『友人』 2
※
「まったく、最近の若いもんは……」
僕とメリエインのパイロット「コリン」は、彼の祖父に叱られた。
「けど、じいちゃ……」
これで何度目だろうか。さっきからコリンはこうやって何かを言おうとして、
「黙って話を聞かんか!」
何度もカミナリが落ちている。
「第一、お前が彼……」
白髪の男性が、こちらを指差して唸っている。
「名前は!」
「ショ、ショウゴです!」
なぜか怒りながら尋ねられ、変な声が出た。
「そう! ショウゴに戦いを仕掛けるのが悪いんだろうが!」
初対面の人にいきなり呼び捨てにされ、怒鳴られるだなんて初めての経験だ……出来ればしたくなかった
。
「それは!」
またかぁ。
「だから、人の話を聞けと言っとるだろうが!」
ピリピリと鼓膜が震える。
「お前な! メリエインに乗って戦うって事がどういう事か分かっているのか!」
コリンの方をチラっと見ると、なんだか不思議そうな顔をしていた。
「はぁ」
コリンの態度に、男性は頭を抱えていた。
「お前な、アレに乗って戦うって事は死ぬかもしれないんだぞ?」
さっきまでの烈火のような怒りは消え、呆れたように話す。
「それにな。もし勝てたとしても、お前は彼を……殺す事になるんだぞ」
言いづらそうに顔をしかめていた。
「分かっているのか?」
男性は諭すように言ったのだけど、
「うーん?」
と、首を傾げるだけだった。
「はあ。もういい、お前はとりあえず帰れ」
「けど、決着が……」
「いいから帰れ!」
一度鎮火した怒りの火に油を注いでしまい、今度は拡声器を使ってコリンが怒鳴られた。近くにいた僕まで耳がキーンとする。
「わ、分かったよ!」
コリンは走りさろうとしたのだけど、その背に男性は「ちょっと待て」と声をかけ、
「コイツも連れていけ」
と、僕を再度指していた。
「え?」
急な事に驚いていると、
「コリンが迷惑かけたからな、そのお詫びにウチで飯でも食っていきな」
言うだけ言うと、彼は動かないハウンドとメリエインを眺めていた。
「おい、どうした? 早く来いよ、ショーゴ」
声の方に振りかえるとコリンが手招きをしていた。
「あ、うん」
僕はコリンの後をついて、彼の家に向かう事になった。
※
「ほら、ここだよ」
ハウンド達を背にしてしばらく歩いた所で、コリンは立ち止った。
「お店?」
三階建ての長方形の建物の正面に看板がついていた。
「うん。俺のじいちゃんはコックなんだよ」
と、コリンは笑いながら話してくれた。
「それにエアーズ1の腕前で、最高に美味いんだぜ!」
まるで自分の事のように語る彼の目は、キラキラと輝いていた。
「楽しみにしててよ」
そう言いながら店の中に入り、僕を招くようにドアを押さえててくれた。もしかしたら、いつもこういう風に手伝いをしているのかも知れないと想像した。
「今日は休みだから、適当に座っててよ」
コリンはキッチンの方でせわしなく動きながら喋る。
店内の装飾は、熱帯気候で海が近いこの街らしくヤシの葉や、海をモチーフにした絵などが飾られていて、それらを眺めているだけで少し心地よく感じられた。
「はい、どうぞ」
コリンが液体の入ったコップを僕の目の前に置く。コップの中から気泡が上がっているので、炭酸水のようだった。
「いいの?」
僕は壁を指差すと、そこには「炭酸水 200セル」と価格が書いてあった。
「ん? ああ、大丈夫。気にしないで、飲んでよ」
そういって、コリンも目の前に座って炭酸水を飲み始めた。
「ふぅ! 生き返る~!」
コリンが大げさに飲み干したコップを机に置く。
「OFを操縦した後って、全力疾走した時みたいに、すっごい! 疲れるよな!?」
「あ、うん」
コリンの陽気さにおされて、少し曖昧な答え方になってしまう。
なんだか不思議な気分だ。これまでも他のパイロット達と話す機会はあったけど、こんなに気軽に話しかけてくるのは彼が初めてで困惑していた。
「そういえば、ショーゴって今何歳なの?」
「え? 16歳だけど」
「あ、年上なんだ」
コリンはおかわりをとりにキッチンの方に向かいながら話す。
「てっきり年下なのかと思ってたけど。ちなみに、俺は14ね」
バタンと冷蔵庫を閉じる音がした。
「どっから、やって来たの?」
「キョウゴクっていう所なんだけど……」
「ああ! エアーズの北の方にある国ね。いいなぁ」
コリンの目は輝いていた。
「いいの……かな? あんまり実感がないんだけど」
僕からしたらあの国はあまり生き易いとは思えなかった。僕自身の体験もそうだけど、何といえばいいのか、息苦しさのような閉塞感を常に色々な人から感じていた。
「いいに決まってるよ。だってエアーズには学校もないし、何より年寄りばっかりで友達が出来ないんだぜ」
「え?」
「ほら、聞いた事ない? この国の人口が減っていってるって話」
「それは授業で習って知っているけど」
「あれは単純で、この街に若い人がいなくなってしまったから。その中で一番若いのが俺ってわけ」
「でもそれなら……」
僕がある事を聞こうとしていると、コリンのおじいさんがやって来た。
「おう、待たせたな。食材を買おうとしたらジミーに会ってな、少し話しこんじまった」
彼は大きな袋を抱えていた。
「コリン、手伝ってくれ。ショウゴはそのまま休んでいてくれ」
彼はちらりとこちらを見て、
「お前さん、あんまり顔色が良くないな。さっき見た時も気になっていたんだが、なにかの病気か?」
自分ではこれといって自覚がないので否定する。
「本当か? なら、ただの疲れなのかもな。分かった、体力のつきそうなモン作ってやるよ」
壁にかけてあるエプロンをつけると、横にあるもう一着のエプロンをコリンに投げた。コリンは、うまくキャッチしてそのまま着用した。
トトトト、と小気味のいい包丁の音が店内に響いてきた。
「コリン、にんにく。それとレモンだ」
「はいよ」
「サラダは任せるぞ」
二人の包丁の音がリズムを刻んでいるかのように、交互に響いてくる。
「こっちは大体終わったぞ。そっちは?」
「もう終わるよ」
「ほう? なかなか早くなったな」
「まあ、いつもやってりゃ早くもなるさ」
コリンが言いながら、サラダの盛り付けられたガラスボールとパンのいい匂いがするバスケットを席に運んできた。
その後ろから魚と肉料理が乗っている皿を両手に持ったおじいさんが来て、僕の前にその皿を置いた。
「出来たぞ、ラムチョップのグリル焼きにバラマンディのソテーだ。それと、トラウトのサラダな」
彼とコリンはまたキッチンに向かい、自分達の皿を持って席に着いた。




