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狗の魔術師を駆るモノ  作者: 青木森羅
~ショウゴの旅~
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シグナル





 あれから数時間経ち、辺りはすっかり暗くなっていた。

 僕は街中を走るパトカーや人目を避けるために、街から少し離れた山中にハウンドソーサリーを座らせ、ここまでの事を思い出していた。


 学校で逃げた直後から、僕は警察に追われることになった。


「それを操作している人、直ちに降りて投降しなさい!」


 彼らはキンキンとハウリングを起こす拡声器で投降を呼びかけてきた。だけど、そのせいで騒ぎに釣られて野次馬がたくさん集まって来てしまった。


「キャー! なにアレ!?」


「おい! ボサっとしてないで早く撃てよ!」


 そんな声もあってか、警察官達は野次馬に自分達が戦っている事を誇示するかのように、次から次に発砲し始めた。


 蜘蛛の子を散らすかのように方々(ほうぼう)に散っていく人や、カメラを向けてこちらを撮ろうと構える人。


(この街の人間は全員、自分勝手なのか?)


 そんな人々に嫌気がさした僕は、ハウンドソーサリーに搭載されているステルスを起動させて警察や観衆の目から消える事にした。


 そして今は街の近くにある山の中に隠れ、これからどうしようかをコクピットの中で思案している。


「家にはもう帰れないけど……別にいいか」


 今の僕の両親は、血の繋がった本当の両親じゃない。

 本当の両親は僕が三歳の時に事故で亡くなった。ただ僕自身、その事にをあまり覚えていない。小さかったから覚えていないとかではなく、僕も同じ事故でそれ以前の記憶を完全に失ってしまっているから。

 それからはあちこちの親戚をたらい回しにされて、今の家に住んでいる。

 僕を引き取ってくれた二人には子供が居なかった。だからこそ二人も最初は親しくしてくれていたけど、二人に子供が出来てからは全く気にかけてもくれなくなった。それどころか厄介者の様な扱いを受けていたし、弟に小遣いを取られたのも一度や二度じゃない。

 そんな家だから帰れなくなった所で、どうでも良かった。

 ただ……


「アレは持って来たかったな……」


 小さい頃から持っていた赤い車のおもちゃ。

 僕は本当の両親の写真を見ても「そうだ」という確証を持つことが出来なかったけど、その車のおもちゃだけは違った。ずっと持っていたから、あのおもちゃだけが僕を示す存在そのものなのだろう。

 今まで手を乗せていた操縦球そうじゅうきゅうから手を離して気づいた、今のいままでずっと手を乗せたままだった。


「ん?」


 僕の手は、僕の意志と関係なく震えていた。手を閉じ、ゆっくりと開く。じっとりとした汗の感触があった。

 緊張していたんだろうか……緊張? 本当にそうなのか?


「ハァ、本当にどうしようか……」


 グゥ、とお腹が鳴る。


(そういえば食べた物は全て吐いてしまったから、おなかがすいたな)

 

 隣街にでも行ってなにか買おうとポケットを探るが、いつも入れているはずの財布がそこにはなかった。たぶん、殴られてる最中にどこかに無くしてしまったんだろう。


(本当にどうするかな)


 今の事だけでなく、これからの事も含めての全ての事。今の僕が頼れるのは、ただハウンドソーサリーだけ。

 そんな時、僕の思考を遮るようにハウンドのセンサーが何かの接近を捉えた。


「なんだ?」


 熱源探知をつける。けど、森の中に潜んでいる鳥や小動物などで画面が真っ赤になってしまう。


「感度調整、1メートル以下は除外して」


 真っ赤だった画面が、対象外を示すの青と木々の緑に置き変わってモニター見やすくなる。

 だけども赤い所がまだ一カ所だけ残っていた、それは人の形をしていた。


「警察か?」


 そう思ったけど、山へ続く全て道はこの山に入った時からセンサーで索敵していた。だから、パトカーが近づけばすぐにハウンドの警報が鳴っていたはずだ。

 けどその反応はなかったし、なによりも相手は一人だった。

 警察官ならわざわざ危険な場所にひとりで来ることはそうないだろう。警察以外の一般人だとしても、この山に熊が出るのは僕みたいな学生だって知っている。そんな夜の山に危険を冒してまで来たがるような物好きもいないだろう。


(じゃあ、誰なんだ?)


 人影はだんだんとこちらに近づいてくる、よく見るとその赤い影は両手を上げていた。まるで、抵抗する気がないと言っているかのように。

 そんな影が声を上げた。


「そこにいるんだろう? 大丈夫だ、こちらは君の味方だよ」


 声からすると男性のようだったが、僕には彼の行っている事の意味が理解出来なかった。


(なんで独り言を言ってるんだろうか、この人は?)


