借り物狂走・後編
前回の感想では色々と言われましたが、別に「お題のメモにブラジャーと書かれていた」とは一言も言っていません。幾らなんでもそんな無茶なことをしませんので、あしからず。
「ごめん。色々説明端折り過ぎた。まずこれを見てくれない? お題が書かれたメモなんだけど」
「…………〝Cランク以上の女冒険者の上衣〟、ですか」
シャーリィはメモの内容を一言一句違えず口にする。上衣……つまり上半身に身につける衣類の事だ。要するに、Cランクの女冒険者の上着やら鎧やら、何だったら籠手でもいいから借りて来いという事だろう。
特におかしなことは何もない。運営側がとち狂った訳ではなくて本当に良かったと胸を撫で下ろしたが、それと同時に両腕で胸を隠すように交差させながら引き気味に問いかける。
「それがどうして私の下着に目を付けることになるのです?」
「いや、実は私……最近こっちに来たばっかりだからさ、高ランクの女冒険者なんてアンタくらいしか知らなくて」
女冒険者は少数派だ。大陸のギルド全体でも数百人……数えられる程度だろう。それでCランク以上となるとなおさら少ない。この街に越してきたばかりの彼女が街の女冒険者のランクをある程度も把握できていないのは当然なのだ。
「最悪観客の中……紅組の中に居ない場合は街や白組の中から探すしかないんだけど、どっちにしてもまずシャーリィに交渉して物借りるのが一番速いと思って」
実に冒険者らしい合理的判断である。知り合いの伝手という当てもなく、シャーリィが逆の立場でも、きっと同じことをしたに違いない。しかし、される側となった場合は堪ったものじゃないと身を以て実感することになるとは。
「…………髪飾りなどでは駄目なのですか?」
「確認してみたんだけど、装飾品は衣服とは言い難いから駄目だって。防具が最低基準だって」
「…………バレない様に適当なものを用意するとか」
「違反防止のために審査員全員が《センスライ》を使う教会関係者だった。ちなみに私の所はシスター。女物の服がお題だからだと思う」
「わ、私が今、どんな格好をしているのか分かりますよね……!? 借りた物は競技終了後に返却されるんですよ? ただでさえこんなお腹も肩も出ている薄着なのに、その上下着まで取られたら……!」
シャーリィも走者だ。そうなれば当然、揺れる。何がとは言わないが、下着がない分より激しく揺れる。最悪、この裾の短いチアガール服が捲れあがって見える。問答無用で公序良俗違反だ。学校側も黙ってはいないし、精神的にかなりキツい。
ハッキリ言って、今回は過失と言われても首を傾げる、事故のようなものだ。運営側もこうなることは流石に予想していなかっただろう。あれだけの冒険者が集まっていながら、最速で用意できるのがシャーリィの下着で、他の冒険者から借りるのは時間が掛かり過ぎるなど、予想できるはずもない。
(それもこれも、カナリアが余計なことをしたから……!)
「な、何じゃ? 何故妾を睨む?」
普段の冒険時の装いなら帷子くらい貸していたのに、カナリアが服を隠したせいでこの惨状だ。ここぞとばかりのタイミングで余計な事しかしない。
その上、シャーリィが知っているCランク以上の女冒険者は皆白組だ。紅組が貸してと言われてもまず拒否するだろう。むしろ利益が掛かった戦いで拒否しないのは冒険者ではない。
「さっきも言ったけど、シャーリィが嫌なら他をあたる。……でも、正直これ以上差を開けられるのはキツい」
女冒険者はチラリと、観覧席や運営テント、至る所で声を掛ける白組走者に視線を向ける。相手が何時借り物を見つけて戻ってくるか分からない以上、今から当てもなく探すのは不利だ。
それでもシャーリィには貸すのを断るという選択肢があった。相手も同じ女の身として了承している。…………が。
(ここで私が断って負ければ、先の娘たちが得た勝利は全て水泡に……!)
