『友人』 4
※
「はぁ!? やっぱり戦うだと!?」
朝食を食べ終えた僕はおじいさんに決めた事を伝えたんだけど、当然の反応が返ってきた。
「コリンがまたソレを言うのなら分かるが、なんでお前が言ってくるんだ? コリンに何か吹き込まれたのか?」
「違いますよ」
「じゃあ、なんで?」
僕とおじいさんの話を聞いていたコリンが、昨日僕の話したことを話し始めた。
「あくまで模擬戦なんだって。お互いにコクピットへの攻撃はなしで、少しでも怪我をしたらすぐに止める」
殺す殺されるじゃなくて、あくまでも戦うだけで怪我もさせない。
「でもよ……」
「きちんと誰もいない所でやるし、みんなにも伝えておくからさ。頼むよ、じいちゃん!」
うーん、と唸りながら頭を掻くおじいさん。
「僕からもお願いします」
僕は頭を下げた、それに合わせるようにコリンも頭を下げるのが分かった。
「ハァ……しゃあねえな。みんなへの連絡は俺がやっとくから、お前達は早く済ませて来い」
「おっし! サンキュ、じいちゃん! 行こうぜ!」
コリンは喋りながら、駆け出して行った。
「気ぃつけろよ」
「はい」
コリンの後を追いかけた。
※
「ハウンド、行くぞ」
操縦球に手を乗せると、いつものようにピリピリとした感覚が手のひらに伝わり消える。
「マイクON。あー、聞こえる?」
ハウンドの目の前でくたりと頭を下げる大きな蛇に向かって話かけた。
「おう、大丈夫。聞こえてるぜ」
こっちも大丈夫、と返答をした。
「じゃあ、ルールの再確認するよ」
僕とコリンで考えたルールの確認をする。
「コクピットは狙わない、怪我をさせない、出来るだけ建物を破壊しない」
「それと。あんまり南側の人のいる方には行かない」
「そう。先に背中をついて倒れた方の負けって事でいいね?」
「おう!」
僕はなぜだかドキドキしていた、今までの戦いとは違う高揚感みたいなものを感じる。ハウンドの乗ってしばらく経つけど、戦うという事をこんなに前向きに捉えたのは初めてだ。
「それじゃ、行くぞ。3、2、1……」
蛇の頭が持ち上がり、まっすぐにこちらを見据える。
「「GO!」」
即座にハウンドを一歩引かせる、そこに蛇の頭が襲ってきた。
「そうそう同じ攻撃は食らわないぞ、コリン!」
コリンの乗るメリエインは、くねくねと動いて頭を上げる。
「やっぱりか。じゃあ、少しは本気を出さないとな。メリエイン、ハーフヒューマンモード!」
蛇の頭が内部から裂け始め、その中からもう一つの顔と目が合った。
「これが本当のメリエインだ!」
女性の上半身と蛇の下半身を持つ虹色に輝く姿、これが真実のメリエインなのか。
「メリエインよ! 嵐を起こせ! 砂よ、巻き上がれ!」
両の手を天に掲げたメリエインを中心に風が巻き起こり、周囲の乾燥した砂を巻き上げて小さな竜巻を発生させる。
「ハウンド、レーダーだ」
熱源センサーが起動した。これならば砂嵐の中も見えるだろうと思ったけど、見えたものは僕の予想外の映像だった。
「熱源が見えない!? なんで!?」
単なる砂嵐だ。それなのに何かの妨害を受けているのか、温度が低い事を示す青がその大部分を覆っていた。
「このままじゃ攻撃出来ない」
怪我をさせてはいけない。そのルール下での遠距離攻撃は確実に当てられる状況でないと相手を傷つけてしまうかもしれない。
今のままではこちらから攻撃は出来ない。
「なら、接近戦で!」
鎌を呼び出して突撃しようと構えた。
「そうはさせない!」
コリンの声を合図にして、なにかが中から飛び出してくる!
「あぶない!」
咄嗟にハルシュを正面に向けてクルクルと回す。後退しながら確認すると、飛んできたナニかはパシュと音をあげて消えた。
「これは、水?」
ハルシュについた液体、その成分が水だとハウンドが瞬時に識別してくれる。
「そう、単なる水だ。だけどな!」
何度も何度もハルシュに当たる水しぶき。
「その水は、『ブレスド・レイン』はただ霧吹きなんかじゃないぜ。そうやって、ただ棒立ちで食らっていてただで済むと思っているのか?」
ハルシュをまわす手からピシりと異音が響く。
「なんだ!?」
ハウンドの手が動かない!
