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狗の魔術師を駆るモノ  作者: 青木森羅
~ショウゴの旅~
20/37

『教会』 3


「ここから少し離れた所に開けた所があるので、そこにハウンドをステルス状態で隠していおいてください」


 僕はシスターと呼ばれている女性の言うとおりにハウンドを移動させた。幸いチャージはさっきのゴタゴタの最中に終わっていて、移動させる事に異論はなかった。


「ここだな」


 そこは元々公園のような場所なのだろうけど、今はレンガや瓦礫が散乱していてまるでゴミ捨て場にのような状態だった。


「ハウンド、しばらく出かけてくるよ」


 僕は、操縦球から手を離して昇降機を使ってハウンドから降りた。


「それにしても……」


 この辺りの地域は、先程までと比べても一段と街の損壊が激しいエリアみたいだった。大きく抉られている石の道路、爆発か何かで倒壊かけている家屋、銃弾で傷だらけの石壁、それに道に座り込んでいる衣服のあちこちが裂けている人々。

 なんでこんなに。


「どう思いますか? この街の状況」


 急にかけられた言葉に少し驚き、そちらを見ると先程の女性が立っていた。


「戦争、だったんですね」


 僕の言葉に、彼女はこちらを見ず人々を見て、


「だった、ではないのです。今も、戦っているんです」


 僕は彼女の言う意味が分からなかった。


「あなたが、ハウンドのパイロットなんですね?」


「ええ」


「申し送れました。私の名前は、トリステスと申します。みんなからは、シスターと呼ばれていますが。あなたは?」


 彼女の笑みは、どことなくぎこちなかった。


「ショウゴです」


「出身は?」


「キョウゴクです」


「キョウゴクですか。あの国には戦争がないそうで、羨ましい限りですね」


 彼女の言葉には、少しだけ棘があるように感じた。


「先程は私の知り合いが大変ご迷惑をおかけしました。今日はお疲れでしょうから、一晩だけでも教会に泊っていかれてはどうでしょうか?」


 そう言うと、彼女は僕に背を向けて歩き出そうとしたのだけど、僕にはまだ彼女に聞きたい事が残っている。


「あなたは、どうしてハウンドの事……」


 そう僕がいうと、彼女はこちらを振り向き、


「その話は、また後で」


 そう、短く答えた。

 ただ、その声は今までよりも酷く悲しく聞こえた。



「おかえりなさい、シスター」


 教会の中に入ると、茶髪の女の子が他の子供達と一緒にトリステスを取り囲む。


「だいじょうぶだったの?」


「あぶなくなかった?」


「ええ、大丈夫よ。心配かけてごめんなさいね、みんな」


 そういうと、自分のを囲んでいるみんなの肩を包むように抱きしめていた。


「いい子ね、みんな。いい子よ」


 そう言って、その子達の頭を撫でている。


「シスター、お帰りなさい」


 その声は奥の方から聞こえてきた、その声の主は背が高く痩せていた。


「ダニエルも、ありがとうね」


「い、いえ」


 彼は軽く俯いたのだが、僕の事をようやく認識したのかその顔は引きつり、


「シ、シスター!? ソイツは、もしかして!?」


「ええ、あなたの思っている通りですよ。ダニエル」


 そのダニエルという男性は、手に持った箒をこちらに向けて、


「何を落ち着いて言っているのですか!? ソイツは、敵なんですよ!?」


 それを聞いた子供達も、怯えた顔を見せ始めた。


「それは誤解です。彼は、敵ではありません」


「けど!?」


 ゆっくりとこちらに近づいてくる男性を、シスター・トリステスは手で制し、


「大丈夫です」


 短くそう言った。


「シスターが、そう言うのでしたら……」


 彼は箒を下ろした、けどその顔は不服そうだ。

 トリステスはパンパンと手を打ち鳴らすと、


「皆さん、彼の名前はショウゴさんと言います。今日一日だけですけど、皆さんと一緒に暮らしますので、よろしくお願いしますね」


 そう言った彼女に促されて軽く自己紹介をした。けれど、彼等のその目は僕を異常に鋭く睨みつけてきた。


「さあ、夕食の準備を始めましょう。アリスはショウゴさんと足りない物の買い出しに、他のみんなは私と一緒に下ごしらえをしましょう」


 トリステスは他の子達を奥に誘導すると、茶髪の女の子にメモとお金を渡して無理矢理追い出すかのように背を押して、教会の外に出された。


「……なんで、私が」


 彼女の呟きを聞かなかった事にした。


「ほら、こっちよ」


 彼女はこちらを向く事なく、ただ歩いて先導する。

 周りを慌ただしく走る人々は僕達が通るたびにこちらに視線を向ける、いやその対象は僕だけなのだろう。その視線は蔑んだものや怒りだったりと、怨念めいたナニカを感じた。


「ここよ」


 刺さるような視線に頭がいっぱいになっていたせいか、いつの間にか目的の場所についている事に気づいていなかった僕は、アリスという女の子が止まっていた事をその声で理解した。


