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過去の事件

第三巻の情報を活動報告にイラスト付きで公開しました。


 その日の放課後、タオレ荘に戻ってきたソフィーとティオを見て、シャーリィは少し安堵した。


「……今日は機嫌が良いみたいですね。賭けには?」

「ん。勝ったよ」

「そうですか……それは何よりですね」


 シャーリィは浮かび上がりそうになる表情を意識的に抑えながら呟く。

 冒険盤を用いたソフィーとマルコの賭け勝負は、見事ソフィーが勝利を奪ったらしい。遊戯とは言え、経験者に昨日今日の指導と経験で完勝したのだというのだから、シャーリィは内心では鼻高々である。

 無表情を装ってはいるが、愛娘の勝利という事実に、気分的には今すぐにでも諸手を挙げて大喜びしたい気分だ。


「えへへへ……それでね、私がドラゴンの駒の横に戦士を置いたら、マルコが固まっちゃって!」

「もう完全に詰んでたよね。どう駒を動かしてもドラゴンが取られる状態だったし、終わったらマルコが項垂れてたのも無理はないと思う」

「そうですか」


 勝利の高揚が再び湧き上がってきたのか、瞳を輝かせながら今日起きた事をたどたどしく伝えてくるソフィーの頭を、シャーリィは優しく撫でる。

 是非とも、ソフィーが勝利する瞬間に立ち会いたかった。いきなり用事もなく母親が教室に現れるのもどうかと思ったので泣く泣く控えたのだが、正直、後悔の念の方が強い。


「そういえばお母さん、今年の運動会ってお母さんたちも出るってホント?」

「ええ、そうですが……もうそちらにも通達が?」

「ん。先生が放課後に言ってた。また明日になったら、クラスの中で誰が父兄競技に出るか決めるんだって」


 決定すれば即実行に移す。というか、決定しなくてもどうするのかを考えていたのだろうし、用意もしていたのだろう。この行動の速さから察するに、今年の騒ぎが無くてもカナリアは最初から父兄競技を盛り込むつもりだったのかもしれない。


「今年の貴女たちは紅組でしたね。私も紅組の勝利に貢献することになるでしょう」

「ん……そっか」


 そう言うと、ティオはシャーリィの膝の上に乗り、宝石のような(あか)い瞳で母親の顔を見上げてきた。


「ねえ、お母さん。もし明日、わたしが父兄競技に出られたら、一緒に出てくれる?」

「えぇ、勿論です」


 そのためにカナリアの意見に賛同したのだ。候補者は他にもいるだろうが、是非とも出場権を獲得してほしいところである。


「ん、分かった。じゃあ出れる様になったら、私と一緒に出てね」

「あー! ティオ狡い!」


 そう約束を交わすと、今度はソフィーがシャーリィの腕に抱きついてきた。


「ねぇ、ママ! 私とも一緒に出てくれるよね?」

「当然です。是非とも、出場権を得られるように頑張ってくださいね」


 こうして娘たちから甘えられ、シャーリィは緩みそうになる表情を鉄面皮に保つのに必死だ。

 しかし、同時にとてつもなく幸せでもある。やはり子供が主役となる催しは良いものだ。早く運動会当日にならないものかと、当人たち以上に浮かれ気味なシャーリィだが、ふとある懸念事項が思い浮かぶ。


「……そう言えば、去年も今年も二人は同じクラスでしたが、来年になってソフィーとティオが別々のクラスになり、父兄競技があった場合、私は一体どちらの応援をすれば……?」

「え? ……言われてみれば確かに。う、うーん……どうなるんだろ……?」

「……難しい」


 祭り同然の催しであり、普段全く喧嘩をしないという訳ではないとは言え、娘二人が陣営に分かれて争い合うなど、最早想像もできない出来事だ。そうなった場合、シャーリィはソフィーとティオの間に挟まれて狼狽えることしかできないだろう。

