悪夢
※
「ごちそうさまでした」
僕は手を合わせた。
「終わった? なら、後の始末はビリーに任せて行こうか」
視界の端でビリーさんが肩をすくめているのが見えた。
「行くって、どこにですか?」
ソーマはカードのような物をポケットから出してみせ、
「慣れない操縦で疲れているだろうから、君の部屋を用意してもらったんだよ。そこで休んでくれていいよ、先は長いからね」
僕は彼の差し出したカードを受け取った。
「ありがとうございます」
先は長い、か。
※
「目的地に着いたら呼びに来るから、それまではここで休んでてよ」
ソーマが案内してくれた部屋は、さっきまで食事をとっていた食堂の反対側の通路にあった。
「分かりました」
「じゃあ、また後でね」
はい、と答えるとソーマは部屋の扉を閉めた。室内を眺めると部屋の中には簡素なベットと洗面台、それと時計、それ以外には何もなかった。
「休む、か」
ベッドに腰をかけて、倒れるように横になった。
「……出来るかな?」
なんだか気持ちが落ち着かず、いまだに心ここにあらずな感じで落ち着かなかった。けど、気持ちとは裏腹に、疲れた体は休息を求めていたのか、視界は暗くなりまどろみに落ちていった。
※
「ショウゴく~ん……ショウゴく~ん……?」
誰かが僕を呼んでいる……?
「おい! カミハラ! カミハラ・ショウゴ!」
誰かが、呼んでいる。
「こら! 起きないか!」
頭を誰かに殴られた、その痛みで僕は目を覚ました。
「ウゥ……ン? あ、すみません」
まったく、と言って担任の教師が教壇に戻る。
「おいおい、ショウゴく~ん。居眠りしちゃ、駄目だろ?」
教室の中でムードメーカの主犯格がそんな事を言うと、教師を含めたクラス全体が笑いだした。
「ショウゴ君、気をつけないと」
隣に座る女子が優しく喋る。
「ほら、今はここだぞ」
前に座る主犯格と仲の良いAが、教科書の場所を教えてくれた。
けど。
「さあ。ショウゴも起きたし、授業を進めるぞ」
けど、僕は知っているんだ。
「はーい」
これが夢でしかなく、本当の学校生活はこんなんじゃなかった事を。
入学した時はこうだったかもしれないが、僕の覚えている学校は僕が寝てようが誰も気にしないし、僕がどんな事をしてようと、どんな事をされてようと誰も気にする事はなかった。
主犯格が僕をいじめるためだけに勝手に席を変えたり、僕の机がなくなっていたり、何をしようと学校の教師やクラスメイトは何も言わなかった。
(僕は……!)
手に力を込める。
「友達じゃないか!」
ブチッ!
主犯格の潰れた頭から目が飛び出し、地面に転がる。
その眼は、僕をずっと見ている。
それが、何度も何度も何度も繰り返される。
「なんで! 友達! じゃないか!」
そして、
「ソーサリーに乗っちゃダメ!!」
いつの間にか僕は、ハウンドソーサリーに捕まれていた。
「ハ、ウンド……?」
メリメリ、メリメリ、そんな音が体中から鳴る。
「ハウンド……なんで……?」
メリメリ、メリメリ。
ボト。
遠くに見えたハウンドの腕の中には、変形して人の形をなしていない、僕の体の残骸だけが残っていた。
※
「ハア……ハア……ハア……」
起きもしなかった事。まさに夢のような出来事の後で、アイツを潰す夢。そして、潰される夢。
(……なんでこんな夢を見るんだ)
「アイツは、死んで当然なんだ……!」
もう忘れてもいいはずの事なのに、なんでアイツは死んでも僕の事を縛り付けるんだ……!
そんな思いに、僕はいつの間にか歯をかみしめていた、口の中に鉄の味が広がり不快だった。
※
コンコンとノック音が聞こえ、
「ショウゴ君、起きてるかい? そろそろ着くよ」
扉の向こうからソーマの声が聞こえる。
「分かりました」
そう伝えると、
「なら、良かった。5分後に格納庫、ハウンドソーサリーの所まで来てくれる? 食料や水なんかも少しだけ渡すからさ」
そう告げると、部屋の前から離れていく足音が聞こえた。部屋の洗面台を使い顔を洗う、ひどい顔だった。
僕はその表情を無理矢理変えるように、強めに顔を拭く。
「さて、行こう」
僕は部屋を出て、ハウンドの待つ格納庫に歩き始めた。
※
「はい、これが水ね」
ハウンドに架かる橋の前で、台車をに置かれた袋をソーマが手渡してくれる。それは重く、何が入っているんだろう? と、中身を覗くと、大きなペットボトルが数本入っていた。
「それと、こっちが食料ね」
ソーマは一緒にいるビリーから受け取った袋を差し出す。
「こっちにはおにぎりとサンドイッチが入っているから。全部ビリーが作ったんだよ」
そう言われ、僕は彼にお礼を言ったのだが、
「仕事だから」
と、そっけなく返された。
「あとは、これも」
そう言ってソーマが差し出してきたのは、手のひらに収まるサイズのPDAだった。
「通信自体はハウンドソーサリーで出来るけど、データの送信は出来ないからね。こういう物があった方が、何かと便利だろう?」
シグナルとソーマの番号はすでに入っていると、説明を受けた。
「さて、これで渡す物は渡したし、そろそろ着陸準備に入ろうか。ショウゴ君、そろそろハウンドの中に入ってくれる?」
「はい。色々とありがとうございました」
「うん。じゃあ、次に会うのはしばらく先かな? 君の旅が、最後まで無事に終える事を祈っているよ」
彼は笑顔で言った。
※
ハウンドソーサリーに乗り込んだ僕に、複数の通信が入る。
艦長室の会話とソーマの声だった。
「艦長、目的地が見えました!」
「あまり人の居ない所に停めるんだ」
「えっと、この辺りなんてどうでしょうか?」
ハウンドの地図にある印がつく、そこが目的地なのだろう。
「よし。出来る限り静かに、そして素早くな」
「了解」
ブチッ、とコクピットとの回線が切れる。
「分かったね、ショウゴ君。今の地点が目的地だから、そこから先はハウンドに教えてもらうんだよ」
「はい」
「うん。それじゃあ、気をつけてね」
ソーマとの回線が切れた。ハウンドの後部モニターを見ると、大きな窓の向こうで、ソーマがこちらを見ているのが分かる。
ハウンドの前に架かっていた橋が外され、徐々にハウンドが寝かされ始める。格納庫内に光が差し込まれ始めると同時に、ハウンドと格納庫内の透明化が始まる。
無音で外に出されるハウンド、外の景色が見え始めた。ハウンドの次の目的地を見ると、そんなに遠い所じゃなかった。
「目の前の街が、目的地なのか」
そこは異国の地、『サイシン』だった。