「何してるの? 早く来なさいよ、荷物持ち」


「あ、はい」


 店、というには外からの様子が分からないその建物の中に入る。


「おや、アリスちゃん。いらっしゃい、今日もかわいいね」


「ありがとうございます、おじ様」


 恰幅のいい男性は笑顔で話す。


「それで? 今日は一体何を……」


 屈んで、透明のガラスケースの中を覗いていた男性と目があった。


「なあ、アリスちゃん。ソイツは……」


 男性は目に見えて態度が変わる、眉が不快そうに歪んで口がきつく結ばれていた。


「ええ、さっきのですよ」


 彼は「マジかよ」と小さく呟くと、


「すまんがアリスちゃん、ソイツ外に出しておいてくれないか。見ているだけで、気分が悪くなる」


「分かりました。ほら、出て行って」


 アリスは、ヒラヒラと手を振る。


「早く!」


 僕は半ば追い出されるようにして、店の外に締め出された。

 ハァと短く息を吐き、


(僕が何をしたって言うんだ……)


 そんな事が頭を過る。僕は、今この街に着いたばかりだというに、なんでこうも目の敵のように扱われないといけないんだ。


(こんなの……学校の事を思い出すじゃないか……)


 あの時ほどは直接的じゃないにしても、あんな感情を人に向けてくるだなんて……。

 そんな暗い思考を途切れさせるように、ガチャンと引き戸が向こう側から開かれる。


「ほら、持って」


 と、彼女は紙袋を押しつけた。


「次に行くわ」


 道路に固定されていたはずの平らな敷石は、ボコボコと浮き上がり歩くのに苦労する。そうして、数店舗を回り終え、


「帰るわ」


 全くこちらを見る事もなく来た彼女は、そのままで教会に戻る道を歩き始めた。日は傾き、街を行動している人は少なくなっていた。

 そんな街を、少し離れてふたりで歩く。


「……なんにも聞かないのね」


 急に話しかけられた事に、僕は驚いた。


「街の人にも、私にも、こんなに。恨みの感情をぶつけられてるのに……」


 その顔は複雑そうだった、怨んでいて、不安そうな、それでいて悲しいで。


「僕は、そういうのに慣れているから……」


 自分で言っていて悲しくなる。

 僕はいじめられている時に、一度だけ主犯に反抗をした事がある。その時の彼の目は、この街の人々と似ている。ただ、その根底にある物は、全く違うのだろうけど。

 彼女はこちらに始めて振り向くと、


「慣れるって……。あなた、今まで何をしてきたの? 私達は、あなたに『死んでほしい』 って思っているのよ!?」


(死んでほしい、か。改めて人にそう言われると、少し傷つくな)


 僕はその時にそうとは考えていなかった、いや考えたくなかったんだろう。無意識にその答えを観ないように、ただ気のせいだと目を背けて……。


「そんなのに慣れるって……」


「おかしいんだろうね、たぶん」


「……そうよ」


 そういうと、再度歩きながら彼女は話し始めた。


「この街はね、昔は平和だったんだよ」


「戦争、だよね」


「正確には、内紛よ。当時の国に不満を持っていた人達と、国を守ろうとする人達」


 それは、僕も授業で知っていた事だ。


「けど、実際はそうじゃなかった」


 彼女は歩みを止めた。


「内紛の始まった当時、もう少し都市部に住んでいたの。でも、戦争が始まるからって両親と一緒に、このレアンに引っ越してきたの」


 彼女は、辛そうに話していた。


「ここは、戦争の影響を受けなかったの。大きな街でもなければ、要所でもなく、コレと言った資源もない街だったから、ほとんど影響を受けなかったの」


「けど、街は……」


 彼女は、ゆっくりと頷く。


「ええ、この街は攻撃を受けたの。あなたの乗っていたロボットにね」


「ハウンドが!?」


「名前までは知らないけど、間違いなくアレだったわ。暗闇の中から街を横断して、あちこちで火事を起こした。それは、まるで絵本の中で見た魔物のようだった」


 彼女の目には、街頭に照らされた涙がうっすらと浮かんでいる。


「あの日から私の両親はいなくなった、教会のみんなもよ。けど、彼はそんな私達を救ってくれたのよ」


「彼?」


「シスター・トリステスの旦那さんよ」


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