 というか、別々のクラスになって、二人同時に同じ競技に出場するようになった場合、集中的な激写が出来なくなってしまうではないか。


(……これはもう、カナリアを説得して来年も二人を同じクラスにするしかないのでは……? 無論、(物理)による誠実な説得を用いて)


 シャーリィはカナリアに対して何処までも遠慮が無かった。 




 同時刻、帝国帝都に建てられた警察本省。その門の前では、連日貴族たちの怒鳴り声で賑わうようになっていた。


「貴様らが不当に連れ去ったのは我が伯爵家の跡取り息子だぞ!? 早々に息子を解放し、我が伯爵家の沙汰を受けろ! この無礼者どもめ!!」

「なぜ主人が捕まらなければならないの!? 私たちの子供はまだ十歳なのよ!? このままでは義弟(おとうと)夫婦に家を乗っ取られてしまうわ!」


 デモ隊……と言うには人数が少ない。貴族自体が全体から見れば少数派なので当然の事なのだが、逆に言えば、彼らに味方する者の少なさも表している。

 彼らの言い分をそのまま受け止めれば、不当に家族を連れ去られた事に対する抗議なのだろう。しかし実際のところ、彼らの頭の中には不利益の回避や保身などしかないのだ。


「貴女方のご親族には数多くの犯罪行為に関与した疑いが掛けられており、物証や証言も数多く上がっております。我々は法に基づいて行動しており、決して不当に身柄を拘束しているわけではありません」


 本来帝国法で禁じられていた貴族たちの犯罪行為の数々。これまでは身分を笠に着て罪に問われるのを免れてきたが、警察が設立された以上そうはならず、大勢の貴族が監獄、または警察本省の留置所に押し込められているのだ。

 それに当然のごとく納得できないのが、残された犯罪貴族たちの親族である。これまで当然のように享受し続けてきた特例処置を奪われた形となったのだ。むしろ奴隷の売買や違法薬物で財を成している者も多いので、死活問題と言ってもいい。

 

「い、言い掛かりだそんなものは! いいから息子を返せ!! わ、私を誰だと思っている!?」

「出来ません。他に用が無いのならどうぞお帰りください」

「我が家がどうなっても良いって言うの!? この鬼畜! 悪魔!」

「貴女方の問題の解決は我々の関与すべきところではありません。他に用が無いのならどうぞお帰りください」

「二言目には帰れ帰れと……! ほ、他に言葉を知らないのか!? まったく、フィリア殿下もとんだ態度の連中で組織を組んだものだ!」


 貴族たちの怒鳴り声混じりの要求に、門番はまったく表情を変えずに、まるで人形のように返答を繰り返す。

 ……否、事実として、門番は人形なのだ。

 貴族を逮捕すれば、保身に逃げようとする者も居れば、考えなしに警察本省に殴り込みをかける愚かな貴族たちも現れる。それを危惧したカナリアが、人間にそっくりな造りをした、話しかける言葉に対して決められた返答を繰り返す、警護用のゴーレムを造ってフィリアに与えたのだ。

 今の彼らは怒鳴り立てている相手が人形であるということも気付かず、ただ騒いでいるだけ。実際、ゴーレムがこれ見よがしに設置された正門を通る警察構成員は一人もいない。いずれも地下道から出入りするか、身体強化魔術で高い塀を飛び越えるかだ。身柄を確保した容疑者を留置所に連れて行く際も同じである。

