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新校長は危険生物


 運動会最後の種目出場者を決める騒動の翌日。民間学校の昼休み時。ソフィーたちが普段授業を受けている教室の一角では、緊迫した雰囲気が流れていた。


「俺が勝ったら百メートル走も俺が出る。お前みてーな白髪(しらが)の出番は無しだ、良いな!?」

「条件変わってるじゃない!? わ、私だって絶対に負けないから!」


 普段いがみ合うことはあっても、こうしてきちんと勝負で白黒ハッキリつけてこなかったソフィーとマルコ。その二人に挟まれる形で、机の上には駒が並べられた冒険盤が置かれていた。

 遂に最初の決着をつける時がきたのである。その勝敗の行方を見届けようと、クラスメイトの半数以上が見物に二人を囲んでいた。


(アステリオスさんに教えて貰った通りなら、この勝負、私の方が不利なんだよね? うぅ……昨日は冒険盤の事なんてちっとも知らなかったから、つい安請け合いしちゃったけど……)


 基本的に、チェスも冒険盤も、素人には頭の良い者……子供の観点から見れば、学業の成績が良いものほど強いという偏見がある。それはクラスメイトたちも同じであり、そんな彼らに流される形でマルコからの勝負内容を受けてしまったのだが、指導の後だともっと別の内容にすればよかったと、今更過ぎる後悔が勝負の直前の不安と共に浮かび上がってきた。


(でもマルコ相手に今更逃げたくないし……大丈夫、昨日教えて貰った通りにすれば……!)


 冒険者の駒側に座るソフィーは不安を覚えた己の心を人知れず叱咤し、アステリオスからの教えを忠実に思い返しながら、初手に魔法剣士の駒を動かした。

 



 時は少し遡り、辺境の街の大通り。……もっと言えば、タオレ荘から民間学校へ通じる通学路を進み、校門の前まで辿り着いたシャーリィとアステリオスは意外な人物と出会う。


「カイルさんに、クードさん?」

「これはこれは……意外な所でお会いしましたな」

「いや、それはこっちのセリフだっての。シャーリィさんはともかく……」

「うん。まさかアステリオスさんまでここに来るだなんて」


 カイルとクード、そしてこの場には居ないレイアは民間学校の卒業生だ。しかし、だからと言って何の用事も無しに訪れることなど殆ど無いだろう。


「今、クードの妹と僕の孤児院の年少の子たちがこの学校に通ってて、今度の運動会に関することで通達があるから保護者が呼ばれたみたいなんです」

「でも、うちの両親もカイルの所の神父やシスターも皆用事があってな。代わりに話を聞きに行っといてほしいって頼まれんだよ」

「あぁ、なるほど。そういうことですか」


 子供に連絡事項を聞きに行かせるのは、よほどの内容でもなければたまにある事らしい。それを聞いたことがあるシャーリィは、納得と言わんばかりに頷いた。 


「それにしても、アステリオスさんもしばらくぶりですね」

「新しい新人の指導は順調かよ? 危なっかしすぎて見てられないんじゃないのか?」

「ははははは。まぁ前回と負けず劣らず、と言ったところですかな」


 依頼の道中、頻繁にレイアと喧嘩を繰り広げていたクードは思わず目を逸らして押し黙る。カイルもカイルで幾度も手間を掛けさせた記憶があるので、苦笑いを浮かべることすら出来ないらしい。


「それよりも聞きましたぞ、お二人とも。Dランク昇級、おめでとうございます。遅くなりましたが、祝い申し上げる」

「……へへ」

「ど……どうも」


 カイルとクードは照れ臭そうにしながら祝辞を受け取る。

 数百年もの間、世間を騒がせ続けた半不死者(イモータル)、《怪盗》クロウリー・アルセーヌ逮捕に貢献したことを冒険者ギルドに認められ、カイル、クード、そしてレイアの三人は無事Dランクへ昇格することが出来たのだ。