紅組は第一競技は負け、第二競技では勝利した。このまま連勝して優位に立つべき場面で、シャーリィが恥ずかしがったのが原因で負けるだなんて、そんなのあり得ない。娘たちの顔が曇るなどあってはならないのだ。
「って、ヤバい! 白組戻ってきた! もう他を探しに行くから……!」
「待ちなさい」
羞恥と勝利。その二つを天秤にかけて前者を振り払ったシャーリィは、真っ赤に染まった表情のまま、若干涙目になりながら踵を返して結界の外に出ようとする女冒険者の肩を掴んだ……その瞬間、二人を漆黒の闇が包む。
光を遮断して闇を作り出す魔術、《ダークカーテン》。シャーリィの様に視覚に特化した異能や魔術でもなければ何も見えない暗闇の中で、シャーリィは背中に手を回してブラジャーのホックを外した。
「~~~~~っ!」
正直、恥ずかしさで死にそうだ。周りからは何も見えない場を作り出したとはいえ、公衆の面前で下着を外すなどあり得ない。
(どうして……どうして三十路にもなった中年がこんな事をしなくては……!)
もしこの世に運命を司る何者かが居るのなら、本気で罵り倒した後で斬り殺さなければ気が済まない。
しかし、全ては娘の為だ。その為ならば全ての艱難を排除できずして何が親なのか。シャーリィは豊かな胸を盛大に揺らしながら服の中から下着を引きずり出し、魔術を解除すると、周りの眼や映像に映らないように女冒険者に押し付けた。
「いいですか? 絶対に……絶対に他の人からは見えないようにしてくださいよ……!」
「わ、わかった! ありがと……って、デカ!? 何これ!? デッカ!?」
「いいから早く行ってください……! 負けたら承知しませんから……!」
シャーリィの下着の大きさに驚きながらも、女冒険者は両腕で借りた物を隠しながら審査員の元へ疾走する。あの調子なら開けられた差は何とか埋められそうだ。
『白組は斧……それも魔武器を借りたようです! 紅組は……何を借りたのか見えませんね。両腕で隠しています』
「お主一体何を貸したのじゃ?」
「……い、言いたくありません」
胸の前で腕を組みながら真っ赤な顔を全力で背けるシャーリィに、カナリアは心底意外そうな声で告げる。
「しかし意外じゃな。お主がこの競技に出てくるなど」
「何が意外なのです?」
「だって……まさかそんな短いスカートのまま競争に出てくるとは思いもせなんだからの。下手に走ればパンツ見えるぞ?」
その瞬間、シャーリィは顔から血の気が引いた。娘たちに勝利を捧げることで頭の中が一杯になって、自分の服装の事まで頭が回らなかった。このままでは、胸元とスカートを気にしながら走る羽目になってしまう。
「……前々から思っておったが、お主って娘らが関わった途端に馬鹿になるよね? どーせ、他人に見せる事前提の下着なんて持っておらんじゃろうし」
「な、何ですかそれは……!? そもそも、し、下着なんて他人に見せるものじゃないでしょう……!?」
「ふはははははははは! 貴族の価値観が染みついたお主には分からんじゃろうが、平民の間では既に服装に関する意識改革が妾の手によって進んでおるんじゃよ! 後、見せパンってお主が考えてるようなデザインじゃないと思うんじゃが」
そうこうしている内に第三走者が完走し、第四走者が凄まじい速度でこちらに向かってきている。白組と紅組の差は最早無いに等しいだろう。
最後の勝負どころだ。……しかし、シャーリィとしては全く心の準備が出来ていない。来ないでほしいというのが本心だが……この状況は、もうどうにもできない。
『さぁ、紅組と白組のバトンがついにアンカーに渡されて……って、消えたぁ!? 突如アンカー二人が消え……て、ません! これまでの走者を遥かに超える速さで審査員の元へ向かっています!』
消えたと錯覚させるほどの速度。音すら置き去りにする速さ。映像魔術ですら捉えられない疾駆でシャーリィは駆け抜ける。もはや周囲にも映像にも映らないほどの速さでゴールするしかないと、脚の筋肉繊維を千切り、骨に罅を入れながら限界を超えた速さを引き出す……が。
「はっ! なかなかやるではないか! まさかただの走法だけでこれほどの早さとはなぁ!」
隣を並走するカナリアのプレッシャーは何時までも拭うことが出来ない。どうやら背中から推進力として暴風と爆炎を噴出し、更に身体強化魔術を併用しながらシャーリィに匹敵する……いや、それ以上の速さで走っている。
(僅か……ほんの僅かに、カナリアの方が速い……!)
