電撃参戦
久しぶりに前書きを掻きます。まぁ語ることと言えば私事なのであれなのですが。
昨日、気がついたらパンツの中に大きめのムカデが入り込んでて、股間を噛まれた(実話です)。
時は早朝まで遡る。
人生史上、三度目の露出過多な服装に着替えざるを得なくなったシャーリィは、レイアを伴ってカナリアが寝泊まりしている館に強襲を仕掛けていた。
「死ネ」
「出会い頭に殺しにきおった!?」
防犯として施された数多の罠を切り伏せて、天蓋付きの大きなベッドで暢気に眠って居たカナリアに曲刀を振り下ろすが、惜しくも直前で目を覚ましたカナリアは瞬時に空間魔術で危機を脱してしまう。
痛烈な舌打ちと共に二色の瞳を強く輝かせ、空いた手にも空想錬金術で生み出した剣を握り、じりじりとカナリアににじり寄るシャーリィ。服装こそ軽快な意匠だが、渦巻く闘気と魔力で長い白髪を巻き上げる鬼がそこに居た。
「えぇい、何じゃ朝っぱらから! 妾はまだお眠の時間じゃぞ!? ていうか、華麗に回避しなかったら死んでたんじゃが?」
「そんなことはどうでも良いんですよ。とにかく死んでください」
「待った待ったぁあ!!」
あわや死闘の予感。それを感じ取ったレイアはシャーリィの腰に抱き着いて引き留める。
「とりあえず話を聞こ!?」
「離してくださいレイアさん。今日という今日はあの邪悪な魔女を滅さなければならないのです……!」
「ふはははははははは!! 無駄無駄、無駄なのじゃ! 頭に血の上った親馬鹿なんぞに倒される妾ではないわ!!」
「ギルドマスターも煽んないでよ! あーもう、いい加減落ち着け馬鹿二人ぃいいいい!!」
殺気全開のシャーリィを寝間着姿のまま全力で煽るカナリア。そんな混沌な空間にレイアの怒声が幾度も響き、しばらく経ってからようやく話し合いに持ち込むことに成功した。
座って落ち着いて話がしたいところだが、この部屋にはテーブルとイスは一人分しかない。仕方なく朝から大騒ぎしたシャーリィと、元凶であるカナリアの反省も兼ねて床に正座し、レイアが仲裁役として間に座るこの状況下、先に口を開いたのはシャーリィだ。
「それで、どういうことですか? 私の服を奪っていったのは貴女でしょう……この大切な日に何を企んでいるのです」
「企むとは人聞きの悪い。妾は純粋に運動会を盛り上げようとしただけじゃよ?」
「一体どの口がそれを言うのです……!」
言っていることの要領を得られず、シャーリィは剣を脇構えに構えながら片膝を上げるが、いきなり殺気立つ話し合いの席の中でもカナリアは平然と指摘してのける。
「その恰好で暴れれば、パンツが見えるぞ?」
「っ!?」
顔を真っ赤にし、捲れあがりかけたスカートを両手で押さえながら再び正座したシャーリィは涙目になりながらカナリアを睨む。性悪な《黄金の魔女》はその様子をニヤニヤと嗤いながら眺めていた。
「その姿では大きな動作もまともに行えまい。この席、完全に妾が主導権を握っておるようじゃなぁ?」
「ぐ……うぅぅぅ……!」
やられた。完全にやられた。そう悟った時、カナリアはさらに調子に乗り始める。
「あっれぇー? どうしちゃったのぉ? 妾をぉ、抹殺するんじゃなかったのぉ~?」
「ううううう~……! だ、だから短いスカートは嫌なんです……! す、すぐにこんな……し、下着が見える格好なんて……!」
いっそのこと、寝間着姿のまま強襲を仕掛けた方が良かったのかもしれない。しかしそれをすれば、相手の僅かな弱みすら全力で突いてくるカナリアがどんな事をソフィーやティオに吹き込むか分かったものではないので、レイア曰く、外で着る服であるという露出の多い服に身を包むしかなかったという訳だ。
「でもギルドマスター、本当にどういう事? なんか、アタシが聞いてた話と大分違うような気がするんだけど」
「うむ。まずは事の成り行きから話そうかの」
そう言うと、カナリアは居住まいを正して真面目腐った顔をする。
「シャーリィ、お主なら戦舞というものを知っておるじゃろ?」
「何それ?」
「大陸各地に伝わっている、伝統舞踊の事です」
その昔、戦に赴く戦士たちを称え、慰撫するために若い娘たちを集め踊りを披露するという風習が大陸各地で盛んに行われていた。それが戦舞である。
時代と共にその風習は廃れていったが、戦舞は伝統舞踊という形で今でも残り、国、または領が主催となる祭事で披露されることが多いのだ。
「その衣装は、妾の夫の故郷に伝わる戦舞の衣装じゃ。その服を身に纏い、舞を披露する娘らをチアガール……と、呼ぶそうじゃぞ。披露する祭事も運動会とよく似ておる……というか、妾が夫から聞いて再現したのが運動会なわけじゃが」
「そんな昔に運動会のような行事、あったのですか? それにチアガール……といいましたか? そんな舞踏集団の名前、聞いたことがありませんが」
シャーリィは皇妃教育を受けていた際、他国や地方の伝統や風習、歴史に関しても頭に叩き込んでいた。十年経っても一切錆び付いていない知識には、カナリアの言っていた伝統や歴史など無かったのだが、カナリアは何食わぬ顔で言う。
「当たり前じゃろ。お主が知っているわけがない」
こちらの知識量をある程度理解してでの断定。それは少し気になる言い方だったが、シャーリィは気にしないことにした。何せカナリアの夫が生きていたのは千年ほど前……歴史の闇に消えたものも数知れない。現代しか生きていないシャーリィが知る由もないことも多いだろう。