「君は、ハウンドソーサリーの新しい乗り手なんだろう? ステルス機能を使っているのは分かっている。安全だから、降りて来て私と話さないか?」


 その言葉に、僕は驚きを隠せなかった。

 

(この人はハウンドソーサリーの事を知っている!)


 ハウンドでニュース番組を傍受して見たけど、あんなに暴れたはずなのにハウンドの事は一切報道されていなかった。

 それなのに目の前の人は知っている、それどころかハウンドソーサリーと名前まで呼んでいた。


「お腹も空いているだろう? 降りてこないか?」


 僕は再度センサーを確認して、周りに他の誰も居ない事を確かめる。

 この人が信用できるかは分からないが、何故かこの人の事を知っている気がした。たぶんだけど、僕じゃなくハウンドが。


「……よし」


 決心して降りる事にした。椅子から立ち上がると、入ってきた扉の横のセンサーに手を置く。ウイーンという駆動音と共に、正面モニターの後ろにある茶色の扉が開いた。扉の前の空間に白く濁った半透明な板が現れる。その上に乗ると、エレベータのように下の地面へと板が下降を始めた。

 ゆっくり下りながら、その人の顔を見て僕はさらに驚いた。

 彼はおかしな格好をしていたからだ。西洋の鎧に似た奇妙な服を着ていたが、そんな事よりも目を引くのは、頭に口だけ見える兜を被っている事だった。しかもその目のにあたる部分には、目に当たるような穴が何も無かった。


「やあ、君がハウンドソーサリーの新しい乗り手だね」


「えっ、見えているんですか?」


 咄嗟にそんな反応を返してしまったが、失礼な事を言ってしまったと口を押える。


「すまないね、こんな格好で。私は目が見えないんだ。その視力を補強してくれるのがこのヘルメットでね、外す訳にはいかないんだ。勘弁してくれないか?」


「すみません」


 頭を下げようとした僕を、彼は手を振り制す。


「いや、いいんだ。このメットが奇妙なのは、自分が一番理解しているからね」


 そして、彼は口元だけ微笑みながら、


「私の名はシグナル、ある組織に所属している者だ。訳あって、その組織の名前をすぐには出せないが、君を助けるように言われてやって来たという訳さ」


 自己紹介してくれた。


「助けて、くれるんですか?」


 その言葉は僕にとって救いだった。これからどうやって生きていけばいいかも分からなかったし、どこで生活すればいいかも分からない。そんな、ただの子供の僕には最高の助け舟だった。


「まぁ、手初めの手助けとしてこれをあげよう」


 彼の手にはコンビニの袋が掛けられていた。差し伸べられたその袋を受け取り中身を見ると、中にはおにぎり三個と、ペットボトルの水とお茶が入っていた。


「何も食べてないだろうと思って買ってきたのだけど、いらないお世話だったかな?」


「そんな事はありません、助かります」


 袋を受け取ると、お腹が空いていた僕はさっそくおにぎりの包みを開けた。


「もちろん、毒なんかは入っていないから安心していい」


 シグナルの言葉に僕の手は止まった、その考えが無かった。

 もしこの人が警察の仲間だったら? この中に睡眠薬でも入れて捕まえるかもしれない。その可能性に言われてから気づかされる。

 あまりに不用心すぎだ……だけど。


「どうした? 食べないのか?」


 止めた手を動かしながら、


「いえ、いただきます」


 僕はムシャムシャとおにぎりを食べ、ゴクゴクと水を飲む。

 だけど、僕はこの人を信用する以外に生き残る方法がなかった。


「相当お腹が減っていたんだな。だけど、そんなに慌てたら危ないんじゃないか?」


 水が気管に入ってむせた。


「ほら、私の言った通りじゃないか」


 彼は笑いながら、僕が食べ終えるのを眺めていた。


「ふー。ご馳走様でした」


「いい食べっぷりだったね。それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか」


 今まであったシグナルの笑顔が、消える。


「君にこのハウンドソーサリーを、ある場所に運んで欲しいんだ」


 シグナルは話を続けた。


「ハウンドソーサリーがどこかに行きたがっている事は、君も薄々感じているのだろう?」


 それは確かに感じていた。ハウンドは、僕にどこかへ連れて行ってもらいたいと願っていると、そんな気がしていた。


「君には、ハウンドと共にこの星を一周してもらいたい。そうすれば、ハウンドが行きたがっている最後の目的地が分かるはずだ」


「一周ですか。だいぶ時間がかかりそうですね」


「そうでもないさ。一周、とは言ってもハウンドの指定した所に行って、次の場所の情報を受信だけさ。それにハウンド次第の旅だ、きっちり横断しなければいけないという訳でもない。それに、その間の衣食住は我々が保証しよう」


 彼は内ポケットから出したカードを、ヒラヒラと上下に振ってみせた。


「それは?」


「組織傘下の店ならどこでも使えるカードだ。十万以下の買い物を何度でも無料で使えるから、君が行ってくれると約束してくれるなら、コレを君にあげよう」


 十万だなんて大金が何度でも使えるだなんて凄いな。彼の所属する組織は、どういうモノなのだろうか?