大岩の障害物を片や細切れにし、片や近づいた瞬間にくり貫いたかのように消滅させて排除する二人だが、シャーリィの剣は競技用の模造剣だ。真剣との切れ味の違いによって発生する、ほんの僅かな障害物突破に要する時間が二人の差を広げていく。
「はーはははははははは!! 今の妾はジェット・カナリア!! 直線移動速度で妾に敵う者などいないのじゃああああ!!」
「一々煽ってくる……!」
もうダメかと諦めが脳裏をよぎった……その時。
『ママー!』
『頑張って……! お母さんっ』
そんな声援を浴びた瞬間、シャーリィは限界を更に超え、一瞬消えたかと思えば、その体をカナリアの真横に移動させていた。
「はぁあああああっ!? お主そんなん有りか!?」
「探知魔法に引っかかっていない以上、有りです!」
ルールに抵触するのはあくまで空間魔術。それに頼らない、脚力と走法のみを頼った次元跳躍だ。それをこの場で体得したシャーリィは、カナリアと同じタイミングで審査員からメモを奪い取り、それを素早く読んだ。
(お題は……〝二十歳未満の中衛職冒険者〟!)
となれば、シャーリィの心当たりは一つ。今一番近い観覧席にいる彼だ。走った勢いを殺さない内に鋭角な角度を描きながら曲がり、目的の人物の元へ向かう。
「カイルさん、私と来てくれませんか?」
「小僧、妾と共に来るがよい!」
呆気を取られる少年……カイルにそう言い放つのとまったく同時に、隣からそんな声が聞こえてきた。ギギギと錆びたような動作で首を動かせば、そこにはキョトンとした表情を浮かべるカナリアが居た。
「お主……何をしておるのじゃ? この小僧は妾と共に審査員の元へ行くのじゃぞ?」
「それはこちらのセリフです。私の方が先に彼の手を掴んだのですから、私が優先されてしかるべきでは?」
「……え? え? あ、あの、二人とも?」
恐らく、カナリアもカイルが条件に当てはまるお題を渡されたのだろう。状況を呑み込めないカイルを挟んで睨み合う二人……必然的に引っ張り合いは起こった。
「離しなさい、カナリア……! カイルさんは私と一緒に行くのですから……!」
「くははははははは! 何を寝ぼけたことを! この小僧は妾のものに決まっておるじゃろうが!」
「ちょっ!? ふ、二人とも!? い、いたたたたたたたっ!? う、腕が! 腕が千切れる!!」
傍から見れば男一人を絶世の美女と美少女の二人が取り合っている図。しかし、実際はそんな生易しい修羅場などではなく、極限まで強化された腕力同士の引っ張り合いの綱にされているのが現実だ。周囲の男たちは羨むどころか憐れんでいる。
(くっ……埒があきませんね)
相手は無数の魔術を操る魔女。このまま手をこまねいていては不利だ。そう判断したシャーリィはカイルの手を握ったまま、カナリアごと引き摺る形で走りだそうとしたが、そう考えたのはカナリアも同じだったらしく、再び暴風と爆風を推進力としながら、シャーリィと並走する形で審査員の元へ戻っていく。
「うわああああああああああああっ!! だ、誰か助けてぇええええええええええええええええっ!!」
「ちぃっ! 妾の真似ばかりをしおってからに……! 実に忌々しい! 忌々しいぞ、この親バカめ!」
「変な言い掛かりはよしてください……っ。貴女こそ私の邪魔ばかりして……!」
