怒り静かなる半不死者たち
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
昼食も終わって午後の競技が始まる。大規模な改変に大して意外にも進行に滞りはなく、午後最初の競技は……全学年が出場する障害物競走だ。点は一着の生徒が所属する組に振り分けられるらしい。
「…………っ!! ……っ!!」
もはや喋るのに使う労力も勿体ないとばかりに、一心不乱に映写機のシャッターを切り続けるシャーリィ。ここまでくれば周囲も慣れて無視し始めるが、彼女がこうなってしまうのも無理はない。
『ティオー!! やっちまえー!!』
『キャー! すごいすごーい!』
民間学校の運動会、その障害物競走もまた大規模な地属性魔術を用いて用意されたコースで走る。先の借り物競走の時のような冒険者でなければ突破困難な岩壁などは存在しないが、それでもただ真っすぐに走って進むだけではゴールに辿り着けない仕様となっている。
子供向けに相応しい障害物として、やや傾斜になってはいるものの岩登りの強要する場面、基本的には雲梯にぶら下がって進まなければならず、下の砂場に足が付けば障害物の前からやり直しになる場面、更には砂のゴーレムが幾体も立ち塞がり、走者を捕まえようとする場面。
いずれも子供の限界を要求するかのような障害物の数々。見ている分にも盛り上がる、エンターテイメント性すら兼ねた競技だ。大抵の生徒は急ぎ過ぎて雲梯から手を滑らせて砂場に落ちたり、ゴーレムに捕まって一定時間拘束されたり、1年生に至っては岩登りの最中に下を見て、自分がいる場所の高さに怯えて動けなくなった者も居る。
「ティオー! そのままゴールだよ!!」
「んっ!」
そんな中、良い意味で一際異彩を放つ生徒がティオである。姉やクラスメイト達からの声援を受けて疾走する彼女の速度は、スタートの時点から一切落ちていない。
岩登りでは手をさほど使うことなく、まるで羽が生えているかのように軽やかな跳躍と共に駆け上がり。
雲梯はまるでルールの裏をかくように、跳躍して摑まったかと思いきや、そのまま雲梯の上に昇って最速で駆けて行き。
動きこそやや緩やかながらも、大人を優に超える大きさのゴーレムの長い腕を掻い潜り、更には身を一気に低くして股下を足先から滑るように突破していく。
『先頭の子だけやけに動きが違くない? 下手な新米の冒険者より動きにキレがありそう』
『あの子はシャーリィのとこの娘さんだよ。何度かギルドに来てる』
『あぁ、道理で。完全に独走してら』
そんな評価すらきちんと耳に入ってくるものだから、シャーリィも内心では鼻が高い。
(ベリル、ルベウス、聞こえていますね? 貴方たちもティオの活躍を余すことなく上空から撮影するのですよ)
無理矢理映写機をぶら下げられて、脚で器用に撮影する二羽にも念話を飛ばす。順調に写真を撮りためていく中、ティオは最後の関門である綱渡りも軽々越えて、見事首位独走のままゴールテープを切った。
「また素晴らしい写真を得ることが出来ました……! どれも得難い宝となりますが、特にゴールした瞬間の写真は、額縁に飾らなければなりませんね」
「アルバムだけじゃ飽き足らず、そんなのまであるの?」
「当然です」
生徒側の席に戻り、出迎えたクラスメイト達と手を叩き合うティオを見て心底満足気な表情を浮かべるシャーリィ。そっと余韻に浸りながら軽く息を吐くと、彼女は立ち上がった。
「では私は他の映写機の所に行ってフィルムの交換に行ってきます。次の競技はソフィーもティオも出ませんしね」
「行ってらっしゃーい」
影も残さぬ速さで各所に配置した映写機まで駆け付ける。そのまま一つ目、二つ目の映写機のフィルムを交換し、小さな雑木林の中にある三つ目の映写機の下に駆け寄ると……そこには鼻息を荒くしながら血走った眼でシャーリィの映写機とは別に、自前で用意したと思われる映写機のシャッターを切る小動物がいた。
