借り物狂走・前編
ここ最近、諸事情故の作業があり、更新遅れていましたことをお詫びします。その事情はその内活動報告などでお知らせすると思いますので平にご容赦いただきたく思います。
今後ともこの作品を楽しんでいただければ幸いです。
今回の競技の出場者は五名と、入場ゲート前で聞いたシャーリィとカナリアをそれぞれ筆頭とする紅組と白組は、歓声を浴びながら運動場に立つ。そして競技が発表される少し前、シャーリィは伝達魔術でカナリアの頭の中に直接問いかけた。
(カナリア。先に聞いておきますが、本当に貴女は競技決めに関しては無干渉だったのですね?)
(しつこい奴じゃなぁ。心配せずとも妾はノータッチじゃよ。そう言うのは全部秘書に任せたしの。それどころか、妾の行動を制限するルールを幾つも盛り込むとか言っておるし)
嘘を言っているとは思っていなかったが念の為に確認してみると、カナリアは面倒くさそうに返答する。
カナリアの秘書とは、傲岸不遜な彼女が頭が上がらない数少ない人物の筆頭だ。そんな人物の事を口に出すあたり、どうやら本当らしい。
何せユミナ曰く、悪ふざけが過ぎるカナリアを最初にゴミ袋に詰め始めたという人物らしい。そこまでされて解雇したり不当に扱ったりしないあたり、カナリアと秘書の上下関係が伺える。 全部秘書がやりました……そんな典型的な言い訳は、立場に反してプライベートでの地位が秘書より低いカナリアは使えないのだ。
(まぁ、問題は無さそうですね。後はどんな競技が採用されたのか)
娘たちに勝利を捧げる。その目的を前にしてシャーリィの集中力はこれ以上ないまでに高まっていた。
そんな中、運営テントの下に居た教員の一人が軽く手を挙げると、運動場を囲むように魔力が地面に線を引く。
「「「《定礎・展開》!」」」
魔力光を放つ線上から天に向かって展開され、ドーム状になって運動場の中にいる者を閉じ込める巨大な結界。さながらガラスの半球ようなそれが幾重にも張り巡らされる。
今回は冒険者同士の競技ということもあって、魔術の使用はむしろ推奨されている。暴発や誤射で観客席……もっと言えば、生徒たちや学校関係者に被害を出さないようにするために、カナリアは結界魔術を得意とする者を幾人も雇ったらしい。
その筆頭となっているのが、アステリオスだ。
(娘たちに被害の心配がなくなるので助かりますが……あの人も大変ですね)
警備の総括に加えて結界の展開、維持の大部分を任されているアステリオスは、恐らく今日最も多忙な大人だろう。思わずアステリオスに同情と感謝の視線を向けると目が合い、気にするなと言わんばかりに頼りがいのある良い笑顔を浮かべたので問題はないと思うが。
『それでは、父兄の皆様による第三競技をお知らせします』
父兄……と言っても、大抵は保護者たちが招き入れた冒険者たちだが、そこは気にしないでおいた方が良いと考え、シャーリィを含む参加者たち全員が固唾を呑みながら見守る中、何処からともなく聞こえてくるドラムロールに合わせて競技内容が発表された。
『プログラム三番。借り物競走です』
通達の声と共に冒険者たちは互いに顔を見合わせ、ドヨドヨと困惑の声をあちこちから上げる。
『借り物競走? なんか思ったよりも地味だな』
『あぁ。魔術の使用はありって聞いたから、どんな競技になるのかと思ってたんだが』
カナリアが発端となって始まった今回のような運動会だ。生徒が出る種目ならいざ知らず、冒険者が出場する種目という観点から見れば意外と言えば意外だ。
しかし、先の種目でも見せつけたように、この民間学校の運動会は他の教育機関のそれとは一味違う。用いられる数々の魔道具は勿論のこと、競う戦場もだ。
『出場者の皆様。足元が盛大に揺れますので、お気を付けください』
『『『はぁ?』』』
司会役は一体何を言っているのだ?
