『教会』 5
トリステスは、ゆっくりと息を吐き出した。
「……分かって、いただけましたか?」
彼女からさっきまでの表情は消え去り、微笑していた。
「そういう訳で、この街の人々はあなたのOFを嫌悪しているんです。なにせ、あの時の犠牲者は五十人以上。当然、亡くなった方の身内もこの町に住んでいますし、友人、恋人、親に子供、その誰かが犠牲になっているんですから怨むのは当然ですよね?」
優しそうな顔でそう話す。
「けど、ちょっと待って下さい。ハウンドソーサリーは、その時に倒されたんですよね? なら、僕の乗っているアレは?」
「それが、あの戦いの直後に消えたんですよ」
「消えた?」
「突然現れた軍人がどこかに持って行ってしまい、その後は私達も知りません。ただ、ある企業が関係いているのだけが、その人達の持ってきていた箱で分かりました」
「企業?」
「あなたも知っているのではないですか?」
「え?」
「ガイアルですよ」
「そんな……!? けど、なんの為に?」
「そこまでは私にも分かりません。ただ、内紛時にも両陣営に武器を提供し、その結果内紛が長引き、その資金でガイアルはさらに私腹を肥やしたとも言われています。しかしその証拠はなく、国連の場でもその話が議題にのぼる事すら無かったそうです」
彼女の顔から微笑みが消えた。
「なんにせよ、私達はあなたの乗るハウンドを許す事は出来ません、それにガイアルも。彼等も、ハウンドの存在を知る私達を疎ましく思っている事でしょう。いつ、自分達の事が世間にバラされるか分かったものではないでしょうしね、その危機に対応するために私達は否応なく武装せざるをえなくなりました」
悲しい事ですけど、と付けくわえる。
「これが、この街『レアン』に関する全ての事です」
そう言うと、彼女はまた微笑んだ。
「そう、ですか」
僕は、彼女の言葉が重すぎて受け止め切れられなかった。この街で起きた悲劇、子供達の悲劇、そして彼女自身に降りかかった悲劇。その全てが、まるで映画の様で僕のいた世界とはまるで違った。そんな彼女にかける言葉を、僕は持ち合わせてはいない。
「無言ですか。そうですよね、こんな話」
彼女は、僕の向こうにあるナニカを見つめる様に話し始めた。
「さっきノックした時、ある事を思ったのです」
その目は、ただただ一点を見据えている。
「あなたが返事をしなければいいなって」
「……どうして、ですか?」
僕の声は彼女に聞こえていないようで、
「聞こえていなければ、私はそのまま自室に戻り、いつものように日誌をつけて、いつものように眠りについて、明日にはまたいつものような日々が過ぎたでしょう。心の闇を抱えたまま」
「あの……」
「だけど、貴方は答えてしまった。私は全てを話さなくてはいけなくなった、それはシスター・トリステスとして望まない事、けど!」
彼女は立ち上がる。
「ただの女としてのトリステスは、この時を待っていた!」
そして、部屋の窓を開け放つ。
「じゃあね、ショウゴ君」
そして、飛び降りた。
「なんで!?」
僕は窓に走り寄る、けどそこで見た景色は僕が想像していた彼女が落ちている光景ではなかった。
目の前には大きな影があった。
「私は、あのハウンドを許す事は出来ません!」
大きな影の手の上で、シスタートリステスはこちらに向けて叫んだ。そして胸部の空いた穴の中に入り、その中にある椅子に座るのが見えた。僕は部屋を飛び出す、途中で誰かに声をかけられた気がしたが、それどころではなかった。
教会の横からドスンドスンと足音を立てて公園の方に向かう先程の影が見える。走って追いかけようとした僕の目が、教会の壁に立てかけてあった自転車に留まる。
「ちょっとお借りします!」
ハンドルを掴んで走りながら飛び乗った、道路がガタガタでバランスをとるのが大変だけど弱音を吐いてはいられない。
影との距離は一向に縮まらないどころか、離されていく。
ハウンドをとめていた方向から、ガンガンと何かを殴る音が響いてくる。
「ハウンド!」
僕は無意識に叫んでいた。
「クッ!? なんで!?」
トリステスの声が響いている。
「誰も乗っていないのに動いてるの!?」
激しい振動が道を伝って響いてくる、その反動で自転車から放り出されてしまったが、僕はまだ止まる訳にはいかなかった。
「ハウンド!」
立ち上がった僕の眼前に、僕を見下ろす犬頭のロボットが虚空から現れた。その左手は、僕を招く様に地面に水平に置かれていた。
「分かった、ハウンド。行こうか」
その腕は真っ直ぐにコクピットへと向かい、僕はすぐさま操縦球(操縦球)に触れる。
「ハウンド、状況を」
『装甲に警備の損傷、駆動系に原因不明の異常を感知』
「原因不明? 故障じゃないのか?」
『原因不明です』
操縦球で方向転換しようとするが、何か枷をつけられているかのようにうまく動くことが出来なかった。
「なんだこれ!?」
「それが、『ヒュナノス』の力よ」
外部から強制的に通信が入れられた、画面にはシスター・トリステスが映っている。
「なんでこんな事を!? それに、そのロボットは!?」
画面の中の彼女は無表情で答える。
「このヒュナノスこそ、私の夫が残してくれたモノ。あなたを倒したWFよ」
彼女の目には僕ではなく、ハウンドソーサリーしか見えていないようだった。
「今こそ私は、あの人の敵を討つ!」
警報音と同時に、画面には黒と白の翼をつけたヒュナノスが正面に立っていた。
「ハウンド、バリアだ!」
「それは、ダメよ」
ヒュナノスの右手が持ち上げられた。
「キャプティヴ」
モニターにノイズが走った。
『バリア機能使用不能、原因不明』
生成されかけていたバリアの膜がシャボン玉のように弾けて消し飛んだ。
「なんで!?」
操縦球を咄嗟に引いた、今度は普通に移動が出来た。
「それなら、今は逃げるだけだ」
ここで戦うには人が多すぎる、こんな中ではこちらから手を出す事は出来ない。
「人命を考えましたか。いいでしょう、私もここで戦う事には抵抗があったのです」
街中を後ろ向きで進む、それにゆっくりとヒュナノスもついてきた。攻撃してくる気配はないが、警戒を解かないように注意しなければ……!
左の視界の端に、あの教会が見えた。
「シスター!」
教会前で複数の人が叫んでいた、その声はシスターにも届いただろう。
しかし、トリステスはその足を止める事はしなかった。