 つまり正門は、煩わしく騒ぐ貴族たちに対する囮なのだ。カナリアが見れば余りの滑稽さに腹が捩じ切れんばかりに大笑いするであろう光景だ。

 それに意を介さず、本省の内部では大勢の警察構成員が事務に勤め、捜査状況を纏めている。そんな建物の一室に、フィリアは居た。


「こちらで全てのようです、姫様。処分されてしまった物も多かったのですが、父を始めとする先帝陛下派であった方々が当時の資料を残してくれたみたいで」

「ありがとう、ルミリアナ」


 フィリアは机の上に積み重ねられた資料を手に取り、その内容に目を通していく。隣に立つルミリアナも別の資料を手にし、やがてその流麗な眉を思わず歪めた。


「お父様……お母様……」


 ……映写機が世に出回り始めた時期だった。フィリアの両親である、先帝夫妻が、皇帝アルベルト派の貴族に毒殺されたのは。

 資料用紙に貼り付けられた写真には倒れ伏す両親の遺体があり、フィリアの脳裏に当時の出来事がありありと思い浮かぶ。

 朝食の席、まだまだ幼かった当時の彼女は、両親が血を吐いて倒れ伏すその場所に居たのだ。一滴で大人を五十人殺すという半人半蠍(はんじんはんかつ)の尾針の毒を料理の上から垂らされていたらしく、銀食器にも反応を示さなかった。

 朝食を共にしていたフィリアは利用価値があったのか、はたまた偶然か、とにかく運よく生き残ることが出来たのだが、苦しみながら死んでいく父母の姿は、今なお彼女の心に残る傷跡である。

 この資料は、皇帝夫妻暗殺事件の捜査結果をまとめたものだ。そこらの貴族子女なら過去のトラウマを刺激されて気を失いそうになりそうだが、それでも彼女は資料に目を通す。二人の死を、無意味なものにしないためにはそうするしかないのだ。


「……当時毒を仕込んだ可能性が極めて高いとして捕らえた料理人や毒見係は自害しており、事件背景は未だに不明。証拠も残っておらず、先帝陛下たちの暗殺は迷宮入りしたという訳ですか」

「うん。当時の調査員はお兄様の派閥とお父様たちの派閥が入り混じっていて、まともに調査が出来なかったって言うのも大きいみたい」

「度し難いですね……国家元首の死を前にしても、まだ足を引っ張ってくるだなんて」


 ルミリアナは忌々し気に吐き捨てる。


「……いいえ、どちらかというと、わざと調査の邪魔をしたと考えるべきですか」


 皇帝という立場だ。命を狙う者はそれなりに多かったのだろうが、一番怪しいのが、兄とその派閥の貴族たちだ。

 なにせ先帝ルグランドと皇妃エルザベートはアルベルトのシャーリィに対する仕打ちに心底激怒しており、アルベルトを廃嫡にして生涯幽閉した後、フィリアを女帝にしようとしていたのだ。兄を操って甘い蜜を啜っていた貴族たちからすれば、実に目障りな存在だっただろう。

 とはいっても、アルベルトが実行犯ではないだろう。傲慢で実に性格が悪くなっているが、同時に頭も悪く、内心では臆病だ。父母を殺すほどの気概や発想があるとは到底考えられない。


「消去法で一番黒幕の可能性が高いのがお兄様の後ろ盾となっている貴族の誰か……でも証拠がない」

「あれから何年も経っていますからね。物的証拠が残っている可能性は低いでしょう」


 もはや解決を諦めるしかないと思っていたこの事件。しかし、ここにきて光明が見え始めた。


「でも警察なら……多くの魔術師を抱え、幅広い調査を行える警察なら、この事件を今度こそ解決できるかもしれない」


 魔術で得た残留思念や無機物の記録を提示し、真偽を看破する《センスライ》の魔術で証拠に嘘偽りがないことを証明すれば、物証と同じく、あるいはそれ以上に明確な証拠になる事が認められている。

 そして、皇帝暗殺という大罪を前には時効などというものはない。見つけることが出来れば、必ず裁くことが出来る。

     

「これでもし本当にお兄様の派閥の貴族が犯人で、その者がお父様たちの排除、またはお兄様を皇帝に担ぎ上げるために犯行に及んだと言質を取ることが出来れば、お兄様の派閥に大打撃を与えることが出来るかもしれない」


 犯人は未だに分からない。もしかしたら、ここ数年で既に没落し、最早影響力が皆無となった元貴族かもしれない。しかし、娘としても帝国を滅ぼす者としても、調べてみる価値は十分にある。

 毒殺によって皇帝の地位に就いた者などに味方する貴族や他国などそうはいないのだから。



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