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昼食時

備考:この作品の世界観では、国境警備や街や都市への出入りを見張る警備体制や警備技術が未発達な部分が多いです。なので不法入国などが頻繁に起こり、社会問題と化しています。


 王国辺境の街に近寄る集団。一見すると行商人や旅人、冒険者に見える彼らは、外壁に設けられた衛兵が配備された門に向かわず、迂回して森の中を進む。

 辺境の街の外壁は、一部が森で途切れてしまっている。これは予算不足によって建造どころか伐採も出来ないという訳でもなく、ちゃんとした理由があった。

 森を構成する木の殆どは、土のみならず岩や家屋にも根を張る着生植物のような生態を持つ一種であり、外壁を建てても地面から伸びた根が石材を締め上げ、瞬く間に劣化させてしまうのだ。伐採計画も持ち上がったものの、極僅かな根が残っていても復活し、いずれ成木となってしまうほどの生命力を持つ。完全な根絶には、それこそ土壌を完全に枯らすほどの自然破壊が必要となるだろう。

 とは言っても、害ばかりではない。この木は魔物がとにかく嫌がる匂いを発する植物とされており、魔物に対する天然の防波堤となっているからだ。動物などが数多く生息しているのもそのおかげと言えるだろう。

 ならば根や枝が伸びた時は年に一度大掛かりな剪定を行い、外壁代わりとして活用しようということになったのだ。この街の開拓当時、魔物蔓延る平野の中で外壁が出来上がる以前から外壁代わりにして建築作業を行っていたことも大きいのだろう。

 街の子供たちは、外に通じているはずなのに魔物がやってこない不思議な森と認識しており、今では自然豊かな遊び場として活用している。そんな場所があると知っていた彼らは、一般人の格好をしたままその森を抜ける。


「……目的の人物が住んでいると思われる宿の裏手に到着」

「……情報通り、現在は開けているようだ」


 そんな不穏なことを口にしながら、一階にある一室を覗く男たち。その人数、三人。一見するだけならともかく、ここまでくれば怪しいことこの上ない。

 

「……データではかなり厄介な相手のようだ」

「……関係ない。全ては………………だ」


 そのまま移動しようとした矢先、近づいてくる人の気配を感じた。男たちは瞬時に森の木陰に身を潜めて様子を窺うと、宿の女将と思しき恰幅の良い中年女性が箒を片手に現れた。


『今年もまた随分枝が伸びてきたねぇ。そろそろ剪定するよう伝えないと』


 森の木の枝の長さを眺めてそう呟いた後、持っていた箒で落ち葉を掃き集める女将。


『……目撃者を不要に出すのは下策だ。迂回して進むぞ』

『待て』


 音もなく森を進んで迂回しながら街に入ろうとした二人を、残った一人が呼び止める。


『……情報通りなら、あの女はターゲットと親しい間柄にあるはずだ。そうなれば、利用価値は十分にある』




 白熱する運動会が着々とプログラムを消化していき、紅組も白組も一進一退の点取り合戦を繰り広げる中、ようやく昼食の時間となり、シャーリィは本当に珍しくグッタリとした様子で《勇者の道具箱》から弁当を取り出した。


「どうぞ……午前は本当にお疲れさまでしたね」

「ま、ママもね」

「ん。本当にお疲れ」


 カナリアとの死力を使い果たすような争い(運動会の競技だが)を繰り広げた上に、格好が恰好なだけに精神的に磨耗したシャーリィに普段の覇気は一切ない。その姿はさながら、仕事疲れを無理矢理押し切って学校行事に参加する、昼寝直前の片親のような姿だ。


「……まぁ、あの後は本当に色々とありましたから」


 色々あった……というよりも、借り物競走の後に一度だけ父兄競技に参加したことで気力が底をついたというべきか。


「お母さんが踊ってるところとか、何気に初めて見たかも」

「しかも一人だけやたら目立つ、キレのある踊りだったよね! 皆も褒めてたよ、ママ!」

「あああぁぁぁぁ……!」


 今の服装のまま公衆の面前で戦舞披露。しかもどこの国のものかも分からない……カナリア曰く、亡き夫の故郷の振り付けであるらしい、やたらと足を上げたり飛び跳ねたりという動作が多い踊りを披露する羽目になってしまい、肉体よりも精神が披露しきっていた。