民間学校の運動会というものを見たことがない冒険者たちは一様に首を傾げたが、その言葉の意味はすぐに理解することになる。
「どわぁああああああっ!? な、何だ!? 地面が動き出したぞ!?」
立っていた地面がまるで軟体生物のように蠢き、その平面の形を起伏激しい大地へと変貌させ、整備されていく。幾層もの結界内の地面は、瞬く間に障害物だらけのレース場へと姿を変えた。
辺境の街の民間学校、その運動会の名物である〝自在に姿を変える運動場〟である。カナリアが毎年派遣する地属性魔術の使い手を各所に配置、種目毎に大地を変容させることで見る者も参加する者も飽きさせない仕様としているのだ。
『それではルールの説明をさせていただきます。まずは白組、紅組、それぞれ五名の走者を選出し、数々の障害物を超えながらゴールを目指してもらいます。その途中で待機している五人の審査員が借りてくる〝モノ〟が書かれたメモを渡してきますので、それを借りてきて先に進むようにしてください。ショートカットをしたり、審査員を無視することは反則行為とみなしますので注意してくださいね』
言うなれば、障害物競走と借り物競走を混ぜたような競技だ。出場する側として問題があるとすれば、一体どんな物を借りなければならないのかということと――――。
「な、何か……例年よりもずっと障害物がヤバくない?」
崖や壁と言っても差し支えのない、隆起だらけの危険な上り坂と下り坂はまだ可愛い方だ。厚さ一メートルはあるであろう巨大な岩壁が軽く見積もっても十枚以上並んでいたり、縄よりも更に細い棒が張られただけの、底に泥が敷き詰められた大穴が空いていたりと、生半可な冒険者では突破不可能なのではと思わせる障害ばかりだ。
所謂、今回の運動会に伴って設計された、冒険者専用の過酷なフィールドだ。今までにない巨大な障害物に生徒たちは喜んでいるようだが、カイルたちのようなランクの低い冒険者は引いている。
あんなのに参加しなければならないのなら、軽はずみに来たのは間違いであったと。
『ちなみに今回の競技に限り、〝モノ〟を借りに行く時は、その都度結界に人一人が通れるくらいの小さな穴を開けるので通る時は周りを巻き込まないようにすること。中規模以上を破壊する魔術は使用しないこと。そして競技参加者への妨害、空間系の魔術および《フライ》を始めとした魔術による飛行は一切禁じます』
(……まぁ、それはそうでしょうね)
《フライ》は術者に掛かる重力を極端まで軽減し、放出される推進力で飛行を可能にする魔術だ。地面に障害物のあるレースで使うようなものでもないし、空間魔術の使用まで解禁されてはカナリアの独擅場になる。運動会を白けさせないための当たり前の配慮だ。
『走る順番はランダム。それでは早速位置についてもらいます!』
司会がそう告げると、シャーリィたち出場者はそれぞれのスタート地点へ転移させられる。どうやら第五走者……アンカーにされたようだが、隣は一体誰かと顔を向けてみると……。
「貴女ですか」
「まぁ、当然と言えば当然じゃろう。競技内容には口出ししておらぬが、極力盛り上がるように配慮せよとは言ってあるしの」
さも当然のように答えるカナリアにシャーリィも納得する。実戦ならいざ知らず、こうした見世物は実力が近しい者同士が戦う方が良い。
『それではこれより、冒険者ギルド有志による借り物競走を始めます。なお、詳しい状況は運動場上空に浮かぶ魔術映像でお楽しみください!』
何気に先の二種目でも活躍していた、上空に投影された巨大な映像に観客の視線が向くのを感じ、走者たちは隣から感じる圧力とひり付くようなプレッシャーの中で神経を研ぎ澄ませ、その時を待った。
『それでは第三競技、借り物競走! 開始です!』
その瞬間、第一走者両名はまったく同時に大量の土煙を巻き上げながらコースを駆け抜ける。両者共に身体強化の魔術を付与し、まるで風のような速さで岩が無造作に転がる足場が不安定なコースを舞うように越え、並び立つ巨大な岩壁の前まで到着した。
『早速来ました、第一関門! 冒険者たちは一体どのようにしてこの壁を乗り越えるのか!?』
そのまま両者が岩壁に激突する……その直前、紅組の冒険者の両腕に紋様が走り、白組の冒険者は槍を壁に向ける。
「おらおらおらおらおらおらおらぁああああああ!!」
「《青嵐・貫突》!!」
