『教会』 4
彼女は、目に溜まった涙を拭くとまた歩きだした。
「……私からはここまで。詳しい話が聞きたいなら、シスターから直接聞いて」
そういうと、彼女はまた口をつぐんだ。
※
教会に戻ると、
「お帰り、アリスお姉ちゃん!」
そう言って、彼女の足になんにも子供達がしがみつく。
「ごめんね、少し遅くなっちゃって」
彼女は、腰を落とし小さな子たちと目線を合わせてそう言った。
「あなたは、その荷物をキッチンに持って行って」
アリスは、一瞬こちらを振り向くとそう告げて奥の方を指差した。僕は、彼女の様子を見ながら示された方に向かった。
奥の扉を開けた途端、いい匂いが鼻に届く。
「こっち、かな?」
トントンと、何かを切る音が響いている。
「失礼します」
扉をゆっくりと開けると、目の前にシスターとそれを手伝う少年、たしかシャルルという少年が忙しそうに料理をしていた。
「買い出し、お疲れ様です。そこの机に置いてもらえますか?」
シスターは手を休めないで指示する。
「はい、分かりました」
「ありがとう。あ、シャルル。テーブルにお皿を出すの、お願いしてもいいかしら?」
少年は頷き、
「はい、分かりました」
と、机の上に乗っていた皿を持ち部屋を出て行った。
「そこで立っているだけなのなら、少し手伝っていただけますか?」
シスター・トリステスは手招きをする。
「買ってきた野菜を洗ってもらえますか?」
そういうと、近くのボウルをこちらに手渡してきた。
「分かりました」
袋の中からとった野菜をボウルに移す。
シスターは、手に持った魚を手慣れた動きで捌いてく。
「街はどうでしたか?」
僕は、その問いにどう答えたらいいかを悩んでしまう。街の惨状、それと街の人にされた事、それを考えるとどうしても、言葉に詰まってしまう。
そんな反応を予想していたのか、
「無言ですか。そうですよね、この街の状況を見て『美しい』や『綺麗だ』なんて事を言う人は、居ないでしょう」
包丁の音が部屋の中に響く。
「けど、それでもここに住んでいる者からすると大事な街なんです。それが、行き過ぎた行動をさせてしまった事は、謝らせてください」
そういうと、彼女は手を止めてこちらに頭を下げた。
「い、いいですよ。気にしてませんから」
他人にこうやって頭を下げられるのは初めての事で、こちらの方が恐縮してしまう。
「そう言っていただけるなら助かります。あ、終わりましたか?」
僕の手が止まっているのを見て、彼女はそう言う。
「はい」
「ここから先は私がやりますので、少し待っていて下さい」
「分かりました」
僕が扉の方に足を進めると、
「あ、そうだ」
彼女はこちらを見ずに、こう告げた。
「あとで、少し話がありますので待っていてください」
※
「皆さん、食べ終わりましたか?」
シスター・トリステスが食卓にいる全員の顔を見ながら尋ねる。
「終わったようですね、ではお祈りをしましょう」
そう言うと、僕以外のみんなは目を閉じ顔を伏せて何かを言っていた。僕も、それに合わせるように繕ってみたものの様にもなっていないだろう。
「では、食器を片付けて下さい。終わった人から、自室に戻って休んでくださいね」
そう言うとみんなは「はい」と答えて、各々皿を持って食堂の方に向かっていった。
「そうだ、シャルル。あなたは、お客様をお部屋に案内して貰えるかしら?」
後始末は私がやっておくからと、シスター・トリステスが言った。
「……分かりました」
少年はこちらに歩んできて、
「こちらです、ついて来てください」
と、丁寧に案内してくれる。食堂の更に奥、その二階の奥から二番目の部屋に案内された。
「……こちらです。それと、おトイレはあちらになります」
と、昇ってきた階段の奥の方を指す。
「ありがとう」
「……いえ、シスターから頼まれただけなので」