「あれは例外的に得点が入る競技でもなかったのに……何が悲しくてあんな……」

「ん。元気出して」


 穴を掘って入りたい気分だ。勿論、そんな彼女を揶揄ってくる冒険者(同僚たち)は多数いたが、そう言った手合いは一人残らず張り倒されて山積みにされているので、周りから余計なストレスを与えられないだけまだマシかもしれないが。


「ま、まぁまぁ。それより疲れてお腹空いてるでしょう? 一緒に食べません?」


 そんな荒れるに荒れたシャーリィだったが、流石に娘たちに加えてカイルたち後進にまで宥められては何時までも弱った姿は晒せない。深く溜息を吐いてから気を取り直し、ソフィーとティオに挟まれる形で、カイルにクード、レイアにチェルシー、ミラにリーシャといった面々と持ち寄った弁当を囲みながら座る。

 シャーリィが持ってきた、バスケットに入ったサンドイッチを始め、他の面々も多人数で食することを想定した内容の弁当が並び、互いに互いの食事を交換しながら賑やかな食事の場を楽しんでいた。


「…………一部冒険者を除けばな」

「こんな日くらい、仕事モードじゃなくてもいいのにね」


 そんな彼らの背後では戦場携帯食を貪りながら次の競技に関する情報収集とメンバーの選出に余念のない、本気で景品を取りに来ている冒険者たち。一部の子供たちが怯えているので止めてほしいところである。


「まぁ、あっちはあっちで嫌だけどね」


 クードとレイアの視線の先には、わざわざ料理人まで呼び寄せて焼いたステーキを、パラソル付きのテーブルの前に座りながらナイフとフォークで上品に口に運ぶカナリアの姿。アレの身内であるらしい少女も同じテーブルに着かされているのだが、どこか居心地悪そうだ。時折こちらに向けてくる優越感に浸ったカナリアの視線が心底腹立つ。


「ティオ。頬にソースが付いてますよ」

「ん……こっち?」

「いえ、逆です。ほら、動かないでください」


 手の甲で口周りを拭おうとするティオを制し、シャーリィが《勇者の道具箱》から取り出したハンカチで拭うと、ソフィーはやれやれとばかりに溜息を吐く。


「もう、ティオったら。またハンカチ忘れたでしょ? 食べ方も乱暴だし、そういう身嗜みも気を付けなきゃダメだよ? 私たちももう十歳なんだから」

「それ言われたら私らの立つ瀬が無いんだけど……まだ子供なんだし良いじゃん」

「それにソフィーも口周りについてるしね」

「え!? 嘘!?」

「貴女も逆を拭いてますよ、ほら」


 恥ずかしそうに頬を軽く染めるソフィーの口周りを、ティオにしたのと同様に優しく拭うシャーリィを眺めながら、ミラはポツリと呟く。


「いつ見ても仲の良い母娘だよね、あの三人って」

「だな。私らの親は仕事忙しくて行事とか絶対に参加できるわけじゃないのに、シャーリィさんは絶対に参加するもんな」

「あー、それ分かる。アタシの時もさぁ、お母さんもお父さんも仕事で来なかったし」

「え? そ、そう? ママは何時も来てくれるけど、他の皆は違ったりするの?」

「まぁ、冒険者でもない限り、休みの日と仕事の日が一定してるからな」


 仕事の予定を自分で組めるところが大きい冒険者というところが大きいのだろう。普通の仕事では学校行事に合わせて休むのは確かに難しいところだ。


「そういえば、学校には孤児院の子も沢山通ってるけど、神父様やシスターだって一人の為だけに応援に来れるわけじゃないもんね。チェルシーの所の孤児院の二年生って、今チェルシーだけだし」


