『ガイアル』 1
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エアーズから飛び立ち一日ほど経っていた。食事はコリンのおじいさんがくれたものを食べているのだけど、集中して食べているほどの余裕がなかった。
ハウンドのフライトモードはオートでの制御が出来ない。姿勢制御の全てをハウンドに任せて、自分は前進を続けさせるために操縦球から片手を離す事が出来ない。
「その場で浮いている事が出来ないってのは神経を使うんだな……」
途中で止まれるような島もなかったので不眠不休での移動、さすがに頭が痛い。右手は操縦球に置いたままで左手を頭に当ててると、ハウンドの通信機が受信を示していた。
「はい、こちらショウゴです」
「ショウゴ君? こちら、メセクテトのソーマです。いまって、話をしても大丈夫?」
「ええ、問題ないです」
そう返した時、モニターの全体が一瞬だけぶれる様に動いた。
「なんだ?」
モニター上にノイズが現れた事なんてハウンドに乗って約一年、一度もなかった。すぐになにか異常がないかを調べたけど、ハウンドに問題はなかった。
「ショウゴ君、なにかあった?」
画面上に映し出されているソーマが、身を乗り出すようにカメラへ近づいて尋ねてくる。
「なんだか画面にノイズが……けど、特に問題はなさそうです」
ソーマは息を吐き出し、乗り出していた体勢を止めて座っていたイスに戻った。
「そう。なら良かったよ、そろそろ終わりだからね」
気づいてる? と、ソーマは続ける。
「もちろんです。そろそろ……キョウゴクですね」
僕の産まれた国で、僕の育った街がある島国。
まだ一年も経っていないというのになんだか懐かしく感じる。けど、気乗りもしていなかった。
そんな僕の気持ちを見透かされたか、
「やっぱり……行きたくないよね?」
画面越しの彼は顔を下に向けてつぶやくように話した。
「はい……」
ハウンドと一緒にあの街を去った時の僕は、あの街に対する憎しみしかなかった。
けど、今は違う。
いろんな人と出会い、その人の悩みや後悔に触れて、その感情の行きつく先の片鱗を知った。もしも僕がこの街を出た時のままだったら、あの街に向かい、今使える全てを利用してでも全てを無くしていただろう。
僕が学校で行った事はいくら謝ろうとなにをしようと絶対に償える事ではない。だけど、このままでいいとも僕には思えないんだ。
……ハウンドとの旅を終えたら、警察に行こう。僕は世紀の殺人犯として扱われるだろう、けどそれでいい。僕は、僕のした事の責任をとらないといけないんだ。
コリンにはまた会おうなんて言ったけど、もう無理だろうな……
「けど、そんな気持ちも今日までさ」
僕の気持ちを知らないソーマは、僕を励ますように明るくそう言った。
「すべてが終わったらさ、今までの君は消えてなくなるんだ。新しい家、新しい土地、新しい居場所。その全部がガイアルから君に送られるしさ。さあ、もうひと踏ん張りだよ」
ソーマのその笑顔が、なんだか僕の心に重くのしかかってくる。
「そう……ですね」
僕も出来るだけ明るく返した。
※
「まさか、ここが目的地なるなんて」
ステルスを発動したハウンドを地上に下ろして目的地の確認をしたけれど、ソレが示していたのは見間違うはずもなく、あの街『フエガミ』
僕が逃げた街だった。
たしかにハウンドの指す方角は街の方角だったけどフエガミの先が目的地だった可能性を期待していた、だけどその当ては外れた。
「けど、最後にするにはちょうどいいか……」
こんなにも早く帰ってくるとは思っていなかったけど、いいタイミングだったかもしれない。ハウンドのチャージを終えたら近場でシグナルにハウンドを渡そう。そして、僕はそのまま警察に向かえばいい。
「そうだ……うん。そうだな。よし、決めた」
操縦球を握る手にも力がこもる。
「あの山を越えたらさよならだ、ハウンド。ありがとう、それとごめん」
あんな事をさせて。
「じゃあ行こうか、ハウンド」
今まで何度もかけた言葉もこれで最後。
操縦球を前に倒すと、ハウンドが進みだした。
だけど、山を越えた先に待っていたのは僕の知っている光景ではなかった。