「はぁ……はぁ……さ、最高っすよぉ……他の女学生も言わずもがな、何と言ってもソフィーたんとティオたん……綺麗な足が見える運動服は白い球の肌を撫でる汗で薄っすらと透けて……これだけでオイラはもう……ふぐぅううううっ!? く、首が……だ、だがオイラの首がどうなろうと、写真だけは――――」
チョーカー型魔道具に首を絞めつけられながらも危険な眼光と共にシャッターを切ることを止めない小動物だったが……そこから先の言葉は続かなかった。
シャーリィが無言のまま小動物……ラクーンの首を斬り飛ばしたのである。チョーカーだけは傷付けないよう、肩辺りから。
「ちょっ!? いきなり何してるんすか!? 酷くないっすか!?」
「…………ちっ」
「……今、舌打ちしなかったっすか?」
「黙りなさい。そちらこそ何をしているのです?」
「何この人怖い」
念動力を発生させる魔術で斬り飛ばされた胴体と断面を繋げるラクーンはそう言って抗議するが、シャーリィは知ったことでは無いとばかりにどこまでも冷たい絶対零度の視線を浴びせるばかり。
「先ほど私の娘たちの名前を口にしながら何をしていたのです? その映写機は? 盗撮ですか? 盗撮ですよね? ……コロス」
「失敬な! 違うっすよ! オイラはただ、校長として生徒たちの思い出を残そうと撮影に勤しんでいたんっすよ! アンタと同じっす!」
「心底不愉快です。貴方の犯罪目的の盗撮と私の娘の思い出作りを一緒にしないでください」
「あああああああああああああああっ!? 止めて! 剣先でツンツンしないでっ!!」
まさか魔道具によって首を絞められても尚 幼い少女に対しての劣情を隠そうともしないとは色んな意味で恐れ入る。これはもう、この場で処断した方が娘の為ではないかと本気で考えるほどだ。
「大体、そこまで言うのであれば今撮った写真を見せてください。校長として、娘たちだけではなく、男子生徒と女子生徒、分け隔てなく撮影しているのでしょう?」
「? 何でオイラが野郎の写真なんて取らないとダメなんすか?」
一切の冗談を感じさせない純粋な瞳で、さも当然のように宣うラクーンに思わず怯んでしまった。この頭の捻子が全て外れたような言動、やはり同じ半不死者なのだと親近感すら湧いてしまう。
「……貴方も懲りませんね。最初に捕まえた時は私とカナリアの二人掛かりでもう二度としないようになるまで痛めつけ、その後も罰が続いたと聞きましたが……まさかこうも似たようなことを繰り返すとは」
「誘拐にはもう手を染めてないっすよ」
「本質的には盗撮も同じことだと思いますが」
正論で返してみても、案の定聞き入れる様子のないラクーン。これはもう言うだけ無駄だと判断し、シャーリィはラクーンの映写機を取り上げた。
「とにかく、そのフィルムは没収します。後に私の娘が映った分以外は然るべきところに出しますから」
「そう言って娘さんが映った写真は懐に収める気っすよね!? そうはさせな……止めて! こんな幼気な小動物を踏みつけないで!」
「おい、さっきから騒がしいぞお主ら」
そんな時、シャーリィから噴き出る魔力に気が付いたのか、カナリアが転移魔術で現れた。
「大方、ラクーンめがお主の娘らを盗撮でもしておったんじゃろうが……はっ。相も変わらず心の狭い奴じゃ。童の写真などどうなったとして、それが当の本人に害がある訳でも――――」
「撮った写真の中には、貴女のお孫さんの写真もあるのでは? 女子生徒ですし」
「《滅びよ》っ!!」
「ぎょええええええええええええっ!!」
爆炎をまき散らしながら吹き飛ばされたラクーンは木に激突して気絶。荒い息を吐きながらそっぽを向くカナリアは、つい一瞬前までシャーリィの親心を鼻で嗤っていたとは思えない様子だ。そんな彼女を無表情でジッと見つめていると、見る見る内に耳まで赤くなっていくのが分かった。
「……私は今、貴女に対して今までに無いほどの親近感が湧いています。我ながら気味の悪い事を言いますが、今なら貴女とも仲を深められる気がするのです」
