世界は変わる、人の身勝手によって
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シグナルがショウゴの乗るハウンドソーサリーを襲った一時間前……
「おい、アンタ」
街中を歩く女が三人組の男達に声をかけられていた、男達の考えている事は下劣であった。
「こんな夜中に女一人でこんな路地裏を歩いているだなんて、危険だねぇ。よかったら俺らと、一緒にすぐそこの店にでも行かないか?」
これが彼らのいつもの手口、馴染みの店に連れていき酔わせて……
ただ、彼らはある間違いをしていた。声をかけた女は、男達の事など微塵も気にせずにそのまま去ろうとしていた。
「おい!あんた、待てよ」
スキンヘッドの男が彼女の肩を掴んでいた。
「ちょっとは話を……」
男はその女に声をかけた事に後悔した。彼女の目は鋭く、その光は異様に鈍く輝いている。綺麗な顔立ちすらも霞んでしまう程の眼光。
「ヒッ……」
スキンヘッドの男が短く叫んだと同時に、その体は数回路地を弾むようにして吹き飛んでいく。
「私に、触るな……」
それを見ていたアロハシャツの男と、顔中入れ墨の男は唾を飲んだ。
「お、お前! 何をしてのか分かっているのか!?」
アロハの声は震えていた、彼女のたった一言に気圧されていたからだ。けど、入れ墨男は違った。
「あんた、オレらが何なのか分かってねぇーんだな。いいか、俺達はこの辺りを縄張りとしているキム一族のモンだ。さすがに、名前ぐらいは聞いた事があるだろ?」
「……知らんな」
そう短く告げると、女はまた先を急ごうと歩き出した。
「おい、待てって言ってんだろうが!」
入れ墨男はいつも持ち歩いているナイフをポケットから取り出すと、そのまま走り出した。
「このクソアマが!」
入れ墨男の行動はあくまで威嚇のつもりであった、本当にそのナイフでその女を刺そうだなんて気持ちはこれっぽっちもなかったのである。
けれど計算外の事が起こった。それは、女の方からこちらに向かって走り込んできた事だ。
ドン!
二人が接触する、入れ墨男がつき出した腕は女の腹辺りにあった。
「ウッ……」
短い悲鳴が漏れる、けどそれは女のモノではなかった。
「ふん」
女がそう呟くと入れ墨男が膝から崩れ落ちた、彼女は男との間合いを詰めてその腹に全体重を乗せて強打したのだ。
「しょぼい得物だ……」
男を殴った反対の手には男が持っていたナイフが握られていた。
「ヒ、ヒィ!」
アロハは短い悲鳴と同時に逃げるよう去って行った。女はナイフをしまうと、ポケットに入れてそのまましまった。
「なにぃ~!」
アロハとはまた違う声が路地にある店の中から響いてきたが、女が歩みを止める事はなかった。
「アイツです!」
逃げたように思っていたアロハは、大柄の男と数人を引き連れて店を出るなり、女の方を指さした。
「アイツが二人を!」
アロハの声は震えたままだが、その場に倒れたままの子分二人を見て、大柄の男は現状を理解した。
「アンタ、ちょっと待ちな」
大柄の男はそう言ったが女は一切止まらない。
「待てっつってんだろうが!」
バーテンダー風の服装をした男が胸元から万年筆を取り出して投げ放つ!
その狙いは見事な物で真っ直ぐに女を捉え、直撃するコースだった。それにスピードも早く刺さると怪我をするだろう事は分かっていた。ただし、刺されば……だ。
女は背後に近づくペンを見ずもせずに先程しまったナイフを出すのと同時に、そのまま切り裂くように上から下へ振り降ろした。
カラン……
その乾いた音が、ペンが落下した音だと男達が理解したのは落ちた物を見てからだった
「私はお前達ゴミくずとなれ合っている暇などないんだ。とっとと消えろ」
女の言葉に男達はキレた。
「いい度胸じゃねえか!」
大柄の男のその叫びを合図に、男達は女に向けて走りだした。
「死ねぇ!」
先陣を切ったのは刀身の長い刀を持った男、その得物でまるで押しつぶすかのように振り下ろしてくる。たしかに、その方法は合っていた。彼もそこそこには場数を踏んだ事があるのだろう。
ただ、相手が悪かった。
ガリガリガリガリ!