口喧嘩をしながら爆走する二人に引っ張られるカイルは、実に哀れな事に振り回される布のようにその身を躍らせることしかできない。そんな少年の惨状を知ってか知らずか、二人は未だ数十メートル離れた審査員に向かって叫んだ。
「お題の〝者〟、確かに借りてきました……っ」
「早速審査じゃあああああああああ!!」
「し、《真偽・看破》!!」
真偽を見抜く魔術が発動し、二人のお題が見合っているかを判断する審査員。
「ふ、二人ともお題はクリアしています――――」
「わぁあああああああああああああああああああああああああっ!!」
「って、ちょっと!?」
それを聞いた瞬間、二人は立ち止まることもなく 手を放して審査員に身柄を渡す時間も惜しいとばかりに、カイルの手を掴んだままゴールラインまで爆走を続けた。障害物など最早無に等しい人類最強枠の競争は残り三メートル、二メートル、一メートルで終わろうとした瞬間、至近距離で並走し続けた二人は接触し、互いに互いの足を引っかけてしまう。
(不味い……!)
余裕が無かったとはいえ、不覚も不覚。このまま転倒しながらゴールするのは最早不可避だが、その前に無理矢理連れてきてしまったカイルだけは庇わなければと、残された一抹の理性で判断したシャーリィは、前方に吹き飛ばされそうになっているカイルの腕を引いた。
『け、決着! 正直何が起きたのか、速すぎてさっぱり分かりませんが、どうやら決着がついたようです! 土埃でどちらが先にゴールをしたのか判断できませんが……審判の判断は!?』
地面を滑り込むようにゴールしたシャーリィとカナリア。舞い上がる土埃が晴れると、そこにはシャーリィとカナリアの胸に顔を挟まれる形で気絶するカイルが居た。
相反する魅力を持った二人の美女の胸に挟まれて眠れるなら、それは男としては非常に幸福なのだろうが……肝心のカイルは、恐怖で気絶したのか、幸せ過ぎて気絶したのか、鼻血を流しながら目を回す気絶顔からは判然としなかった。
「な……な、なぁ……!?」
「えぇい! 何を生娘の様に恥ずかしがっておる! そんな事よりも、どっちがゴールしたのじゃ? 当然、妾じゃよな!?」
胸部下着を着用していない薄着姿の状態で、男の顔を自らの胸に押し付けてしまった。その事実に顔を真っ赤にしながら思考停止するシャーリィを無視して審判に詰め寄るカナリア。
極めて際どい接戦だった。それに加えて土煙で視界も奪われていたのだ。幾人かの実行委員が集まり、しばらくの間協議が繰り広げられた。……そして。
『ただいまの勝負、完全な同着として引き分け! ポイントは紅組と白組、両方に半分ずつ入れさせていただきます!』
全体から凄まじい歓声が上がる。ある意味茶番とは言え、冒険者ギルドでも一、二位を争う二人が競い合い、劇的な相打ちを果たしたのだ。しかし、当の本人たちはまるで納得しておらず――――。
「な、何じゃそりゃああああああああああああっ!?」
「こ、こんなに恥ずかしい思いまでして引き分けって……引き分けって……」
カナリアの親心ならぬ、祖母心から始まった史上類を見ない、冒険者ギルドをも巻き込んだ派手な学校行事は、更なる混沌へと導かれる。
別に読まなくてもいい後書きを以下に一行書きました。
タイトル没案→魔女っ子DRIVE・FULLBURST




