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夏のホラー2017 裏野ドリームランド

微かに掴んだ光

作者: そらからり

シリアスです

 灼熱の太陽が照りつけ、乾いた風が大気中に砂を巻き上げる中、俺はただひたすらに前を向いて歩いていた。5W1Hを活用するならば、今(何時からということなら1週間くらいだろうか)、砂漠の中を(周りには砂漠しかなくどこを行っても世界中砂しかないだろうが)、俺が(誰と? もちろん俺の愛する妹とだ)、何をとなぜは後ほどにして、どのようにと言われれば歩いてだ(車など動かす燃料がない)。

 リュックに入れておいた食料はまだ半分あるが、これは帰りも考えての分のため、そろそろ目的地に着かないとまずい。


「お兄ちゃん」

「どうした妹よ」

「……今まで一度だって私の名前が妹だったことなんてないよ。私の名前はケミー。熱さで脳みそやられちゃった?」

「失礼。ケミー、どうした?」

「ちょっと休憩しない? ほんの少し座るだけでいいから」

「!? どうした! どこか悪いのか? お腹減ったなら何か食べるものを……いやまずは水でも飲むか? 足捻ったんなら兄ちゃんがおんぶしてやるから、ほら」


 俺が妹に背を向けしゃがみ込むと蹴られた。妹は冷たい目でこちらを見ている。

 俺が正座の形をとると、妹は正面に座りこむ。


「疲れただけだっての。それに水も食料ももうそんなにないでしょ? 私の分はともかく、お兄ちゃんの分は残しておかなければいけないんだから」

「兄ちゃんを見くびるなよ。ケミーが望むならそこら辺の虫を食べてでも生き延びてやるさ」

「……ほんとにそんなことしたらもうお兄ちゃんのことお兄ちゃんなんて思わないから」

「そんな!? じゃあ飲まず食わずで帰るしかないのか……」

「いや、だから私が食べたり飲んだりしなきゃいいだけじゃん。それに、現在地の確認もしたかったしさ」

「おお! さすが俺の妹だ。ケミーは頭いいなあ」

「……そのくらいで褒めないでよ」


 ケミーが向こうを向いているのはきっと照れているんだろう。とても素直な妹は顔に感情が出やすい。可愛いことだ。


「それで後どのくらいだ? 正直な話、そろそろ着いてほしいんだけど」

「砂からたまに出てる突起物とかが合ってれば今日中には着くはずだよ」

「そうか、それは良かった。ケミー、身体は大丈夫なのか?」

「うん、不思議と今日は元気。きっと最後の力でも振り絞ろうとしてるんだろうね」

「……」


 妹の言葉に俺はいよいよか、と覚悟を決める。


 妹のケミーは俺の本当の妹ではない。10年前、急に親父が連れてきた捨てられ子だ。だから正確には俺の義妹ということになる。両親の記憶はないらしく、その後は俺と親父の3人と本当の家族のように過ごしてきた。少し年が離れているせいか俺はケミーをとても可愛がり、こんな何もない砂漠だけの世界に生きる楽しみを得ていた。

 親父と3人、楽しく生きてきたがつい一ヶ月前、急に親父は死んでしまった。砂に埋もれての窒息死であった。何でも子供を助けようとしての結果だったらしい。ケミーは泣いていたが俺は泣かなかった。ケミーの手前ということもあったが、それよりも俺まで泣いてしまうと親父の行動が間違いであったかのように感じてしまうからだ。親父は正しい行動をした。その結果死んでしまったが、それでも子供が助かったのだ。悲しくは思うが嘆くことはない。


「ねえお兄ちゃん、こんなとこまで来てから言う事じゃないけどお兄ちゃんまでこんなとこに来なくても良かったんだよ?」

「馬鹿なことを言うな。妹を1人どこかに行かせるはずがないだろ。まだお前は1人で出歩ける年頃じゃない。お前はお兄ちゃんの後を付いてくればいいんだ。それにお前は知らないかもしれないが、お兄ちゃんこれでもシスコンなんだぜ?」