 余談だが、この街の孤児院は複数存在し、いずれもカナリアが出資者となっているが、経営者はそれぞれ違う。同じ孤児の生徒でもチェルシーとマルコは別々の施設なのである。


「まね。シスターもほら、一学年の子の応援メインで来てるし、こっちに来れない代わりにカイル兄ちゃんが応援に来たって感じ。このお弁当も兄ちゃんが作った」

「そうなのですか?」

「へぇ、やるじゃん。チェルシーの兄ちゃん。美味いですよ、これ」


 注目を浴びて照れ臭そうに頭の後ろを掻くカイルは、シャーリィが今食べているのが自分が作った料理であることに気が付く。

  

「あの……どうですか? それも一応僕が作ったんですけど」

「大変美味しく頂いていますよ。カイルさんは料理が上手なのですね。私は未だ道半ばなので、少々羨ましいです」

「いや、僕は単に手伝いで馴れてるってだけですから! それにシャーリィさんが作ったサンドイッチもとても美味しいですよ!!」


 自分が嬉しいことを必死に隠し取り繕うカイル。そんな兄貴分に、チェルシーは細い糸目を更に細くする。


「……え? 何その反応? 今までアタシや姉ちゃんたちが褒めてもそんな真っ赤になって照れたりしなかったよね?」

「へ!? いや、それは気のせいなんじゃ……」


 嘘が下手なカイルの、目が泳ぎ回る反応に、幼いながらも女の勘というものを備えているチェルシーは直感を以てして答えを導き出す。


「あぁ! もしかして前に兄ちゃんがデートに誘ったっていう、世話になった先輩冒険者で年上の好きな女の人がシャ――――」


 その名前を言い切るよりも先に、カイルとソフィー、そしてティオが飛び掛かるようにして一斉にチェルシーの口を塞ぎにかかる。


「しーっ! しーっ!! その事、ママに言っちゃ駄目だから!」

「……言ったら色々と面倒そうだから秘密にしてて」

「変なこと言ってシャーリィさんを困らせたら本当にダメだからね!?」

 

 まだまだ自分たちだけの母で居てほしいソフィーとティオ。本心を言おうにも言えない心境のカイル。どこか鬼気迫るものがある三人にコクコクと何度も頷き、ようやく解放されたチェルシーは、何処か真剣な光を瞳に宿しながらカイルに問いかけた。


「でもさぁ、兄ちゃん。もう前々から隠せてないから言うけど、兄ちゃんの性格から考えると、このままじゃ何時まで経っても伝えられないよ? いいの?」

「…………いや、良いんだよ、別にそれでも」

「え?」


 それは意外な言葉だったのだろう。目を僅かに見開くソフィーとティオ。その言葉は、彼女たちにとって心底意外なものだったからだ。そんな二人を見て、カイルは観念したとばかりに困った笑みを浮かべる。


「あの人にとって今一番大事なのは、間違いなく君たちだからね。他の事なんて考えられないくらい毎日一生懸命だし、その努力に僕が無理矢理割って入って困らせることはしたくないんだ。あの人が一番良いと思う日々を過ごしてほしい」


 正直に言って、二人は少し感心した。まだ十五歳……今年成人したての少年で、自分の意思を優先しがちな年齢にありながら、カイルは自分なりにシャーリィの意思を汲みながら接している。ソフィーとティオはまだ五歳しか離れていない少年が、ひどく大人びて見えた。



「あ、あの……三人は一体どうしたのです? 食事中に急に相手に飛び掛かるなんて無作法を教えた覚えは……はっ!? ま、まさかあの二人、反抗期になったんじゃ……! わ、私は一体どうすれば……!?」

「あー、違うから、そう言うのじゃないから。安心して大丈夫だよー、シャーリィさん」


 酷く見当違いなことを想像して狼狽えるシャーリィを宥めるレイア。そんな二人にミラとリーシャは何とも言えないような表情を浮かべ、クードは明後日の方向を見ながら目を逸らす。


「お兄ちゃん……シャーリィさんってもしかして……」

「言うな、妹。今に始まったことじゃねぇから」

「うわぁ……マジかよ。もう見ただけでもバレバレなのに、チェルシーの兄ちゃん、絶対苦労するぞコレ……」


 この日、シャーリィの男女関係に関するスキルが十歳児以下であることが娘の友達に露呈した。

  

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