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狗の魔術師を駆るモノ  作者: 青木森羅
~ショウゴの旅~
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『サイシン』 3


 ハウンドのコクピットから見た風景と、実際に歩く風景では、まるで街の様子が違った。

 コクピットの中から見たサイシンは、ただネオンがギラギラと明るく目が痛くなるような印象だったのだけれど、


「さあ、サイシン名物の蟹だよ! なりは小さいが、味が濃厚で抜群に美味しいよ!」


「ちょっと、お兄さん! いいアクセサリーあるよ! 彼女にどうだい?」


 狭い道の真ん中まで商品を並べ、これでもかという程の熱量を持ってお客さんを呼び込もうとする活気に溢れた街だった。

 けど、街のあちらこちらに小銃を構えた軍服の男性が立っていた。


(たぶん、僕を探しているんだろう……)


 けど、向こうがこちらの姿を知っている訳はない。

 僕は少し緊張したけど、軍人達はこちらに一瞬目を向けただけで、他には何もしてくる事はなかった。


(はぁ、良かった。さてと)


 服にいれたPDAを取り出す、そこにはシグナルから送られてきた地図のデータが表示されている。


(えっと、店の名前は……『銀星楼ギンセイロウ』 か)


 その店まではこの通路を真っ直ぐに行けばいいだけみたいだ。


「それにしても、あの大きいの何だったんだろうね?」


 喧騒に紛れる言葉の中から、偶然そんな女性の声が聞こえてきた。


「ああ。隣の通りに表れたっていう、黒い、犬みたいな顔したヤツか」


 その言葉に足を止めてしまう、ハウンドソーサリーの事だったからだ。


「そう、それ! わざわざあんな道から中央公園に行かなくてもいいのにね」


「まったく。そのせいで隣の大通りの連中、今日も営業できないんだろ? まあ、俺達はそのお陰で売り上げが上がるから助かるけどな」


「はは、ホントだねぇ」


 その言葉を聞きながら、目的の店に僕は向かった。



「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 僕は想像していた物とは違う豪華な外観の店舗に驚き、室内の絢爛な雰囲気に圧倒されてしまった。周りを見ると、スーツを着た恰幅のいい男性や民族衣装を着た女性が食事をしていた。僕のような普段着の客は見当たらなかった。

 気のせいかもしれないけど、クスクスと何処からか笑い声が聞こえた。

 

「すみません。やっぱり止めて……」


 そう言って、店の入口に戻ろうとしたのだが、間の悪い事ににちょうど軍人がやって来た、それも団体で。入り口を塞がれた僕は仕方なく、席に案内してもらった。


「こちらがメニューになります」


 そういって白シャツにネクタイ、黒のスカートを履いたウェイトレスさんが長方形のメニューを手渡してくれた。

 パラパラとページを捲ったのだけど、文字だけではよく分からない物ばかりだった。


「じゃあ、この蟹炒飯で」


 唯一、分かったのがそれだけだったので選択の余地がなかった。

 ウェイトレスさんは、手に持った機械を操作すると、


「以上でしょうか?」


 と尋ねるので、「はい」 と答えると、


「分かりました」


 と、ウエイトレスは頭を軽く下げ、僕の後に来た軍人達の方へ向かっていった。

 店内を見渡すと、すでにこちらを見ている人はなく、これなら少しは落ち着いて食べることが出来そうだと思えた。

 ふと、店の一番奥の少し薄暗い席にひとりで来ている客がいる事に気づいた、というのも今この店の中で、ひとりで来店しているのは、僕とその背中しか見ない青い上着の人以外はいないから浮いて見えた。