「それは知ってた。妹に付きまとうシスコンなことくらいは」

「ふっ……酷いな。お兄ちゃん泣きそうだぞ」

「自分で言っておいて何傷ついてるのよ。……はあ、ありがとお兄ちゃん。疲れもとれたしさっさと行こう」

「おう!」


 こんな世界であるが、一つだけ発展したものがある。いや、発展していたものか。それが医療技術である。先人たちが発展させてくれたこの技術のおかげで病人の診断だけは正確に出来るのだ。治療はまた別の話であるが。治療を行える設備も道具も技術もなぜか残っていない。あるのは診断するために技術と道具だけという不完全さだけ。死期が分かっても治療法がないのだからただ死を待つだけになる。それが長期であればいいのだが、余命1ヶ月とでも言われればかなり精神的にくるものがあるだろう。


 心臓が刻める鼓動の数が普通の人よりも限りなく少ないという奇病。それがケミーに診断された病気だ。発展した医療技術は後何日心臓が動くのかも計算してくれたが、どうすれば治るのかは教えてくれなかった。

 寿命が残りわずかと知った妹はそれでもなお気丈に振る舞っていた。親父が死んであんなに泣いていた妹であるが、自分が死ぬと分かっても決して涙を見せなかった。むしろ大泣きした俺を慰めてくれた。あの時は兄にあるまじきみっともないことをしてしまった。

 これからはもう弱みなんか見せないぞ。俺はこう見ても嘘は得意なんだ。2つあったからとケミーに実際は1つしかなかったお菓子をあげたり、生活を支えるためにこっそりと働いたりとケミーには嘘をつきっぱなしだ。今更強がるくらいの嘘なんかどうってことない。



 変わることのない一面砂の景色を眺めながら歩いていると、鉄でできた看板のようなものが立っていた。


「読めそうか?」

「ええっと、『よう……裏……ドリー……ドへ』。駄目、文字がかすれて読めない。でも、何もない場所にこんなものあるわけないし、ここがきっとそうだよ!」

「よ、よし。じゃあこの辺にアレがあるんだな」


 辺りを見まわすといくつもの砂丘がある。あの中のどれかに埋まっているのだろう。


 

 病期により寿命が残りわずかと決まってしまった妹が突然ある場所に行きたいと言い出したのは10日前。

 この世界が砂に埋もれる前、遥か数百年前にあったという文明を見てみたいと言い出したのだ。どこからともなく持ってきた1つの本にはかつてあったといういくつもの文明の跡の地図が記されていた。

 その中の1つが夢を見させてくれる遊園地という場所。ケミーは最後にここに行ってみたいと俺に頼み込んできた。無論、今でもその遊園地なるものが残っているとは限らない。そしてその場所は俺たちの住んでいる街からは離れた場所にある。持っていける食料や道具も限られている中、それは不可能なんじゃないかと思っていた。だが、俺はケミーの兄。俺が最後にこいつにしてやれることはあまりない。ならばやるしかなかった。例え周りがいくら反対しようとも。俺の旧友や婚約者に別れを告げることになろうとも。親父に続いて妹と別れるという現実にヤケクソになっていたわけではない。むしろ現実をしっかりと見た上で判断したことだ。


「妹以上に大切なものなんてこの世にはなかった。兄ちゃんは今更そんなこと知っちまったんだな」

「なにー? 何か言った?」

「何でもないよ!」


 俺の独り言が聞こえたのか別の砂丘を見ていたケミーが声を張り上げてきた。あまり心臓に負担をかけたくないから大人しくしててほしいんだけどな。

 砂丘を調べるのは慎重に行わなければいけない。いつ親父のように砂が崩れ埋もれてしまうかも分からない。

 持っていたスコップを砂にゆっくりと沈め、何も手ごたえがなければゆっくりと引き抜く。それを繰り返すこと数十回。ようやくガツンと金属と金属がぶつかる音がした。


「っと、ここか?」


 遊園地にはいくつものアトラクションというものがあったという。それなくしては夢を見れないそうだ。

 周りの砂を少しずつどけていくと、少しずつ埋もれていたものは姿を現した。


「ケミー! 見つけたぞ!」

「本当? 何これ!? 馬がたくさんいる!」


 砂の中から現れたのは鉄でできた馬がいくつも並べられた大きな小屋のようなものだった。馬はあまり見たことはないが、たぶん間違いないだろう。

 

