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海嘯の灯  作者: 石井鶫子
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年が明けると同時に鐘が鳴り響く。

広間の端で、ライアンは酒をなめている。カレルの伴にと新年の園遊会へ連れてこられたが、まるきり苦痛でしかない。これほど沢山の貴族をライアンは初めて見たが、それよりも正装が窮屈で仕方なかった。

下らない下らないと口の中で呟いて窓に映る自分に溜息をつく。カレルの好みで目尻に入れられた菱花の形をした隈取は、整ってはいるが明るさに欠けると言われた顔に花を添えている……そうだ。

ライアンがカレルの後ろでアルードと共に立っていると、静かなざわめきが遠くから伝播してきて、ライアンはそちらを見る。

人だかりが少しづつこちらへ来ている。その中心の人影は見えないから背が低いのだろう。それが近づいてくるにつれて中心にいるのが子供だと分かった。

馬鹿馬鹿しいとライアンは俯くが、その密やかなさざめきが自分の前に来たとき、彼は危うく声を上げそうになった。

髪は極上の瑠璃の色をしている。夜天空の蒼、鮮やかさが目に痛いほどだ。瑠璃石に散った金に見立てたのか、髪に金粉を振ってあるが、それが髪の青を色濃く引き立てている。

瞳は髪と同じ深く濃い青、その双眸は完璧に整えられた極上の細工の人形に似た、造りものめいた美貌を調和して完璧な麗質に纏まっている。

一度見たら忘れえぬほどの美しさだった。喉元まで出かかった名前を、辛うじてライアンは飲み込んだ。

クイン。お前、何故、ここに。

「──初めてお目にかかります。帝都特別地区安治官カレルと申します」

カレルのその言葉に我に返ってライアンは慌てて深く一礼をとるが、信じられないものを見た驚きに小さく溜息を落とした。細い声が答えた。

「私も園遊会は初めてゆえ、これから世話にもなります。カレルといいましたか、覚えておきましょう」

どこまでも儚く消え入りそうな、それでも凛とした一本の芯が通った声は、調子は違うがクインの声だった。

ライアンは顔を上げてその眼前に佇む少年を見た。別人だ、と思った。クインに備わっていた苛烈な瞳の力がまるでない。だが、顔は? 声は?

ライアンの様子に構わずに少年はゆるやかに歩いていく。静かな衣ずれの音が去り、カレルが感歎の溜息を吐いた。

「噂通りのご麗質だな。すばらしい。この秋にようやく十才におなりだそうだが、あの美しさは忘れられないな。これからどれだけ綺麗になられるか」

カレルは心底から言っているように見えた。今のは、とかすれた声でライアンは呟いた。カレルが振り返ってライアンの顎をつまんだ。

「お前と並べて置いてみたいものだ。その隈取、よく似合う。帰ったら刺青にして付けてしまおうか。そうすれば少しは殿下に近づこうかな」

くつくつと喉の奥で笑っているカレルを睨み、ライアンは少年の消えた方を見た。

殿下、と口の中でくり返す。それは皇帝以外の皇族を呼ぶときの敬称ではなかったろうか。あの髪、あの顔、あの瞳。

クイン、と思った。

普通でない者には普通でない宿命が宿っている。予言めいた言葉を思い出しながら、ライアンは嫌な予感に眉をひそめた。

──このとき、ライアンは十八才。

彼自身の運命を握り彼をタリア王へと導く女、そしてクインの運命を決定づけクインの精神を連れ去った女、リィザ・ラグロウとの出会いまで、あと五年を待たねばならない。

これで終了となります。ありがとうございました。

これの後日譚にあたる「紅花怨」は8月後半くらいからこちらへ転載いたします。

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