「それと、ハウンドを目的地まで連れてってくれたら、今後の君の人生を我が組織で全て養ってもらえるそうだ。仕事は組織傘下の企業で家も貰える。そのうえ、給料とは別に毎月三十万程支給される、至れり尽くせりだろう?」


 高校生の僕でも分かるほどの好条件だ。

 だけど、気がかりな事があった。


「僕の事を警察が捕まえに来るんじゃないですか?」


「それはないさ。上層部がもう手を回したみたいだからね、捜査上に君の名前が挙がる事はないさ」


「けど、知り合いや家族がさがすんじゃ?」


 自分から出たその言葉に、自分の事が嫌になる。僕にはもう知り合いも家族も居ない様ようなモノだというのに。

 誰かが心配してくれると、心のどこかで思っているのだろうか?


「大丈夫だよ、ショウゴ君」


「なんで、僕の名前を知っているんですか?」


 僕は、ここまで一度も彼に名前を名乗っていない。


「うちの組織の諜報部は優秀だからね。君がどういう人物かはもう分かっているよ、もちろん生い立ちや、学校内で日常的に起きていた出来事もね」


 その言い方に僕の本当の両親の事も、いじめれれていた事も知っているんだと、理解出来た。


「君のご家族の了解は、すでにもらっているよ」


 その手段はお金なんだろうなと、なんとなくだけど分かった。

 心配してくれる知り合いはほとんど居ないけど、ストレスのはけ口にしている家族が居なくなって心配する家族は居るかもしれないという薄氷のような望みも無くなった。所詮しょせん僕は、金で売り買いされる程度の存在でしかなかった。

 そんな怒りとも諦めとも違うおかしな感情の他に、新たな感情が湧き上がってくる。


「さぁ、どうする? やるのか、やらないのか?」


 その感情に身を任せる事にした。


「分かりました。僕は、ハウンドと行きます!」


 ただ、この僕の返答が正解だと信じて。


「分かった」


 シグナルは手に持ったカードを僕に手渡し、


「ありがとう。今日から君は我が企業『ガイアル』の一員だ。これからは同僚としてよろしく頼むよ、ショウゴ君」


 彼が組織の名を隠していたのは僕が了承しなかった時の保険だったのだろうと、その企業の名前を聞いて思い至った。

 それにしても、


「ガイアルって、あのガイアルですか?」


「さすがに聞いた事あるか。そう、複合企業ガイアルだよ」


 ガイアルと言えば、高校生の僕でも知ってる程に有名な世界規模の会社だ。

 もし、ガイアルがこの世界に無かったら世界人口は今の三分の二程しかなく、世界の八割が不況であってもおかしくないと言われる程、絶大的な影響力のある会社だ。

 今の父親もガイアル傘下の会社に勤めているし、僕の高校の建設とその運営にも関わっているいう話を聞いた事がある。


「なんでそんな大企業が、ハウンドソーサリーに興味があるんですか?」


「さあね? 私も一社員でしかないから、上層部が何故こだわるのかは知らないんだよ」


 よく聞くガイアルの都市伝説がある。

 ガイアルは裏で人体実験をしている。ガイアルは軍事企業で私設の軍隊を保持している。ガイアルは世界征服を目論んでいる。

 色んな噂はあるものの、あくまで噂だ。


「ああ、もしかして噂話を聞いた事があるか? 巨大化したネズミが都市の地下に住んでいて、その原因はガイアルにある、とか?」


「はい。もしかしたら、そういうオカルト的な関係かなと思ったりしたんですが」


「それはないよ」


 シグナルは言い切る。

 けど、なんとなく違和感を感じた。それ以上は聞くなという雰囲気を彼が出している気がした。


「さて。それじゃ、そろそろ出発してもらおうか」


 木に寄りかかっていたシグナルは、姿勢を正して言った。


「分かりました、とりあえずどこに向かえばいいんですか」


 彼はハウンドを指し示した。


「すべてはそいつが教えてくれるさ」


 そう言って、彼は背を向けて山を下りて行った。


(僕も行くか)


 ハウンドのコントロールルームに戻って、ステルス状態のままで立たせた。

 麓には街の光が輝いている。


(……あの辺りが学校かな?)


 学校の左側はあまり明るくなかった、住宅街の方だ。


(もういいか。ここで暮らした事は、もう……忘れよう)


 僕は街に背を向け、ハウンドを歩かせた。

 頬に水が伝うのを感じながら。

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