『友人』 3
※
「ごちそうさまでした」
僕が言うと、おじいさんが「はいよ」とそれだけ言い、食後のコーヒーを飲んでいた。
「すごく美味しかったです」
「だろ? じいちゃんの料理は最高なんだぜ!」
「……コリン、彼にこの辺の案内をしてこい」
コーヒーカップで顔の半分が隠れていたが、おじいさんは嬉しそうだった。
「ん? けど、食器の片付けは?」
「いい。俺がやっとくから、お前はショウゴを頼む」
コリンはなんだか納得がいかない顔をしていたが、
「分かったよ。じゃあ、出かけてくるわ」
と、僕の意見を聞かないうちにどんどんと話が進んでしまう。
「でも……」
僕は急いでいると話そうとしたのだが、おじいさんは初めて会った時のあの有無を言わさないような顔をして、
「いいから、行ってきな」
そう告げた。
「……分かりました」
僕は渋々ではあるものの、その提案を受けいれた。
先に店を出て行ったコリンを追いかけようと、おじいさんに背を向けた。
「あと、もうひとつ。今日はここに泊っていけ」
彼の顔は一層と凄みを増した。
「少し、話したいことがある」
※
「じいちゃん、なんだって?」
外に待っていたコリンには、さっきの事は聞こえていなかったみたいだ。
「今日は泊っていけって言われたよ」
「へぇ、珍しいな。じいちゃん、家にだれも泊めた事なかったのに」
さすがに最後の言われた事は話さないでおいた、そうした方がいい気がして。
「まあ、いいや。こっちだ、ついてきなよ」
けどコリンはたいして気にもしていないみたいで、スタスタと歩いて行ってしまう。
「そういえば、何をするんだ?」
特にこれといっておじいさんになにかすると言われたわけではないし、案内を頼むとだけでは何の事なのかコリンにも分からないじゃ?
「うーん? まあ、いいよ。どこかに行けば、なにか見つかるさ」
「え!?」
彼にもコレといった物がない事にも驚いたけど、それよりもそんなその場で考える事だけでいいのだろうか?
「とりあえず、海に行こうぜ!」
と、走っていってしまう。
「あ! 待ってよ!」
僕も全速力でコリンを追いかけた。
※
「ほら、やる事はあっただろ?」
結局、海に着いた僕とコリンはその場に置いてあった竿を借りて釣りをする事になった。
「釣りをしたの初めてだよ」
エサはその辺りにいた虫を捕まえて。最初は少し気持ち悪かったけど、次第に慣れ始めてそんな事は気にならなくなった。
「釣果はそこそこ、夕食はこれで決まりだな」
コリンの手には使い古されたバケツがあり、その中には数匹の魚が泳いでいた。ちなみに僕の釣ったのは入っていない。何匹か釣れたのだけれども、まだ小さいので逃がす事にした。
「しかし、もう少しどこかで時間潰さないとな」
コリンがつぶやくように話す。
「時間を潰すって? 街の案内じゃないの?」
「案内っていっても、エアーズにあるのは無人の建物と海だけだからな。もう、ほとんど終わっちゃったようなもんだよ」
終わりを迎えようとする街には観光する場所は必要ない、って事なのかな。
「あっ! あそこに行くか!」
そういうとコリンは手に持ったバケツを大通りの端の方に置いた。
「ほら、こっち!」
と、また走り出した。
※
「はあはあ……」
コリンの後を追って走ったけど、彼の足が速くて息が切れてしまう。
「なに? 疲れたの?」
僕は右手の親指を立てて、大丈夫と意思表示をするだけでいっぱいいっぱいだった。
「ほら、ここ! この上が、その場所だよ」
そこにあったのは四階建ての建物。
「ここの屋上がその目的地だ、さあ行くよ!」
コリンはまたも、スタスタと階段を一段飛ばしで昇っていってしまう。
「待っ……て……」
僕が元々あまり体力がないとはいえ、コリンの運動量は凄かった。たぶんだけど、日常的に動く事をしているんだろう。
「ほら! 来いよ!」
上の階の方からコリンの声が聞こえる。
「はぁ……はぁ……」
僕はゆっくりではあるけど昇り、屋上の入口で待っていたコリンと合流した。
「ようやく来たな、ちょうど良かった」
ちょうど良かった? 一体どういう意味なんだろうか?
「ここ、ドアを開けるのコツがいるんだよ」
と、ドアノブを軽く回してから少しだけ持ち上げた。
「これで」
今度はドアノブを完全に回しきると、扉が開いた。
「アレだよ! アレ!」
指をさしてアピールするコリンの横から外を覗くと、
「ほら、どうよ!」
おおきな、本当におおきな夕日が水の中に沈んでいく。
「すごい……」
水平線にゆっくりと沈んでいく太陽に心を奪われ、言葉が出てこない。
「だろ? 案内する所なんてなんにもないエアーズだけど、この風景だけは他のどこよりも綺麗だって、誇れるよ」
コリンの笑顔が赤い夕陽の中で映える。
「うん。これは、凄いよ」
「この街にあんまり人がいないのはさっき言ったろ?」
僕は頷く。
「そんなんだからさ、この街の中で電気の通っている場所って少ないし、ほとんどの家が発電機だけで電気をまかなっているんだ。そんな電気の少ない街だからこそ、こうやって綺麗な夕日が見れるんだ」
じいちゃんから聞いた事なんだけどな、とコリン。
「そんな街に住めて、俺は嬉しいよ。多少不便だし、友達もいないけどね」
さっきまで文句を言っていたのも事実なのだろうけど、本心では自分の生まれたこの街が好きだというのが伝わる。この景色を見る前の僕だったら、理解できなかったろうけど、今は少しだけど分かる。
「そういえばさ……ショーゴって、友達いる?」
トモダチ、という響きに心がざわめく。
(友達じゃないか!?)
胸が詰まったかのように息苦しい。
「……居たよ」
「そっか……いいなぁ……」
なんだかコリンが寂しそうだった。
「ならさ。よかったら、友達にならない?」
自然に動いた口から出た言葉に驚く。
「え!? いいの!?」
「うん」
と、僕は手のひらをコリンに向けた。
「本当にいいのか?」
「いいよ」
コリンの手が僕の手を叩き、バチン! と音が鳴る。
「よっしゃ!」
コリンがガッツポーズをしている。
僕自身、なぜこんな事をコリンに言ってしまったのか分からない。もしかしたら、心の奥底で誰かを必要としていたのかも知れない。
ふと、視線の端にあるものが見えた。
「ハウンド……」
ビルの縁に掴まり、夕日を反射して鱗が赤くなったメリエインと対峙するように止まっているハウンドを眺めた。
「そういえば、ショーゴってどうしてエアーズに来たんだ?」
いつの間にか隣にいたコリンが聞いてくる。
「ハウンドがここに来たがったんだよ」
「ロボットが?」
「メリエインはそういうの無いの?」
「うーん? なにもないけどな」
こうやって世界を回るのはOFやWFの中でも珍しいのだろうか?
「じゃあさ、ショーゴはエアーズでやる事がが終わったら帰るの?」
「うん」
コリンは少し寂しそうな顔をしていたが、ハウンドとの旅を終わらせないと。
「そっか。なら、帰る前に戦わない?」
「えっ? なんで?」
コリンは首をかしげ、
「うーん?」
と、唸っていた。
「もし、どちらかが相手を倒したら怪我をするかもしれないんだよ? それなのに、どうして?」
「うーん? 分からないけど、俺とメリエインは戦いたいんだよ。君のハウンドと」