「……大昔には馬を走らせた賭け事があったというがもしやこれのことか?」

「お兄ちゃん、これはメリーゴーランドってものらしいよ。これに乗って遊ぶって確か本に書いてあった」

「へえ。でも、どうやって動かすんだ?」

「……わかんない」


 だよなあ。本にはここにあるとは書いてあったけど、どうやって遊ぶとかは書いていなかった。というか、動かす専用の人間でもいたんじゃないか?


「でも……良かったよ」

「そうだな。お前の見たがってた文明というのが見れて良かったな」

「うん。今日中に見れて良かった」


 そう言ってケミーは崩れるように倒れた。


「ケミー!?」


 慌てて身体を支えるが、明らかに力が入っていない。


「まだ数日は大丈夫なはずだろ! しっかりしろ」

「お兄ちゃん、実は私1つ……いや2つかな嘘ついてたの」


 俺は顔が真っ青になっていくのを感じた。病気の妹よりも病的な顔をしているの違いない。


「1つ目はね、私の心臓は明日までだったってこと。お兄ちゃんには後数日は猶予あるって言ってたけどごめんあれ嘘」

「だ、だけど! それでも明日までなんだろ? なら今日は……」


 俺は言いながら妹はたぶん今日中に死んでしまうことを確信していた。なぜかと聞かれても分からない。だが、妹は明日まで生きていられるような体調ではない。


「今日私張り切ってたじゃん? あれ、心臓の鼓動早めてただけなんだよね。私の心臓の鼓動の残りの数は決まっている。早めればそれだけ死んじゃうまでの時間が短くなるのは当たり前だよね。これが2つ目の嘘……まあ嘘ついてたつもりなかったんだけど」


 身体から力が抜けていきそうだ。だけど腕の中にはケミーがいる。しっかりと離さないようにしないと。離したら最後、そのまま消えてなくなりそうだから。


「私、お兄ちゃんが私に嘘いっぱいついてたのも知ってたよ。それを知ってて黙ったふりしてた。これも嘘、なのかな」


 そう言ってケミーは笑う。やめろよ、今すぐにでも死んでしまうような雰囲気出すなよ!


「ケミー! 後残りはどのくらいなんだ?」

「ええと、私もちゃんとは分からないけど、30分もないくらい?」


 短い。あまりにも短すぎる残された時間に言葉を失った。何か言わなければいけないのだろう。別れの言葉を。感謝の気持ちを。死んでほしくないという本音を。

 

「ケ……」


 口がカラカラだ。喉が痛い。こうしている間にも刻々とケミーの命は消えていく。

 何か言わなければと思うほど言うべき言葉が見つからない。思考がまとまらない。


「お兄ちゃん、今までありがとうね」


 俺の内心を知ってか知らずか、ケミーはすでに別れるための決心をしていたようだ。俺がまとまらない言葉で返そうとした瞬間、突如動き出したものがあった。

 それはいくつもの繋がれた馬。誰も触れていないはずなのに、何をきっかけにしてもいないはずなのに動き出した馬たちは身体から光を放ちながらゆっくりと動き出す。


「ケ、ケミー! 見てみろ、メリーゴーランドが!?」

「……本当だ。すごいねお兄ちゃん」


 ケミーは今嘘をついた。いくら妹の言う事を無警戒に信じてきた俺でもそれは分かる。ケミーはすでに目を開ける力さえなかった。目を閉じたままかろうじて声を出せている状態のようだ。