彼はそう言って帰るのかと思ったのだけど、何故か下を向いたままその場を移動しようとはしなかった。どうしたの? と彼に尋ねると、
「すごく失礼な質問だというのは分かっているのですが……」
「うん?」
彼は不審そうな顔を隠さずに、
「あなたは……みんなに何かしたんですか?」
この子は知らないのか、と思ったけどよくよく考えれば当然の事だ。彼は高く見積もっても十歳だろう、つまり五歳の頃の出来事、そうなると年上のみんなよりは当時の記憶が薄いのかもしれない。
「何もしてないよ」
「本当ですか? でも、もしも何かあるんでしたら謝ってくださいね。みんなは優しいから、きちんと許してくれますよ」
「分かったよ、ありがとう」
そういうと、彼はニコリと笑い、ブロンドの短髪を揺らしながら去って行く。
(優しい。そうなんだろうな、ハウンドに乗っていない僕ならば……)
そう思いながら、僕は部屋のノブを回した。
※
コンコンと何かを叩く音が、まどろむ僕を現実の世界に引き戻させた。
「……うん?」
ゆっくりと体を起こす。そうだ、ベットを見たら横になりたくなってそのまま眠ってしまったんだ。
「ショウゴさん、起きてますか」
シスター・トリステスの声が聞こえる。
「あ、はい」
「では、入らせていただきます」
ガチャリ、とドアのノブがゆっくりと回る。
「失礼します」
先程までしていたフードは外されていた。
「お休み中だったんですか?」
僕は首を横に振り、
「いえ、大丈夫です」
そう答える。
「そうですか」
彼女の表情に少し影を増した気がした。
「子供達も眠ったので、そろそろきちんと話をしましょうか?」
彼女の目は、昼間見た時より深い闇の色が広がっていた。
「どこから、説明したら良いでしょうかね? そうだ、アリスからは何か聞きましたか?」
僕はこの国の内紛の事とハウンドがこの街に来て暴れた事を話した、もちろん街の人達の事は触れずに。
「そうですか」
僕の話を無言で聞いていた彼女は、ゆっくりと頷いた。
「では、昔話をしましょうか」
昔話?
「ある小さな町に、ごくごく平凡な夫婦が住んでいました。その夫婦は裕福ではありませんでしたが、愛している者さえいれば他には何もいらない、そんな二人でした」
何を言っているのか分からなかったが、なぜだか口を挟んではいけないと思える雰囲気があった。
「夫は採掘の責任者、妻は町の診療所で看護師をしていました。ふたりの日々は、そうやって過ぎていくものだと、命が続く限り続いていくものだと思っていました。しかし、それは間違いでした」
トリステスは下を向き、
「ふたりの住んでいた国のふたつの勢力は、お互いの利権の為に国を巻き込んで戦争を始めたのです。しかし、その戦争自体がふたりに迫る事はありませんでした。けど、それもしばらくの間だけ。ある夜、町の中に爆音が轟きました」
話は進んでも、彼女は顔を上げない。
「その音の元に居たのは、犬の顔をした巨大なロボット。その炎に染まる姿は、まるで悪魔か何かが降りてきたかのようでした」
ハウンドソーサリーで街を攻撃したパイロットがいたのか……。
「街の中は逃げ惑う人で溢れます、それをロボットは次から次へと……」
彼女の声が震えている。
「けど、街のにはある物がありました。それは夫が採掘の途中で見つけた物、大きなロボットでしたそのロボットの名前は、ヒュナノス。そのロボットのことを思い出した夫は、妻の制止も聞かずにヒュナノスに乗り込むと、現れたロボットと戦い始めました。そして、その決着はお互いの攻撃がお互いのコクピットを潰す事で終わりました」
ようやく、顔を上げたトリステスの目は僕ではないなにかを睨むように細められていた。
「夫を亡くした妻は悲嘆に暮れ、修道女になる事にしました。そして、ロボットが殺した人々の子供を引き取り、孤児院を始めました。街には戦いの傷跡と、人々の心の傷、それに犬顔のロボットに対する恨みの思いが生まれましたとさ。おしまい」




