『教会』 2
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ガムラ・ノクトとの戦いから三週間、目的地を示す矢印はいまだに西を示すだけだった。
「まだ……着かないのか」
今いる国の名前は「シャルス」
この国の名前を知らない人は、この星には居ないだろう。二十年以上前までは凄く栄えた観光地だったそうだが、そんなことよりもある事で連日ニュースをしていた事を覚えている。
それはこの国の内紛だ。十年前に起きたテロ事件を発端にして口火を切られたソレは、シャルス国内の不満を顕在化させて、周辺国を巻き込み数年続いた。
けどそれも数年前までの話。今は強硬派を押さえた穏健派が国政を担ってる、そう授業で習った。
「けど、あまり復興はしていないみたいだな」
街中を避けて進むハウンドのモニターには、家と言えないようなガレキが散乱している様子を映している。こんな所でランドフォームを使う訳にもいかず、今はソーサリーモードに戻していた。
「本当に、戦争……だったんだな」
爆撃される街、崩れた家、報道の目の前で起きた爆発、飢餓で助けを乞う人々、そんな様子を画面越しに見てはいたけど、本当にその場に来るとなんというか、形容のしがたい寒気にも似た何かを感じる。
それと街に活気がないのも気になった。サイシンの時には、人々は慌ただしく動き働いていた。けど、この街で人影はほとんど見えない。
そんな事を考えていると、
「反応してる、そっちか」
建物の隙間から見える円形の広場のような場所が目的地みたいだ。操縦球をゆっくりとそちらに倒す、広場の周囲に人の姿は見えなかった。
とりあえず、万が一の為にマイクをつけておく。
目的地に到達すると同時に、ステルスを解除した。
『ハウンドソーサリー、オンライン。チャージカウント、スタート』
三度も聞くと、このアナウンスの事も解放されていく能力についてもあまり深く考える事もなくなっていると、その声を聴きながら思っていた。
※
「シスター・トリステス! 向かいの広場に、おかしな物が、突然!」
教会の掃除などを手伝ってくれているダニエルが、血相を変えて私の部屋を扉を乱暴に開けた。
「どうしたのですか?」
私は書き物をしていた手を止めて、彼の方を見た。
「おかしな物が!」
彼は、ひどく怯えた表情で先程と同じ事を繰り返すだけだった。
「落ち着きなさい、ダニエル。慌てて話をされても、私には分かりませんよ」
そう言うと、彼は大きく深呼吸をしてからこう言った。
「教会の広場の前に、大きなロボットが!」
私はそのロボットという言葉に、
「……また、来たのですね」
「何か言いましたか、シスター?」
私の独り言が聞こえたのか、不思議そうな顔をするダニエル。
「いえ、なんでもないわ。正面にいるのね?」
私はベールをつけ、部屋の外に向かおうとしたが、
「シスター、どこに行くつもりですか?」
ダニエルは扉の前に立ったまま、動こうとしてくれない。
「どいてください、ダニエル。私は、そのロボットと会わないといけないのです」
彼の頭を大きく振り、
「危険ですよ!」
「大丈夫です、話すだけですから」
「そんな。向こうが、攻撃してきたらどうするのですか!?」
「その時は……仕方がないです」
「けど! ゲリラの奴らも向かっているんですよ!」
私は、彼の肩を掴んでゆっくりと退かした。
「それを早く言いなさい! それでは、ますます止めに行かなくはいけないでしょう?」
私は早足で廊下を抜けて、教会のホールに出た。
「シスター……」
そこには、教会で預かっている子供達が数人集まっていた。
「シスター、お父さん達が……」
一番年上の少女、アリスがみんなを守るように全員の肩に手を回していた。
「ええ、分かっていますよ」
手前に居た、人一倍震えている金髪の少年の頭を撫でる。
「シャルルも。大丈夫だからね」
私の後をついて来ていたダニエルの方に顔を向ける、私の言いたいことが分かったのか彼は頷いた。
「では、出かけて来ますね」
私は出来るだけいつも通りに、教会の扉を開けた。
※
「なんなんだ、この人達!?」
ハウンドのステルスを解いた途端に、街の路地や家の中からハウンドに向けて銃撃が始まった。
「ハウンド、バリアON」
展開されたバリアは、銃弾をことごとく跳ね返している。
「撃て! 撃ち続けろ!」
ハウンドのバリアに阻まれて届かないと分かっているはずなのに、この人達は一向に攻撃の手を緩めない。
『こちらは危害を加えるつもりはない。攻撃を止めてくれ』
外部スピーカーから、僕の声を加工した音声が流れる。
「敵の言葉に騙されるな!」
「分かっている!」
そんな声が、何処かから聞こえてきた。
カン! と、ハウンドの装甲に何かが当たった音がした。
「なんだ!?」
攻撃の来た方向に視線を向ける、そこには狙撃銃を持った男性がいた。たぶん、弾丸の先端が細いので突き破れたのだろう。とはいえ、ハウンドの装甲に傷をつける事は無さそうだった。
「アレだ! アレを使え!」
そう男性が叫んだと同時に、視界の端に何かが飛んできたのが見えた。それは、四角い箱の形をしていた。そして、その箱は爆発した。
黒煙がハウンドの視界を塞ぐが、それだけだった。
「くそッ! 効いてねぇぞ!」
「どうすんだよ!?」
そんな声が路地から聞こえる。
「いいから、撃ち続けるんだよ!?」
悲鳴にも似たその声が聞こえた時。
「止めなさい!」
大きな声が広場全体に響いた、それはハウンドの横に建っている大きな建物から出てきた、黒いフードを被っている女性の声だった。
「シ……シスターだ。シスター・トリステスだ。撃つな! 撃つんじゃない!」
射撃中止、と広場全体に男の声が響く。新たな爆弾の準備をしていた人はゆっくりと路地に戻っていく、こちらを狙っていた狙撃者はそのスコープをこちらに向けるのを止めた。
「シスター! 何故、教会から出てきた!」
撃つなと叫んだリーダーのような男性の声が、出てきた女性に質問する。
「そのロボットは、軍の者ではありません」
「なんでそんな事が分かるんだ!」
彼女は、おもむろに腰を曲げ、
「私を、信じてはいただけないでしょうか?」
そう言いながら、頭を下げた。
「……分かった。みんな、ソイツに手を出すな」
「いいんですか!?」
「いい! シスターが言ってるんだ。ほら! すぐに弾薬の補充をするんだ、ヤツラはいつ我々の場所を見つけるか分からないんだぞ!」
はい! と、複数の声がしてあちこちの路地から人が飛び出してくる。その人達は足早に行ったり来たりを繰り返していた、時々こちらを睨むように見ながら。
「すみません」
ハウンドの装甲が微弱な衝撃を伝える、足元に目をやると先程の女性がハウンドをノックしていた。
「少しだけお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
三十代位の綺麗な顔立ちをしたその人は、
「ハウンドソーサリーのパイロットさん」
ハウンドの事を知っているようだった。




