さで白組との距離を詰めていく。必然、シャーリィも映写機から手を離すことができない。

 白組走者は今頃、背後から凄まじい圧力を感じていることだろう。これが一人五十メートルを走る競技なら話は違っていたが、百メートルという長さがティオに逆転する為の時間を与えた……そう思わせるほどに、平地の分障害物競走よりも走ることのみに集中できるティオは速い。


(あと……もう少しだけ、距離が足りない……!) 


 しかし転倒によって生じた距離の差は、天性の才覚だけで埋められるものではない。もうすぐそこまで相手の背中と、ゴールテープが迫ってきている。距離にして残り五メートル。


(こういう時、お母さんってどうしてたっけ……?)


 走馬灯のように体感時間を遅く感じながらゴールまで残り四メートルに迫った時、ティオは思い返す。シャーリィは机からマグカップなどの割れ物を落とす瞬間や、ソフィーやティオが転ぶなどと言った何らかの危険が迫った瞬間を離れた距離から確認した際に、信じられない速さで距離を詰め、マグカップが床に落ちる前に、自分たちが転ぶ前に手で受け止めたことが何度かある。


(確かこうやって……)


 以前それを瞬間移動か魔術かと問い詰め、真似したいが為に根掘り葉掘り聞いて教えてもらったことがある。今の自分の理解力と筋力では実現することは叶わなかったが、ゴールまで残り三メートルを切った瞬間、噛み合っていなかった歯車が綺麗に嵌ったような感覚がティオの中で駆け巡る。


(全体重を前に傾け、片足に力を貯めて、一気に解き放つ……!)


 そして残り二メートル、一メートルを切った瞬間、たった一歩分だけ突然急加速したティオが、跳ぶように白組走者を追い抜いてゴールテープを切る。

 一体誰が想像できただろう。こんな土壇場で、どんな冒険者にも体得できなかった、独自の理論と天性の才覚のみで成立する《白の剣鬼》流の縮地術を、たった十歳の少女がその身で完成させるなど。


『ゆ、優勝は紅組! 今年の優勝は紅組です! 何という事でしょう! あの絶望的な差から見事、逆転優勝です!!』


 湧き上がるような歓声が民間学校の敷地中から響き渡る。流石に疲れたのか、深く息を吐きながらクラスメイトの元へと戻ったティオは、ソフィーを始めとするクラスメイトたちに揉みくちゃにされながらシャーリィがいる方を見る。

 劇的な逆転優勝を飾った愛娘に感涙し、指を折りながら激写するシャーリィに向かって、相変わらず変化に乏しい表情を浮かべ、感情の抑揚を感じさせない声で、人差し指と中指を立てながら――――


「ぶい」


 そんなティオらしい勝鬨をあげるのであった。




 運動会が無事に終わりを告げ、人々がまばらに帰路につき始めた頃、シャーリィはソフィーとティオに先に帰るように伝え、各所に設置した映写機を回収し、校舎の屋根の上に佇むカナリアの元へと訪れた。


「カナリア。相手の口は割れましたか?」

「うむ。それでは早速乗り込むとしようぞ。……妾の縄張りを荒らした咎は、身を以て償ってもらわねばならぬ故なぁ」

「それで、相手の目的は結局何だったのですか?」

「さてな。動機までは分からぬが……誰に言われて、誰を狙っておったのかは分かったぞ」


 カナリアの口から紡がれる答えを聞くと、シャーリィは深く溜息を吐いた。


「なるほど……嫌な予感に限ってよく当たるものですね。どうやら私たちも無関係ではいられないらしい」

「ではお主も落とし前を付けに行くか?」

「無論。今日の夕食はマーサさんが作ってくれているので時間的に余裕はありますが……手短に済ませましょう。……それはそれとして」


 シャーリィは手のひらを上に向けてカナリアに片手を伸ばす。


「いい加減私の服を返してください」

「……おおっ。忘れておった」




 帝国、アルグレイ公爵邸。その執務室では、ジェナンは落ち着きない様子で椅子に座り込み、エレナは部屋の中を歩き回っていた。


「ねぇ、ジェナン様。まだ達成の報告は来ないのかしら? もう夕方になってしまったのだけれど」

「…………」


 妻の問いかけにジェナンは無言で返す。本来ならば、既に血縁上だけの孫娘二人を仕留めて、その報告が机の上に置かれた伝達能力を有した水晶型魔道具に報告が上がってもおかしくはないはずだ。