金属同士が擦れ合う音がけたたましく響く。
「なに!? ナイフで止めただと!?」
彼女は華麗かつ乱暴に、ナイフを刀身に滑らせて自分の体を男の懐に飛び込んだ。そして、たった一発の足蹴りで男を吹き飛ばした。
パリン、とナイフが折れる。
「チッ! これだから安物は使いたくないんだ」
武器を失ったのを見て、バーテンダーが手近な所に落ちていた鉄パイプを構えて女に振り下ろした。
「うおぉぉぉ!」
しかし、彼女の足元にはさっきの男が落とした刀がそのままになっていたのを、彼は冷静さを欠いていたせいで失念していた。
バーテンダーが振るう鉄パイプ、それはいともたやすく真っ二つにされた。
「ごッ……!」
そのまま柄で胴体を打たれ、その場にうつ伏せで倒れた。
「て、てめぇ!」
大柄の男はステゴロでの戦いを挑む、女もそれを面白がって刀を捨てた。
「オラァ!」
男はそのまま抱きついて骨を折ろうとした、いつもならばそれでどうにか出来たから。ただ、彼女相手にそれは無意味だった。
「八ッ!」
足をバネのように沈ませ、自分の身長程の高さをジャンプする。そのまま前傾で突っ込んで来る男の首筋に、つま先で蹴り込みそのまま倒し綺麗に着地した。
「な、なんだよお前!?」
アロハの男は怯え切っていた、それは彼にある行動をとらせた。
「うわー!」
ポケットの中に入っていた拳銃を取り出し、その照準は女に向けられる。
だが、その引き金が引かれることは事はなかった。
ドスン、という音と共にアロハシャツの男は地面に伏していた。その背後には、新たなにふたりの男の姿があった。
「何をしているんだ、ユアン?」
アロハ男を倒したのは、女の名を呼んだ男だった。
「シキョウ、その店にいたのか」
先程の男達が現れた店、その中でシキョウは今後の事について隣に立つ男「キム」と話をしていた。
「ウチの若い者が申し訳ない、ユアン殿」
その老人の立ち振る舞いは紳士的であった、しかしその声は他を萎縮させそうな力があった。
「どうでもいい、そんな事」
それは彼女の本心だ。
「知らなかったとはいえ、あのユアン殿を襲うだなんて。部下ながらもう少し指導をしなくてはいけませんね」
その指導というのが、なにを指しているのか同じ世界で生きる二人にはわかってしまう。
「それで、話は終わったのか?」
ユアンはシキョウに話を促した、というのも会合の後にその場で合流しろと命じたのは彼だ。
「ああ。それでは、キム老子。先程の件、お願いいたします」
「ああ、もちろんだよ」
そういうとキムは建物の中に入ろうと二人に背を向けた。
「あ、そうそう」
なにかを思い出したかのように彼は振り向き、
「いずれあたなたの腕を借りるかも知れませんので、その時はよろしく頼みますよ。ユアンさん」
笑ったその顔はねっとりとして、気持ちの良い物では無かった。
「それで、話ってのはなんだ?」
ユアンはそんなことなど気にもしない、いや彼女の関心事はただひとつハウンドソーサリーのみ。
「あの戦いから数ヶ月、いまだにお前はイライラしているんだな」
シキョウのその言葉に、彼女はその胸倉を掴んだ。
「なんだと?」
「フッ、そうやって誰でも彼でも喧嘩を吹っかけているのはいまだにお前の中の復讐の炎が消えていないからだろ?」
ユアンは眉を寄せシキョウを睨んでいたが、
「くそッ!」
その手を離し、毒づいた。
「くそッ!くそッ!くそッ!」
彼女は近場の壁を殴り始めた、ゴンゴンと大きな音させながら壁は傷つき、赤く染まる。
彼女の心を支配しているのは、倒すべき相手ハウンドソーサリーに負けた事。その事のみが、ずっと蝕んでいた。弟の復讐の機会を得たというのに、それを失敗した自分の不甲斐なさ。それが彼女の全て。
「落ち着け、ユアン」
「私は、センエンの敵を討てなかった!」
「止めろ」
「私は!」
ドゴン! と大きな音がする。
「その怒りは、今は心に収めろ」
「なんだと?」
ユアンの目は仕事の時の目、殺し屋の目をしていた。
「シユウの修理が終わったそうだ」
「シユウが!」
それは、ユアンの弟が乗っていたWFの名だ。
「それとある指令が下った」
シキョウは首元を直しながら話を続けた。
「シグナルの抹殺だ」
シグナル、ハウンドソーサリーを影で操っているという首謀者の名。
「……面白い!」
ユアンの心は踊った、復讐の火がゴウゴウと燃え盛る。
「なら、行くぞ。ついて来い」
シキョウが大通りの方に歩いてく。
「ああ、楽しみだ……!」
(今度こそ奴を、私の手で……!)
世界はシグナルを中心に動き、その復讐の炎は全てを焼こうとしていた。
次巻へ続く……