極限まで硬化と強化が施された拳が、螺旋渦巻く風を纏った槍が瞬く間に岩壁を破壊し、二人は二十秒も掛からず立ち並ぶ岩壁を突破する。倒壊する壁といきなり派手な技を見せつけた冒険者たちに、戦いとは離れた日々を送ってきた一般人たちは思わず「おぉっ!?」と魅入った。
基本的に魔物を始めとした脅威から守られる側である彼らは冒険者の力というものを直に見ることが中々ない。それだけに冒険者たちが目の前で力を行使するのが新鮮なのだろう。
「どんな内容か分からぬ故、最初は高ランクの冒険者で固める……なるほど、考えることは同じじゃったな」
ハッキリ言って、この程度の障害物は高ランクの冒険者ともなれば大した障害でもない。問題はやはり、借りる〝モノ〟のお題だ。
二人の速度は拮抗し、ほぼ同時に審査員の元に辿り着いて渡されたメモを読んだ瞬間、その表情を強張らせた。
一体どうしたのだろうと疑問に思っていると、二人は我先にと言わんばかりに大跳躍。そのまま結界、観客席、塀を越えて姿を晦ませた。
「……学校外にまで、借りに行くのですか?」
「みたいじゃな」
「……一応聞きますけど、あの秘書の方も貴女と同様に無茶なことを言い出す方ですか?」
「全くもってその通りじゃ。たかが世界各国の人気スイーツを百個ずつ集めよと命じただけで拳骨を入れてくる理不尽の権化のような奴で――――」
「なるほど、少なくとも常識を弁えている方のようですね」
「なぜそんな結論に至る?」
長い白髪を軽く引っ張りながら抗議するカナリアを無視し、シャーリィは思索に耽る。
去年の運動会でも借り物競走という競技はあった。しかしそれは帽子や靴などといった、子供でも簡単に借りて持ってこれる物ばかり。成人……それも冒険者に対するお題ともなれば、一般人では調達困難な代物である可能性が高い。
一体どんなお題を出されたのか……ポカンとしながら待つこと少し、白組の走者は翼竜の騎乗竜に跨り、紅組の走者は何やら巨大な魔物の首……その剥製を担いで爆走して戻ってきた。
「あれギルドの二階に飾ってある凶装竜の剥製ですよね」
「すぐに見つけられる物と借りるのに手間が掛かるが帰りが速い物の勝負じゃな」
最初こそ紅組の男がリードしていたが、翼竜の圧倒的移動速度には敵わず、白組にリードを許したまま借りてきた物を審査員に提示。お題に沿っていると許可を得て、白組を追う形で駆け出した。
「はっはははははははは!! 見よ! あの圧倒的な埋まらない差を!! この競技、我が白組の勝利は決まったようなものであろう!! 悔しい? ねぇ悔しい? プークスクスクス!!」
「…………」
いっそのこと斬りたくなるくらいにウザい煽りを受けて、シャーリィのこめかみに青筋が浮かぶ。しかしカナリアの言う通り両者の速度はほぼ互角である以上、あの差を埋めるのは厳しい。
挽回の機会があるとすれば、第二走者からだ。
白組が第二走者にバトンタッチし、それからやや遅れて紅組の第二走者が走り出す。そして大して距離が縮まることがないまま、綱渡りのような障害物を踏破した白組走者にお題が渡された。
そのまま白組走者が結界の外に出ると、次いで紅組の走者がお題を渡され、これまでと同様に顔を強張らせる。
「こ、今度は一体何が……って、こちらに向かってきましたね」
紅組走者は結界から出ず、まるで跳ねるように跳躍しながら真っすぐにシャーリィの元へ向かっていく。
その冒険者には見覚えがあった。今年の運動会に関する説明会の場に、夫と思われる若い男性と共に来ていた女冒険者だ。ランクはアステリオスと同じくAであったと記憶している。
「アンタ確か、ギルドでも有名なBランク冒険者だったよね? 名前は確かシャーリィ」
「そうですけど、私から何か借りに来たのですか? だとしたら一体何を……?」
借りに来たのです? 早くしてください。負けてしまいますよ……と、立て続けに言おうとする前に、女冒険者はシャーリィの肩に手を回してカナリアから離れ、周囲に聞こえないように耳打ちした。
「いや、実はとんでもなく頼みにくいんだけどさ」
「……はい? 何です?」
「いや、本当に頭がどうかしてると思われるかもしれないけど、落ち着いて聞いてくれる?」
「ですから、いいから早くしてください。こうしている間にも――――」
「実は、アンタのブラジャーを貸してほしいんだよね。今着けているのをさ」
「…………あ、頭に寄生虫でも棲み付いてるんですか?」
それとも運動会の熱気で脳味噌が溶けて耳から流れ出たのかと、水着を除けば未だ嘗て無いほどに薄着姿のシャーリィは戦々恐々としながら女冒険者や運営の頭を本気で心配した。