「ブレスド・レインは超超高圧で発射される水だ! 大半がその鎌に阻まれるとしても、その回している部分は剥き出しだ。そんな部分に何発も当たっていたら、いくらなんでもそうなるさ!」
砂嵐を纏ったままでメリエインが近づいてくる。
「この嵐も、単なる目隠しじゃない。『ダストストームレイジング』が触れたら、どんな事が起こるか分からないぞ!」
ドンドンと迫るメリエイン。
「……ハウンド、杖だ」
ハルシュの姿が小振りの杖に形を変えた。その杖を腰に当て、先端はメリエインに向ける。
「そんなちっさな物でどうやって抵抗するって言うんだ?」
コリンが煽るように喋る。
「こうやってさ! 炎よ!」
杖の先端から大きな炎が放出された。
「ウッ!」
その炎は瞬く間に嵐の中に入りこむと、あっという間に全体を赤々と変化させた。コリンの反応からもその熱量が窺い知れた。
けど僕は、メリエインを焼こうとしているのではない。
「水よ!」
今度は水柱が勢い良くメリエインを包む火柱に注がれる。それは火を纏った時のように、嵐の気流に乗って炎をかき消して進み、全てを押し流した。溢れ出た水は、竜巻のてっぺんから噴水みたいに噴き出している。
「へっ! さっきの炎の方がこっちとしては危なかったのに、水にしたら怖くもなんともない!」
そういうと一時は止まっていたブレスド・レインの攻撃が再度ハウンドを襲う。
「バリアON!」
近距離戦になるだろうと発動しなかったバリアを起動する、ただあんまり効果は期待できそうにない。ブレスド・レインはまるで水の槍だ。鋭利な攻撃ではバリアを容易く貫かれてしまう。
けど、最低限の守りでも頼りたかった。
「ほら、攻撃してきなよ!」
コリンは強気に攻めて来ていた、ある事を忘れて。
「ハウンド、鎌だ!」
ハウンドの杖が鎌に変わる、それと同時に行動の疎外をするバリアを切った。
「いまさら、接近戦なんて……あ!」
興奮していて周りの見えていなかったコリンが気づいた。
「見えてるよ……!」
嵐の中の砂と砂鉄は飛び散り、はっきりと肉眼でもメリエイン確認できる。
「マズい!」
メリエインを中心に発生していた水嵐が消え、もう一度嵐が巻き起こる。
しかし、ハウンドの足を止めはしない!
「な、なんだコレ!?」
コリンが狼狽える。当然だ、火に焼かれ水で濡れた砂はその量も密度も違う、何カ所も開いた穴の隙間からメリエインがチラチラと見え隠れしていた。
「ここだ!」
嵐の中に無理矢理ハウンドをねじ込む。メキメキと装甲が軋む音とがし、風圧で弾き飛ばされそうだったけど気にしていられない!
「切り裂け、ハウンド!」
固定されたままの腕を強引に動かして、メリエインの右腕と下半身を切り裂いた!
「うわぁ!?」
コリンの叫びと共にバランスが崩れて、そのままメリエインの上半身は後ろに傾いて倒れていく。そして砂煙を起こし、ドスンという音を立てながらメリエインは空を見上げた。
「負けたな……あ~! まけた~!」
コリンの声は、島中に聞こえているのではないかと思う程に大きかった。
「でも……なんだか悪くはないかな」
仰向けになったメリエインの残った腕がまっすぐに空を指す。
「いい天気だ」
僕もハウンドで空を眺める。
「そうだね」
悪くないな、友達も。
※
コリンのお願いでメリエインは海に隠す事にした。メリエインにはハウンドのような自動修復の機能はないそうなので、そのまま壊れてしまうだろう。
「けど、どうしてそんな事を?」
「うーん、もういいかなって」
なんだかあっさりとした答えだった。
「じゃあ、頼むな」
それだけ言ってコリンは先に行ってしまった。
僕はメリエインを海に沈めると、ハウンドに乗ったままで目的地の方へ少しハウンドを進め一旦停止させた。
「ハウンド、少しだけ待っていて」
ハウンドを降りて街の方に向かう。
「お、戻って来たな」
コリンのおじいさんは誰かと話していた。
「じゃあな、いいモン見せてもらったよ」
年老いた男性はコリンのおじいさんにそう話すと、ゆっくりとした足取りで反対側の店に向かう。その途中でこちらに、軽く手を振って建物の中に入って行った。
「おかえり」
「ただいま」