 しかし成功の報告どころか、失敗の報告すらない。四十五人もの刺客を送り付け、その全員と連絡が取れなくなるなど、実際に起こるとは考えにくいのだ。故にジェナンは報告がない現状が目的失敗となかなか結び付かずにいた。


(今日は庶民の学校の催しが開かれて、大勢の人間が行きかっていたはず。一般人に扮すれば近付く隙は幾らでもあったはずだし、仕留める機会も多いはずだ)


 捨て駒の命や身の安全など一切考慮していない。ジェナンにとって刺客たちの価値とは、運が良ければ再利用できる爆弾のようなもので人ごみの中での標的の殺害という逃げられない状況下からの自死も彼のアイデアによるものだ。

 ある種の人間爆弾に、人の多さを逆手に取った仕掛けやすい状況。これだけの材料が揃っていながら失敗するはずがない。……普通ならそう思うだろう。

 。

「とにかく、確認を取ってみるしかない。もし失敗していたなら、こちらとしても対処や刺客の再編が――――」

 

 その時、大きな屋敷全体を揺らす地響きが発生した。机は大きく揺れ動き、本棚は倒れ、立つことすらままならない凄まじい揺れ方に、屋敷に居た者たちは皆騒然とする。


「い、いやあああああああああああああああああっ!?」

「な、何だ!? 一体何が起こって……うわぁあああああ!?」


 そして揺れが収まったかと思いきや、今度は床が斜めに傾いた。固定されていないものは人だろうが物だろうが問答無用で端に追いやられ、ジェナンは窓ガラスに顔を叩きつけられる羽目に。


「うぐぐぐ……! い、一体何が……っ!?」

 

 自然現象かと思ったが、それは違った。見てしまった。本来この執務室の窓から眺めることができるはずのない、町を上空から見下ろしたような光景と、眼下で宙に浮かびながら残忍な笑みを浮かべ、こちらに手を向ける《黄金の魔女》の姿を。

 念動魔術と呼ばれるものがある。対象物を手のひらなどをイメージした見えざる力で掴み、自由に動かす魔術だ。突如現れたカナリアが行っているのはまさにそれ。見えざる巨大なスコップで屋敷を地面ごとくり貫き上空に浮かべ、まるでワイングラスを揺らすかのように屋敷内の人間を弄ぶ。

 それに並行して中の住民を空間魔術で外に転移させることも忘れない。執事やメイド、文官と様々な身分の者たちを眼下の地面に集められた武装者集団……帝国の警察の真ん中に転移させ、警察員が一人一人書類を見ながら仕分けていく。保護されるように怪我の有無を確認される者もいれば、問答無用で檻付きの竜車に押し込められる者もいた。


「流石は魔女殿というべきでしょうか? 些かやりすぎのような気もしますが」

「ここまでやるのは個人的な腹いせだというし、後始末もポケットマネーで解決すると言ってるから、こちらとしては大丈夫だけどね。……それでは、お願いします」


 そんな異様な光景を地面から見上げている金髪の姫君……フィリアは、傍らに立つ白髪の剣士に向けて軽く頭を下げると、剣士は蒼と紅の二色の双刀を握る。そして屋敷の中に残っているのがジェナンとエレナだけになった瞬間、その刃を縦横無尽に振るった。

 

「「あああああああああああああああああああああああっ!?」」


 常人にはいつ振るったのかも見えないほどの剣速から繰り広げられる斬撃の嵐。真空の刃と化して飛翔する斬撃は瞬く間に立派な屋敷を細切れにし、瓦礫の山へと変えていく。

 しかしその斬撃もジェナンとエレナだけは避けるように通過し、屋敷の残骸が地面に落ちて山となる中、ただ二人だけ空中に取り残されたジェナンとエレナはゆっくりと白髪の剣士……シャーリィの元に降ろされた。


「久しぶりですね。お父様、そしてお母様」


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「ぶい」は、いい!とってもいいです!!!!! [一言] シャーリィ様、元両親に「お父様」「お母様」って言うのはやめましょうよ。その二人に父母の資格ありませんから。シャーリィ様にとっても、他…
[一言] >「ぶい」 >そんなティオらしい勝鬨をあげるのであった。 うむ、かわいい。それにしても縮地する10歳とか、流石、剣鬼の娘…まぢパネェっす。 >「いい加減私の服を返してください」 >「………
[一言] 読みました! ついに外道両親の元へ鬼母鬼神が降臨! ある意味この物語の元凶とも言える外道両親がどうなるのか楽しみです!
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