「お兄ちゃん、あのね」

「どうした?」


 メリーゴーランドのおかげで少しだが落ち着くことができた。ケミーの言葉を一言一句聞き逃すことのないようにしないと。


「お兄ちゃん、ずっと……好きだったよ」

「俺もだよ。俺もケミーは好きだ。これからも」


 俺の答えを聞くと、安心したかのようにケミーは微笑み、そしてそのまま二度と目覚めなかった。

 メリーゴーランドは廻っている。光りながら何時ででも廻る。

 俺はその光景を眺めながら目から流れる涙が止まるのを待っていた。





















「はいカーット! いいよー。良かったよー」


 フッとケミー……いや、ケミー役であった少女は目を開いた。


「いや、良かったんすか? こんなんで」

「ほう? 私の台本と配役にケチをつける気かね?」

「けっこう穴だらけじゃないですか! 一週間分も食料どうやって持つんですか! この小さいリュックじゃ3日だって持ちませんよ! それにスコップどこから取り出すんです。急に取り出すとか俺、アイテムボックスでも持ってるやつじゃないですか!」


 俺は一気に台本について思っていたことを吐き出す。

 まあ終わってから言う事ではないが、そもそもまだあるのを全部言わないだけいいだろう。


「それに、名前も何ですか! ケミーって、こいつ圭美ですよ? 何で急に外国人みたいな名前になるんです!」

「まあまあいいじゃないか。かつて文明のあった時代と区別するためにも名前はそうするしかなかったんだ。荷物とかその辺は後で編集でどうとでもするからさ。それよりも配役については問題なかっただろ? 君のシスコンぷりは板についていたよ」

「誰がシスコンじゃい!」

「えー、私のような妹はいや? お・に・い・ちゃ・ん?」

「お前とは同じ年じゃねえか!」


 ケミー役の少女、圭美は俺と同じ20歳を超えているはずなのだが、見た目は完全に10代半ばくらいに見える。そのため、ケミー役に選ばれたんだろうが……いや他にもあったな。


「こいつ、確かにケミーと同じ心臓病で後数日の命ですよ? でもさすがにそれは、いやむしろだからこそ別の人にしたほうがよかったんじゃないですか?」

「何を言うんだ。彼女だからこそできる演技もあっただろう。あの倒れて苦しみながらの微笑み。見事なものだったぞ」

「いやあれ、本当に苦しかっただけですけどね」


 こいつもよく平気でこんな役やってるよな。

 それに最も言いたいことは別にある。


「てか、結構この世界に似せた世界観であったくせに真実と嘘が入り混じりまくってましたけど、いいんですか?」

「うむ、いいんだよこれで。この方が私たちの印象は後の世代にとってもきっと良いものになるだろうからね」


 映画にあった真実。それはケミー役である圭美が心臓に病を抱えていることだけではない。この世界の姿、文明はとっくに一度滅び一面が映画通りに砂漠であること。医療技術は治療技術は失われ診断しかできないことだ。まあ診断に関する技術はもっと発展しているのだが。生まれた瞬間から将来かかる病気などもある程度予測して寿命が分かるらしい。それなのに何で治療に関する技術が発展しないのか謎だ。

 そして嘘はというと、医療技術以外の技術、例えば映画を撮るために機材など、文明は一度滅びたが再び復活しつつあるということ。食料難なんかも一度は危うかったらしいが、今は比較的安定している。まあ一番映画の内容と違う点は……


「人が死ぬことを悲しむのってそんなに良いものなんですかね」


 大昔とは死生観が違うということだろう。

 生まれたときから寿命が分かっている俺たちには死への恐怖はない。たとえ10歳の少年が明日死ぬとなってもその事実を10年間、生まれたときから知っているからだ。


「圭美は明後日死ぬんだっけか」

「うん。先に死んでるから~」


 これのどこが悪いのか分からない。むしろ余計な感情に振り回されるほうがおかしいと思わないか? 少なくとも死への恐怖で別れの言葉が言えなくなるよりはずっとマシのはずだ。


すいませんギャグのようでした

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― 新着の感想 ―
[一言]  少しお題を生かし切れていなかった印象は受けました。  印象としては、一風変わったホラーと言う感じでしょうか。命に対しての淡々とした感覚が、奇妙な剥離刊、それがある種の怖さになっていたように…
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