誰かが僕の帰りをこうやって待っているのは初めての事だった、それに返事をするのも。
「コリンは中だ」
おじいさんは僕に背を向け、店の中に入ろうとして足を止めた。
「疲れてるんじゃないのか? 時間に余裕があるのなら、昼飯ぐらいは作ってやってもいいぞ」
そういうとまた歩き始めた。
「お願いします!」
扉の奥から現れたコリンが僕とおじいさんの顔を見て、不思議そうな表情をしていた。
「じいちゃん、なんで顔赤いの?」
「うるせぇ」
僕はなんだか笑ってしまった。
※
「でさ、街のみんな。さっきの全部見てたんだぜ、しかも賭けまでして。向かいのスタンリー爺さんなんて、大勝ちしたって自慢してたよ」
店の前であった男性が手を振っていたのはそういう事だったのか。
「そうそう、それでさ……」
「コリン」
僕達の会話を遮るように昼食の準備をしているおじいさんがコリンに声をかけた。
「ちょっと向かいに行って、たまご買ってこい」
コリンはあからさまに嫌そうな顔をしていたが、
「今日はお前の好きなクリスピーエッグを作るんだから、それくらいはいいだろ?」
その料理の名前を聞いた途端にコリンは席から立ち上がり、すぐに出ていった。
「いつまで経ってもああいう所は子供なんだよな……」
キッチンから出てきたおじいさんは呟くように話した。
「アイツ、お前さんに斬られた時に生まれて初めて『怖い』ってのがどういう事か分かったんだそうだ」
「初めて?」
「ああ。コリンは運動神経がいいからな、ちょっとやそっとの事じゃ転びすらしない。ここで、アイツが命の危機を感じる事なんてなんにもなかったのさ」
車なんかも無いしな、と付け加えた。
「ここに住んでるのはコリンを孫のように思っている爺婆しかいないから、誰かと殴り合いのけんかもしないから怪我もしない。つくづく狭い世界だよ、ここは……」
おじいさんは大きく息を吐いた。
「オレはな。アイツにこんな場所だけでしか知らないで終わって欲しくないんだよ。世界はもっと広く、沢山の人がいる、いい奴も悪い奴も。だけどな、その経験はどちらでも絶対にアイツをさらに大きくするはずだ」
僕もこの旅を始めて、その事に気づかされた。
「だからな。アイツが外に行ったらアンタ……ショウゴがコリンの支えになってくれないか?」
出来ればでいいからさ、と。
「はい、友達ですから」
そう、素直に言えた。
「……頼むわ」
と、手を振ってキッチンに戻るとちょうどコリンが戻ってきた。
「ほら、じいちゃん。早く作ってよ」
「ああ、分かったよ」
二人は本当にいい関係で羨ましかった。
※
「おい、あんまり足元に近づくなよ!」
おじいさんが周りの人々にそう声をかける。
「はぁ~、近くで見るとより大きいわねぇ」
「まったくだ、こりゃ首が痛くなりそうだ」
「ほら! 喋ってねぇでささっとどいてくれ」
おじいさんとコリンがみんなを誘導して、ハウンドの歩く道を確保してくれた。
「どうだ、ショウゴ? このあたりで、いいのか?」
「はい、大丈夫です」
ハウンドを目的地と合わせると、
『ハウンドソーサリー、オンライン。チャージカウント、スタート』
いつも通りの音声が鳴った。
「始まりました」
僕は外のみんなに現状を知らせる。
「いま、80……90パーセントです」
外からじゃどうなってんのか分からないな、何が起こるんだ? そんな声が聞こえてくる。
『チャージ、コンプリート』
その音声と共に、頭の中にハウンドの新しい能力の使い方が浮かんできた。
「どうだった、ショーゴ?」
コリンの質問にハウンドの頭を頷かせて答えた。
「そっか……じゃあ、これでお別れだな」
コリンは笑いながら話す。
「違うよ、コリン」
「え?」
お別れじゃない。
「また会おう、コリン!」
「ああ……またな!」
コリンの目は潤んでいた。
「行こうか、ハウンド」
次の目的地は北。
「ハウンド、フライトモード」
モニターで後ろを見る。ハウンドの背中に骨のような何本も左右対称に物が生え、その隙間を黒い羽が覆っていく。
まるで、カラスのような羽だ。
「飛べ!」
操縦球を前に倒すと、ハウンドは北に向かって進み始めた。
「またな、コリン」
僕は友達の名をつぶやいた。