 その証拠に、彼らが身につける認識票はEランクの青銅から、Dランクの黒鉄の物へと変わっている。


「そう言えば、どうしてアステリオスさんまで呼ばれたんですか? もしかして、この学校に縁者が通ってるとか……」

「いえ、吾輩の親類に学校に通う者は居りませんな。ただ、魔女殿からは『冒険者を代表してくるように』とだけ伝えられております」

「冒険者を代表して……?」


 運動会に関する話し合いだったのではないのか? シャーリィはカナリアの意図が読めずに首を傾げる。

 今度は一体何を企んでいるのか……妙に嫌な予感を感じながら校門をくぐり、懐かしそうに、あるいは物珍しそうに校庭や校舎を見渡すクードやカイル、アステリオスと共に来賓用の中履きと下駄箱が置いてある玄関へ向かうと、そこには見覚えのある人物が立っていた。


「よくぞ来られた。久しぶり……と言ったところだね、三人とも」


 その男は魔術的な文様が入ったチョーカーを首に巻き、白いスーツにシルクハット、片眼鏡(モノクル)というあからさまに〝怪盗〟だと言わんばかりの姿でシャーリィたちを出迎えて――――


「そして改めて自己紹介をしよう。私がこの度民間学校の新校長に就任した愛の伝道師にして青き禁断の果実である幼女の守護者、クロウリー・アルセ」

「ふんっ!!」

「痛いっすぅうううううううっ!?」


 自己紹介を終えるよりも先に、シャーリィは空想錬金術で限定的に創造した鞘を男の下顎を目掛けて、音速を遥かに超える速さで叩きつける。

 全力の身体強化も合わさってか、シャーリィよりも体格の良い男は打撃音が響くよりも速く、天高くまで打ち上げられ、重力に従って地面に墜落。轟音と共に舞い上がる土埃が晴れると、そこには先の夏至祭で王宮を騒がせた《怪盗》クロウリー・アルセーヌ……を自作自演した、カナリアの元を脱走した彼女の元使い魔、マメダヌキのラクーンが目を回して気絶をしていた。


「何じゃ騒がしい。これは一体何事じゃ?」


 騒ぎを聞きつけたのか、ひょっこりと現れたカナリアに、シャーリィは地を這うような憮然とした声を絞り出す。


「それはこちらのセリフです……なぜこの変質者がここに居るのですか?」

「そ、そうですよ! しかも新校長とか何とか言ってたし!」


《怪盗》もとい、ラクーンは幼女性愛が高じすぎて年端もいかない少女たちを攫い、成長すれば親元に戻すという傍迷惑極まりない犯罪行為に勤しんでいた、つまり可愛い可愛いソフィーとティオに危害を加えかねない、シャーリィの敵だ。それは幼い妹や、妹分を持つクードとカイルも同じことだろう。

 事と次第によってはただじゃ済まさないと、事情の説明を要求すると、カナリアはラクーンの体をグリグリと踏みつけながらあっけらかんと答えた。


「何故も何も、先日まで校長を務めておった奴が歳食って退職しての。代わりに校長を務められる者を探しておったら、こやつが白羽の矢に立ったという訳じゃ」

「あ、あの、姉御? 踏んでる。オイラの体が踏まれてる」


 そんなカナリアに対し、シャーリィは召喚した《紅の神殿城(シュルシャガナ)》の切っ先でラクーンの体をブスブスと刺しまくりながら怒りを滲ませる。半不死者(イモータル)として再生能力を有するが、痛いものは痛いラクーンは既に涙目だ。


「白羽の矢など立つわけが無いでしょう……っ。この者は年端もいかない少女に対して破廉恥極まりない欲望を抱く危険生物ですよ? 一体何がどういう経緯を経て、子供が集まる民間学校の校長になど……駆除するのが最優先でしょうっ。うちの娘に何かあればどうするのですっ」

「痛っ!? 痛ぁあああっ!? 刺さってる! 剣が刺さってますよ、お母さん!!」

「誰が貴方のお義母(かあ)さんですか!?」

「あああああああああああああああああっ!?」

「シャ、シャーリィさん! 流石にそれ以上は死にますから!」

「とりあえず落ち着けって! まずは話を聞いてからでもいいだろーが!?」


 以前娘に迫った危機そのものの登場に精神的に不安定になったシャーリィをカイルたちは三人がかりで押さえて宥める。


「落ち着きましたかな? シャーリィ殿」

「はぁ……はぁ……えぇ、何とか。……それで、どうしてその変態生物が新校長になど?」

「防犯の為じゃよ、防犯」

  

