『教会』 7
「ハウンド、どうすれば解除できる!?」
『解除、不可能』
カウントダウンの数字の残りがどんどん減っていく、残り四分半。
「どうすれば……」
カウントだけを見ていると、その速さが加速度的に上がっている気がした。
「私を……」
モニターの中のトリステスの口がゆっくりと動く。
「ラズン・ミルを解除したければ、私を殺しなさい。ショウゴ君」
その顔に表情はなかった。
「殺す……?」
「ええ、私を殺せばいいの。ただそれだけで、あなたとハウンドは助かるわ」
「そんな事、出来るわけないじゃないですか!?」
僕の脳裏には教会で出会ったみんなの顔が頭に浮かぶ。
「そう。なら、今すぐにそのハウンドソーサリーから降りなさい。それなら、あなたの命だけは助かるわ。もし行く場所がないなら、ここで住むのもいい。教会でみんなと一緒に生活するのもいいんじゃないのかしら?」
「それは……」
教会で見たみんなの笑顔が浮かぶ、その中にいる僕。それは確かに暖かい生活なのだろう。
けど、それは僕達の、僕とハウンドの道じゃない。
「すみません」
彼女の顔は悲しそうに俯いた。
「そう。なら、来なさい!」
カウントダウンは残り三分を告げる。
「行くぞ、ハウンド!」
呼応するかのようにハウンドの駆動音が一段と大きくなる、まるで狼の咆哮のように。
「来なさい、この悪魔が!」
ハウンドでヒュナノスに接近し、ハルシュを振るう。
「そんなんじゃヒュナノスには届かないわ」
振り下ろした鎌をするりと躱された、再度振るう。
「無駄よ! 無駄なのよ! 私はこの時の為にヒュナノスの特訓をしてきたの! あなたの攻撃が私に届く事はないわ!」
まるで舞踏会で華麗に舞うかようにひらひらとかわす。
「もっと、早く!」
鎌を振る幅を短くし出来るだけ早く方向転換する、しかしヒュナノスの動きと捉えるまでの速度にはまだ遠い。
「もっと、もっとだ! ハウンド!」
駆動音が一段と大きくなる。
「ハウンド! お前はここで死んでもいいのか! 僕は……僕は嫌だ! 僕達はまだ、ここで終わる訳にはいかないだろう! ハウンドソーサリー!」
カウントは残り二分。
「もう、諦めなさい!」
トリステスの声は、まるで悲鳴の様だった。
「嫌です! これは、僕の初めての願いなんだ!」
ハルシュの先端がトリステスの右のふくらはぎを捉え、そのまま切断する。
「なッ!?」
トリステスが驚きの声を上げた、しかし僕はその動きを止めずに左足を返す刀で切り離す。
「どうして、ヒュナノスの動きが!?」
そんなの僕も分からない。ただ、僕は先に進みたいと願っているだけだ。その思いは、誰にも絶対に負けない!
仰向けになったヒュナノスの左腕を、肩から綺麗に分離させた。
「ハウンド! 自爆は?」
『解除、不可能』
「だから、私を殺さないとダメだと言ってるじゃないですか」
白と黒の羽をむしり取る、しかしカウントは止まらない。
「なら、頭だ!」
頭を足で踏みつけると、バキバキと音を立てながら原型を保てなくなり砕け散った。
「どうだ!?」
まだカウントは止まらない、ヒュナノスに残っているのはもう胴体だけだ。
けど、そこは。
「シスター・トリステス! はやくそこから降りて下さい!」
モニターの彼女は返事をしない。
「勝敗は決しました。あなたは、あなたはこんな所で死んでいいんですか!?」
ハウンドが爆発したら彼女自身もそれに巻き込まれるのは、トリステスも理解しているはずだ。
彼女は涙を目に浮かべながら、
「私の愛した人は、もう居ないの! その『狗』に殺されたの! もう、いいの……」
懇願する様に話した。
「そんな、そんな事を言ったら駄目です! あなたが居なくなったら、教会のみんなはどうなるんですか!? あなたと同じ哀しみを、みんなに植え付けてあなたは消えるんですか!? あなたはシスターで、あの子達の母親なんでしょ!?」
彼女の表情が固まる。
「早く!」
ハウンドの左手を胴体に差し出す。その部分が開き、中から飛び出してきたトリステスが手に座る。
「ハウンド、コクピットを開けるんだ!」
左手をコクピットに近づけ、急いで彼女を乗せた。
「コクピットを破壊すれば、止まります!」
転がり入ってきたと同時に、彼女は叫ぶ。
「杖よ!」
ハルシュでは切断しか出来ない、それでは下手をしたらその機能だけは残るかも知れなかった。
「光!」
闇を切り裂く光がヒュナノスの胴体を貫いた。
「ランドフォーム!」
眼前に膨らむ爆発光が背後に遠のく、その後大きな爆発音が背後でした。
「ハウンド!」
『自爆、解除』
モニターのカウントは、残り四秒で止まっていた。
「た、助かったのか……?」
状況の確認をして、ハウンドをソーサリーモードに戻した。
「さて、それなら」
僕はいまだに俯いているシスター・トリステスを見て、
「帰りましょうか?」
そう話した。
※
「では、僕はそろそろ行きます」
あの戦闘の後、教会の前で待っていたみんなはトリステスを見るなり抱きついていた。僕は、強い疲労感で部屋に戻ると、すぐさま眠りについてしまった。
目が覚めると、すでに昼前だった。
「本当に、行くんですね?」
シスター・トリステスは微笑んでいた。
「ええ。僕の、僕達の夢ですから」
「そう、ですか。アリス、アレを」
シスターの横に立っていた少女から包みを渡された。
「それは、あなたの分に作った昼食です」
「ありがとうございます」
「味の保証はしませんよ」
と、トリステスは笑った。
何故か包みを渡した少女、アリスは下を向いたままその場を動こうとしない。
「あ、あの!」
上げた顔は、まぶたが少し腫れていた。
「シスターを、助けてくれてありがとう!」
その言葉に、僕は頷くだけしか出来なかった。
「それじゃ、行きます。色々と、ありがとうございました」
そう言って頭を下げ、ハウンドのいる場所に歩き出した。
「お兄ちゃん、また来てね!」
ブロンドの髪の少年、シャルルが元気に手を振っていた。僕は手を振り返した、ハウンドとの旅が終わったらここに来るのもいいかもしれない。
けど、そんな事よりも僕が気になっていたのはシスターが話した事。
「ガイアルには気をつけろ、か」
ガイアルって、なんなんだろうか?




