ソーマと、メセクテト
「僕についておいで。メセクテトの艦長に会わせてあげるよ」
「ちょっと待っててね」と、ソーマはツナギを来た人達に次々といろいろな指示を出していた。
そんな様子を見つつ、ハウンドを見上げる。黒い体色に猟犬のような細身の犬に似た顔の巨大なロボット。その顔は、なにかを僕に伝えたいように見えた。
「お待たせ」
一通り指示を出し終えた彼に呼ばれて、僕は視線をハウンドから彼の方へ向ける。
ソーマは見た感じ、年は僕より少しだけ年上のようだ。二十歳を少しいったくらいだと思う。だけど彼の人柄なのか、あまり年の差を感じないように思えた。
「ほら、こっちだ」
先を行進むソーマの後に続いて、通路の一部になった橋を歩く。その即席の通路の横には大きな窓があり、彼はその脇の通路を行く。
そんな僕らの正面から二人の恰幅のいい男性が向かってきていた。
「すまない。先に通るぞ」
先頭を進む浅黒い肌の男性がそう言うと、
「はい、どうぞ」
と、ソーマは体を捻る様にして道を開けた。それに僕も倣い動いた。彼らは、僕達の来た道へ通り過ぎていく。
「すまないね、通路が狭くて」
「いえ、大丈夫です」
たしかにソーマの言う通り道は狭かったがそれも途中までで、扉を抜けた先の通路は広めで、人が行き違い出来る程度には広い通路に変わった。とはいえ、街の大通りよりは狭く、満足な広さがあるとは言い難かったのだけど……。
道は二股に分かれていた。その左の通路をソーマは指しながら、
「コクピットはこっち。反対側からも行けるんだけど、ちょっとだけ分かりにくいからこっちから行くよ」
そう説明して再度歩き始めた。その途中で、食欲をそそるようないい匂いがしてきた。
どこからだろうと辺りを見回すと、それは目の前の部屋のようだった。
お腹が鳴りそうなのを隠す為に押さえていると、部屋の中からエプロンをした男性が顔を出して、ソーマを呼び止め、
「ソーマ。今日はお前の好物のビーフシチューだからな、楽しみにしとけよ」
彼はソーマと親しそうに離していた。
「期待しているよ、ビリー」
ソーマはひと言かけて、エプロン姿の男性の横を通り過ぎた。
「……」
ビリーという名前のエプロン姿の男性、彼は僕の事を睨んでいたように見えた。
※
「さて、ここがコクピットだよ」
そういってドアの横にあるパネルにソーマが触れると、ドアが横にスライドした。
「ソーマです、失礼します」
そう言って入室する彼の後に続いて、部屋の中に入る。
「現在の進路は北北西、速度は700ノット、高度1万!」
「現状維持しておけ。レーダーは?」
「現在周囲5キロに、他の航空機の反応なーし」
「到着地点の天候予定は?」
「このまま進むと、到着時刻は晴れです」
「他に報告すべき事はあるか?」
前に座る三人に、ひとりだけ離れた席、僕達の横にいる男性がそう尋ねると、
「ありません」
「ないでーす」
「問題なぁし!」
と、銘々(めいめい)に答えた。
「よし。じゃあ、後は任せるぞ」
と、一番近くの椅子に座る男性がこちらにイスを回した。帽子を被ったその男性は、僕の事ををじっと見て、
「ソーマ、その子がそうなのか?」
低い声でそう尋ねた。
「ええ、そうです。セキ艦長」
セキと呼ばれた男性は、僕を睨むように眺め、「そうか」と、短く告げると、
「本艦は、あと一時間半程で目的地の港に着きます。それまでは本艦でゆっくりと、鋭気を養って下さい」
そう言って彼は椅子を戻す。まるで、こちらには興味がまるでないような反応なのが少し気になった。
だけど、
「じゃあ、お昼を食べに行こうか?」
「え? あ、はい」
僕はセキ艦長にその事を聞く事なく、部屋をそそくさと出て行くソーマに続いて、コクピット室を後にした。
※
「ビリー、もう昼食は出来てるかい?」
僕達は一度来た道を戻り、ソーマはいい匂いのした部屋の中にいるビリーに声をかける。
「ああ、出来てるよ」
「じゃあ、二人分もらえるかな?」
ソーマに促されるように、部屋の中に足を踏み入れる。そこには、簡単なテーブルと椅子が一体化した物がたくさん並べられていて、ひと目で食堂だと分かった。その部屋の一部を仕切っていて、その仕切りの向こう側に簡易な厨房があった。その厨房にビリーは立っていた。
「ふたり?」
それまで下を向いていて料理をしていた彼は顔を上げると、こちらを睨むように見てくる。やっぱり、さっきのは勘違いではなかったみたいだ。
「おい、ビリー。目つきが怖いぞ、お前」
ソーマがいつもより低いトーンの声で、ビリーにを嗜める。
「す……すまない、ソーマ」
「まったく。謝るなら僕じゃなくて、ショウゴ君にな」
「そうだな。非礼は詫びる」
そういうと、彼は被っていたコック帽を外して僕に頭を下げた。
「いいですよ、そんな」
、
僕は手を振り、気にしてはいないと意思表示をした。大人の男性に頭を下げられるのなんて初めての事だったので、僕は面食らってしまう。
そんなやりとりを、ソーマは対して気にもしてないのか、
「さて。ビリーも謝った事だし、じゃあご飯にしようか?」
と、すぐに話を変えた。
ソーマはビリーに「早く、盛りつけてよ」と、せがみ始めた。僕がソーマの後ろに並ぶと、ポーンという音が天井のスピーカーから響き、僕の耳は自然とその内容に意識が向いた。
「艦長より伝令。現在オペレーションGRを、RRとKTにて発令中」
そんなアナウンスが流れる。
たぶん重要な事を伝えているのだろうけど、僕にはなんの事なのか分からなかった。
※
食器を持って椅子に座り、シチューをスプーンで掬いあげて、口に流し込む。
驚きだった。
「どうだい? ビリーの料理は美味しいだろ?」
僕の様子を見て、正面に座るソーマはニコニコと笑いながら話す。
「ええ。すごく美味しいです」
僕は味覚に自信はないけども、そんな僕でも分かるほど最高に美味しかった。
「ビリーは、元一流ホテルのコックだからね。その腕は確かだよ」
「褒めてもおかわりはないからな、ソーマ」
彼は、作業の手を止めないままで返事をした。
「人数分しかないのは分かってるよ」
それは、ちょっとだけ残念だ。
※
「ふう、美味しかった」
料理を運んできてから5分程しか経っていないのだけど、向かいに座る彼の食器の中はすでに空だった。
「早いですね、ソーマさん」
「こういう所で生活していると、どうしても急いで食べないといけなかったりするからね。こっちは気にしなくていいから、ショウゴ君はゆっくり食べててよ」
そういうと彼はPDAを出して、作業をし始めたみたいだった。