「……先に言っておきますが、絶対に嫌です」
「まだ何も言っておらんじゃろ」
「言いたいことなんて凡そ見当が付きましたよ。どうせ、貴女の夫君の故郷の伝統を蘇らせるためにレイアさんを始めとした街の若い女性陣を大勢巻き込んで、今日の運動会で披露するつもりなのでしょう? そしてそれに私を無理矢理巻き込もうと」
「その通りじゃ。よく分かっておるではないか。紅白分かれて二組結成し、それぞれの組を応援させようと思ってな。冒険者どもは殆どが色を好む野郎ども……うら若き娘たちの踊りを嫌う者などいないのじゃ」
最近、街の若い女衆が郊外に集まって何かをやっていることには気付いていたが、どうやら戦舞の練習をしていたらしい。確かに祭りを盛り上げるには一役買うかもしれないが、それでもシャーリィの返事は変わらない。
「絶対嫌なので、早く服を返してください。というか、そもそも戦舞は若い女性の踊りでしょう? そこに私が入ること自体がおかしいと思いませんか? それにこの衣装だって、どう見ても若い女性用ではないですか……」
「何か可笑しいことがあるか? お主だって十分若いじゃろ」
「見た目じゃなくて中身の話です。私、もう三十路の中年ですよ? こんな格好、痛々しいと思われるにきまってます……!」
「いやぁ……それはどうかなぁ」
レイアはシャーリィとは違い、他の冒険者との付き合いもそれなりに良い方だ。だからこそ知っている。ギルドに居る無頼漢どもは、見た目さえ良ければ、拝む分なら喜んで拝む連中であるということを。
現に以前、シャーリィが露出の多い給仕服を見に包んだ際、全身を舐めまわすように見る男も少なからず居たのだ。
「どちらにしろ、お主も戦舞を踊らなければ嫌じゃ。服を返したくない」
「この魔女……!」
怒り心頭になって再び切りかかろうとしたシャーリィを制するように、カナリアは時計を指さす。
「そんな事より良いのか? 今から学校に向かわなければ、良い場所を取られてしまうぞ? 十台にも及ぶ映写機の設置もしなければならぬのじゃろ? ん? ん?」
「…………ぐ」
シャーリィにとって不幸なことに、時間までもがカナリアの味方をしていた。結局自分の羞恥心よりも娘の晴れ姿を優先し、シャーリィは急いで民間学校へと向かうことにするのであった。
「なんかもう……笑ってください」
そして今、シャーリィは色々と諦めて死んだ顔で乾いた笑みをこぼす羽目になっていた。
「不憫な……」
「えっと……げ、元気出してくださいっ」
「なぁ、シャーリィさんってもしかして、結構苦労してる人だったりするのか……?」
「う、うーん……何時もはそうでもないんだけど、理事長先生が相手になるとどうも……」
ミラやチェルシー、途中で合流してきたリーシャ。そしてソフィーやティオにまで憐みを籠った視線を向けられ、シャーリィは割と本気で泣きそうになった。
「はぁぁ~~……いえ、もういいです。色々と諦めました。とりあえずカナリアは運動会が終われば必ず始末するとして……せっかくの運動会です。記念撮影といきましょう」
「え!? いいんですか!?」
「ん。よろしく、お母さん。皆集まって」
ソフィーやティオたちを並べてシャッターが擦り切れそうな勢いで連写するシャーリィを尻目に、クードも呆れたような表情を浮かべる。
「あの人、相変わらず振り回されてるな。ていうか、今日初めて戦舞踊れって言われたんだろ? 踊れるのかよ?」
「いや、それが大丈夫なんだよ、驚くべきことに。多分白組もなんだろうけど、アタシたち紅組は最後の打ち合わせってことで朝一で何回か踊ることにしてたんだけどさ、シャーリィさん一回見ただけで完璧にマスターしたんだよ」
マジかよと、クードは瞠目した。娘優先な態度が目立ちすぎてそうは見えない時は多々あるが、基本的に真面目なシャーリィは突然参加せざるを得なくなった戦舞でも真面目に参加するだろうが、練習不足をどうカバーするのか気になっていた。
とりあえずそこまで言うのなら大丈夫だろうと、クードはシャーリィたちから視線を外し、片手で鼻を押さえながら蹲るカイルに目を向ける。
「おーい、大丈夫か? 紙縒り要るか?」
「だ、大丈夫。ギリギリのところで鼻押さえて治癒魔術で治したから」
見え掛ける下着と、薄布の下で激しく揺れる双丘を見て危うく妹分の前で無様な醜態を晒すところだったカイルは安堵の溜息と共に興奮した気持ちを落ち着かせた。
「まぁ無理もないよね。この服、何かエッチなのにしっかり可愛いし。こんな服着てるところ見たら、大抵の男はイチコロっしょ。あんたたちも、今のアタシを見てドキドキしてるんじゃないの? にしし」
「お前……頭と身長に行くはずの栄養が一部に吸われてたんだな」
「チビの癖に胸だけデカいって言いたいの? セクハラと罵倒を同時にするなんてなかなかやるじゃん。ぶっ殺してやる!!」
「まぁまぁ二人とも、落ち着いて……って、んんんっ!?」
「ど、どうした!? 何かあったのか!?」
目が零れ落ちんばかりに見開くカイルが震える指先を白組の来賓席に向ける。白組生徒の保護者や、白組に与する冒険者たちが座るその区画に、本来理事長として運営テントの下に居るべきはずのカナリアが、女生徒とお揃いの運動着を着て渾身のドヤ顔を浮かべながら高級ソファに寝そべっていた。