「はぁあああああああああっ!? 本当に何を気色悪い事を言っておるのじゃ!? お主に親近感持たれるとか屈辱の極みなのじゃが!? 妾は妾の縄張りで好き勝手やっておる奴に、誰が絶対王者であるかを思い知らせたかっただけじゃし!! 他の奴なんぞ微塵も関係……おい! そっぽを向かずに人の話を聞くのじゃ!!」
こんな風にカナリアを言いくるめられるのは恐らく今日までだろう。そう思ってシャーリィは、顔を真っ赤にして涙まで浮かべながら襟首を掴んで揺さぶってくるカナリアを全力で無視し続けていると、突然気絶していたラクーンが目を見開いて跳び起きた。
「こ、これは偉いことが起きたっすよ! 緊急事態っすよ!」
「何じゃ? 女子生徒が臍を見せながら運動服の裾をパタパタして涼を取っている瞬間でも見逃したのか?」
「何それ心の底から後悔するしか……じゃなくて、真面目な話っす」
本当に落ち着いた声色でそう告げるラクーンにシャーリィとカナリアはそっと目を細める。それは先ほどまで祭囃子に浮かれたダメな大人の姿ではなく、歴戦の冒険者としての顔だった。
「……何があった? 詳しく話すのじゃ」
「オイラ、校長に就任してから学校の敷地内のありとあらゆるところに感知系の魔術を張り巡らせてたんすよ。主に、敷地内に存在する奴の悪意や害意を察知するのを。そしたら……」
「反応があった訳ですね。そしてそこまで言うということは、察知したのは明確な殺意という事ですか」
そう察したシャーリィにラクーンは黙って頷く。それはつまり暗殺者の出現、それも運動会の真っ最中に殺人を起こそうとしている輩が現れたという事。そしてそれを放置すれば、間違いなく運動会は中止となる。
娘たちがあれほど楽しみにしていたこの行事を……否、それ以前に、件の輩の狙いが、各所から因縁を付けられているシャーリィやカナリアの縁者であるという可能性も捨てきれないのだ。
「……カナリア。今回ばかりは利害も行動原理も一致しているでしょう? 私は娘の危険となり得る要素を誰にも気付かれない内に排除し、二人には心おきなく運動会を楽しんでもらいたいと思っているのですが」
「は? 行動原理の一致? 何を寝ぼけた事を言っておるのじゃ? …………ただまぁ、妾の提案で行われた今年の運動会、中止になれば妾の顔に泥を塗るも同じこと。それも分からず愚行に走る愚か者どもには地獄の痛苦という灸を据えてやらねばならんじゃろうなぁ」
「フッ……今回ばかりは今までの恨みつらみを忘れてオイラも全力で支援するっすよ。男子はどうでもいいっすけど、女子生徒の笑顔を曇らせることは紳士としてしちゃいけないっすからね」
静かな声で囁く三人。しかし、それは聞くものが聞けば地獄の底から響くような声色だろう。
「相手の数は如何ほどか?」
「敷地内には今のところ三人。索敵範囲を広げてみたんすけど、これはかなり多いっすね。街には既に四十人以上入り込んでるっす」
「大方一般人に紛れ込んできたという訳ですか。……そうなると、私としては一番の問題は時間ですが」
何しろ、午後になればソフィーとティオが出る競技に親子競技、更には父兄競技の要請とやるべきことが目白押しだ。それはカナリアも同じだろう。
相手の人数がどれほどになるのかも不明。プログラムの空いた時間に相手を見つけ出して処分、競技の参加及び観覧の為に戻るというのは現実的に考えれば不可能だ。
「なるほど……別に一切問題ないじゃろ」
揺るがぬ自信と共にそう断言するカナリア。それにはシャーリィすらも内心で肯定した。
何せここに居るのは《白の剣鬼》、《黄金の魔女》、《怪盗》の三人。潜むように現れた隠者如きにこの大事な日を台無しにされてたまるものかと気炎を燃やす。
世界に名を轟かす半不死者たちが静かな怒りと魔力、闘気を渦巻かせながら誰も知らぬ学校敷地内の死角、雑木林の中で不遜な侵入者たちに狙いを付けた。