「きゃあ!?」


 女性の悲鳴がした、見るとそれはさっきのウェイトレスさんで、軍人が去ろうとする彼女の腕を掴んでいた。


「よう、姉ちゃん。俺らと一緒に飲もうぜ」


「ずみません! 仕事中なので」


 彼女は、軍人の手を振り切って店の奥に走っていった。


「おいおい、いいじゃないか」


 ウェイトレスにそう言った男と目が合ってしまった。


「あ、場違いな奴が居るぞ? この店はガキが来てもいいほど質が悪いのかよ?」


 軍人の席からしつの悪い笑いが漏れる。

 気がつくと店内の喧騒が消えていた、軍人の腰に下げた銃を見ての反応なのだろう。


「おい、そこの少年だよ」


 と、その男性はこちらに向かって来て、僕の前で止まった。


「ぼく? おかあさんはどこでちゅか~? ここにはママのおっぱいはないでちゅよ~」


 近づけられた口の中からお酒の匂いがする、僕は彼等に会釈だけした。


「ハッ! まったく、挑発にも乗らないとは、男じゃないな」


 そんな風に威嚇する大人の方がどうかしていると思ったが、口にはしなかった。その軍人は自分の席に戻るまでの間、ゲラゲラと笑いながら戻って行った。

 彼が戻るなり他の軍人が、


ワン。そんなつまらないガキを相手にしてなくてもいいだろ?」


「相手になんざしてねぇさ。ただ、ただな、この前の事があったからさ、あやしい奴には声かけないと」


「この前って、あのロボットか? どっちのヤツよ?」


「両方だよ、両方! あの黒犬はこっちの砲弾を食らって、フラついてたのによ。あの紫の細い奴がしゃしゃり出て来なければ、余裕でれてたのに!」


 あの時の戦車に乗っていたのは彼のようだ。


「わざわざ邪魔をしに来たうえに、逃がす手伝いをするだなんてどうしようもない馬鹿だな!」


 そういうと、ワハハハと高笑いをする。

 その時、座っている僕の横を誰かが駆け抜けた。

 ガタン! と大きな音がした。それは今まで話していた軍人達の席の方から聞こえてきた。

 そちらに目を向けると、さっきまで奥に座っていた女性が、さっきまで喋っていた軍人を押し倒して、馬乗りになっていた。

 その手には、ナイフが鈍く光っている。


「お前に、お前如きに! 何が分かるというんだ!」


 そのナイフは倒れた軍人の喉元、その寸前にあった。


「な、なんなんだ!?」


 急な出来事に、軍人は何が起こっているのか理解できてないみたいだった。

 それは、僕を含めた周りの人すべてがそうだったみたいだ。しかし、従業員や客は悲鳴ひとつ上げずにいた、いや上げられないんだ。あの女性の威圧感を感じて動けないんだろう、僕も息を吸うだけで精いっぱいだった。


「アイツが! あの犬が! お前ら如きの戦車なぞで倒せる訳がないのに、ドカドカと無駄に撃って、街を壊したんだろうが!」


「それは、あのロボットが」


「違う! アイツはただ立っていただけだ! 街の被害の大半はお前達のせいだ!」


「なんだと!?」


 テーブルから立ち上がっていた他の軍人が、銃に手を伸ばそうとしたのだが。


「動くな!」


 青い服の女性は、馬乗りになったまま、開いている反対の手で腰のから何かを取り出して、一瞬の内にその軍人目がけて、投げ放った。

 軍人の横を抜け、壁に突き刺さったのは彼女が持っている物より一回り小さい、ナイフだった。


「ヒィ!」


 軍人は腰を抜かして、その場に座り込んだ。


「今度、私の邪魔をしたら殺すぞ!」


 彼女の持つナイフの持ち手がミシミシと音を立てる、そして軍人の顔の横にダン! と、ナイフを突き立てる。


「ヘェ……」


 軍人はおかしな声を上げて気絶した、女性は立ち上がり、軍人から離れた。


「ソーサリーを倒すのは、私なんだ……!」


 今までの激高とは違う、けど今までのどれよりも強い怒気がその言葉から溢れていた。


(彼女が、アイツのパイロットなんだ!)


「ん?」


 彼女がこちらを向いた、僕の視線に気づいたのだろう。


「おい、そこの少年」

 

 そう言ってこちらに近づこうとしていた、向こうがこちらの素性を知っているとは思えないが、彼女の行動は僕を動揺させるには十分だった。


(落ち着け! 落ち着かないと!)


 一歩、彼女がこちらに近づいた時、玄関のドアが開かれた。


「おい、ユアン。何をしている?」


 サングラスをしたスーツ姿の男性が、目の前の女性にそう言葉をかけた。

 

「シキョウか」


 ユアンと呼ばれた女性は、スーツの男性を見てそう言った。


「あまり問題を起こすな、軍の中での私の立場が危なくなる」


「けど、コイツら『トウテツ』の事を!」


 男性はサングラスを直しながら、

 

「あのWFダブリューエフが、お前と弟のセンエンの絆なのは分かるが、これではセンエンが悲しむぞ」


 女性は顔を背けた。


「ほら、帰るぞ。お前が居ないと整備が困るんだ」


「分かったよ……」


 そう言って、彼女達は店を去っていった。


「あれが、そうなのか」


 今まで無言だった客のひとりが呟いた。


「え? 大臣さん、さっきの人を知っているの?」


 大臣と呼ばれた男性の顔は、青くなっていた。


「あれは軍の暗部。暗殺をメインとする集団の者だ、その中でも最強と呼ばれる女、身体一つで戦車五台を破壊し、たった一人で戦場に赴いて無傷で敵を全滅させた。その女の名が、ユアンだと」


 あれは噂じゃなかったのか、と男性は呟いた。


(『トウテツ』の『ユアン』か……)

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