 しばらくたってようやく落ち着き、深呼吸をしてから再度カナリアに問い詰めると、そんな意外な言葉が返ってきた。


「学び舎というのはどこでも同じような事が起こるものじゃが、この学校も年に数回夜間に忍び込んで悪さを働く愚か者が出没しておっての。そ奴らを捕らえて二度と同じ真似が出来ぬように仕置きする者を配置しておこうという訳じゃ。後、これでこやつは経営術や事務仕事にも長けておる故、真面目に仕事する分には優秀なんじゃよ」

「昔から姉御に散々押し付けられた事務や経営の経験も、思わぬところで役に立つもんっすねぇ」

「まじめに仕事するとは到底思えないのですが……また誘拐騒ぎを起こす可能性もありますし、むしろなぜ処刑も封印もしないかが不思議でなりません」

「シャーリィさん、本当にこの狸の事が嫌いなんだなぁ」


 能力的に問題が無くても、性癖的に問題がありまくる。心底冷たい目でそう問いかけるシャーリィだが、カナリアも引かない。


「そこに関しては問題ない。妾を誰と心得る? 妾はこやつと一方的に有利な再契約をし、その際この学校の敷地そのものに封印した。能力も大幅に制限され、空間魔術で学校敷地内から出ることは叶わなくなったのじゃよ」


 これによって、以前のようにラクーン自ら契約を破棄してカナリアの支配下から逃れるということも出来なくなったという。……言い換えれば、それはカナリアの支配下という地獄に身をやつしたという事でもあるのだが。


「更に極めつけはあの首輪じゃ。見よ」


 カナリアは自らが踏みつけるラクーンを指し示す。世間を騒がせ続けた小狸は荒い息を吐きながら、遠くを通り過ぎる女子生徒を血走った目で追いかけていた。


「はぁっはぁっ……幼女が、あっちにもこっちにも幼女が……。ふへへへへ……ちょ、ちょっと校舎裏に来てくれたら、オイラがお小遣いを上げはうぅううううっ!?」

「このように、幼女に対して邪な思いを抱いた瞬間に縮んで首を絞め付ける魔道具を装備させておる。指先一つでも触れれば、胴体泣き別れの上に脳にちょっとした電撃を流して気絶させるオマケ付きじゃ。近くに大好きな幼女が居るのに、触れることも出来なければ下心を抱くことも許されぬという罰も兼ねての校長就任という訳じゃよ」

「あの……流石に子供の前でそんなスプラッタな光景を公開するのはどうかと思うんですけど……」


 尋常じゃないくらいに首を絞めるチョーカー型魔道具と、それに苦しめられるラクーンをさながらお買い得商品でも紹介するかのように説明するカナリアに、カイルもクードも激しく引いているが、シャーリィは悶え苦しむラクーンに全く見向きもしない。


「……では、絶対に私の娘たちに危険はないと……そういう事ですね?」

「くどい奴じゃのぉ。妾が童どもの事に関して嘘を言ったことがあったか? 童どもの危険に対して保証と保険を疎かにしたことがあったか? 使い魔としての契約内容にもその辺りきつ~い制限を入れておる故、問題ない」

「ふっ……大船に乗った気で任せてくださいっす。不審者やテロリストが出てきても、女子生徒に関してはオイラが死んでも守ってみせるっす。……まぁ、男子生徒に関してはどうでもいいっすけどね。心の底から」

「まぁ……そこまで言うのなら、問題は無いでしょう」

「いやいや、男子も守ってやれよ」


 ソフィーとティオさえ無事なら、極論、他の生徒はどうなっても構わない。それが持論のシャーリィは、ひと先ずラクーンの校長就任を認めることとした。


「ですが、分かっていますね? もしソフィーとティオに不埒な真似をしたらどうなるかくらい」

「勿論っす。幼女触れずに見守るべしという掟に従い、ソフィーたんとティオたんはオイラが守り、見事フラグを立ててみせうごぇええええええっ!?」


 ソフィーとティオの事を思い浮かべたからだろうか、言った傍からチョーカー(魔道具)はラクーンの首を強く絞め付けるのであった。


 

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