『北の洞窟』 6
ヌールの光は、ガムラ・ノクトの右腕とコクピットの一部を破壊した。ガムラ・ノクトの損傷した個所から。バチバチと閃光が走る。
――ピー!!
ガムラ・ノクトの予知が、今までにない程の音で鳴り響く。
「ふふ」
ガムラ・ノクトの右腕から、大太刀が落ちる。
「ふはははは」
ガムラ・ノクトはゆっくりとこちらを向く、装甲が壊れた所から中に座っている男の姿が写った。
「楽しい! 楽しいぞ、ハウンドのパイロット! ここまで、俺に傷を負わせた者はお前だけだ!」
その男の左半身から、血が止めどなく流れている。
「お前、名前はなんだ?」
「え?」
「名前を聞いているんだ。これから殺し合いをする男の名を」
「ショ、ショウゴです」
「そうか、ショウゴか」
ガムラ・ノクトは残った左腕で大太刀を掴む。
「良かった、名を聞けて」
その大太刀を片手で構える。
「嬉しいな、ショウゴ! お前のような男と戦えた事、これが俺の生きてきた意味!」
たぶん、ガムラ・ノクトはこのまま時間が経てば爆発してしまうだろう。僕は、このまま逃げていればいいのだろう。
けど、彼は逃がしてくれそうもなかった。
「構えろ、ショウゴ」
杖を持ち上げる。
「行くぞ!」
大きく持ち上げられた大太刀は、頭を一直線に切り裂こうとする。
「させない!」
杖で弾く、ギリギリとぶつかり合う音がする。回避しようとするが、背後は壁で動きようがない。
「この……!」
左足を上げ、蹴り胴体を当てようとしたが、
「甘い!」
一歩退かれ回避される、だけどそう来るだろうと予想はしていた。上げた足は、途中で止めてすぐさまに戻す。
「ふん、いい動きだ!」
今度は左。
「まだだ!」
杖を使って、弾き返す。
「ホラホラ!!」
多数の方向から何度も何度も剣が飛んでくる、ギリギリで会わせているがそろそろ限界だ。
(まだか!?)
長い時間ハウンドで戦闘していた事で、溜まっていた疲労が出てきた。目がかすみ、指の力が弱くなり操縦球を操作するのが辛い。
「でも!」
ここで気を抜いたら、死ぬ!
「どうした? 反撃しないのか?」
「してみせるさ」
「そうか」
そう言うと、彼は鼻で軽く笑った。
「なんで笑ってるんだ」
「さっきまでは殺す気がなかったというのに、今はこちらを殺そうとしているのが予知を通してはっきりと分かるのでな」
――ピピピピピ!
警戒音が鳴っている事今までに気づかなかった、確かに音は止まることなく鳴り続けていた。
「俺は嬉しいぞ。その理由が自分の命を守る事だとしても、本気で戦ってくれていることが!」
本気で、か。
生きる為に仕方なく戦っているとはいえども、高揚感を感じているのも事実だった。
「勝手に言ってて下さい!」
激しい攻防を何度も繰り返す、横薙ぎを受け流し、袈裟斬り受け止め押し返す。
あの攻撃を待ちながらも、必死に耐える。
「これならどうだ!」
ガムラ・ノクトは、深くしゃがみこむとその反動を生かして下から上に打ち上げて来る!
「クッ!?」
間一髪、杖を下に向け致命傷だけは防げたが、胸部装甲の一部が切り落とされ杖を持った手が上に上がる。
胴体、つまりコクピットが無防備になってしまう。
「これで、終わりだ―!!」
ガムラ・ノクトは剣の先端を真っ直ぐに胸部の中心に合わせ、そのまま一直線に突撃してくる。
「まだだァー!」
この行動、突きをしてくるまで待っていた。
「ヌール!!」
――ピピピピピ!
ガムラ・ノクトの姿勢は深く沈みこんで真っ直ぐこちらに向かっている。
それに対して、こちらは操縦球を動かし回避行動をする。ただし、杖を持つ腕だけは向かってくる敵に向けたままで。右腕の残った部分を大太刀が貫き、ハウンドを壁に固定する。
ハウンドの伸ばされた左腕に握られた杖から光が溢れる。その光は真っ直ぐに進み、目前に迫っていたガムラ・ノクトの胸部にぶつかり激しい発光をした。
光は一瞬にして洞窟内に広がり、瞬く間に消えていった。
「ハァ……ハァ……」
僕はまだ息をしていた。
「ウウ……」
呻き声が聞こえてくる。
モニターには、大きく穴の開いたガムラ・ノクトの姿が写されていた。
「いい、戦いだった……」
ゴフ、と何かを吐き出した音がスピーカー越しに聞こえる。
「はあ、満喫できた……」
彼は、何度も咳き込んでいる。
「あの……!」
「気にする事じゃない……お前は、当然の事をしただけだ……」
外から見る損傷から見て、彼は下半身から下の全てが消失しているはずだ。それなのに彼はまだ会話している、もう精神力だけで生きているのだろう。
「はぁ……最後にショウゴのような奴と戦えて、良かった……」
穴の開いた胴体からバチバチと火花が漏れる。
「……ハウンド、バリアON」
バリアがハウンドを包むと同時にガムラ・ノクトが爆発し、細かな部品と爆風がハウンドを襲った。
※
「ハウンド、状況は?」
『右碗部損壊、胸部装甲一部損傷、可動部にも影響が見られます』
「モニターが黒い理由は?」
『外部から何かで塞がれている模様です』
「何かっていうの?」
『土や石です』
たぶん、爆発の影響で埋もれてしまったのだろう。
「ヌールだ」
体は動かせそうになかったけど、左腕は少し上向きのまま埋まっているようだった。光線が地面の中を突き進み、地表を向け空に飛んで行ったのがモニターの情報から分かった
「よし。少し、動けるな」
ハウンドの体を揺らす様に動かすと自然に崩れてきた。これを何度か繰り返せば出られそうだと、複数回しているとようやく辺りの景色が見えてきた。
「ハウンド、損傷の修復までどの位の期間が必要なんだ?」
『装甲、可動部は一日。碗部は固定したままで数日を必要とします』
(固定が必要って事は移動できなくなるのか、それは困るな)
早く移動したいという事もあったけど、何よりも早くここから離れて行きたかった。あんな爆発のあった後だ、また別の敵がやって来てしまうとこちらの勝ちは目は無いだろう。
そう考えながらも何度かヌールを放ち、体を動かすと肩の部分まで地上に出せた。
「辺りに人は……よし、いないな」
また数回同じ事を繰り返すと、ようやく腕の全てと腰の辺りまで露出出来た。ここまで来たら、後は無理矢理に……!
ボコッ、という音を立てて片足が抜けた。同じ要領で、反対側の足も抜きようやく脱出出来た。
「よし。後は腕を掘り出さないと」
ハウンドの腰を曲げ、片膝をついた時に通信機が受信を告げる。相手は、メセクテトのようだ。
「ショウゴ君、聞こえているかな?」
ソーマの声だ。
「はい、大丈夫です」
「それなら良かった。こちらの観測機で、君の周囲に激しい爆発が起こったって感知されてね。何が起きたんだい?」
「それは……」
僕はガムラ・ノクトとの戦いの顛末を掻い摘んで説明をした。
「そうか。とりあえず、目的は達成できたんだね?」
「ええ」
「それに敵も倒せたと。なら、今そこは安全かい?」
改めて周囲を見回す。ステルスはもう起動しているので、見つかる危険性もない。
「大丈夫、みたいです」
「そう。それならば、ショウゴ君は失った腕を掘り出していてくれないか? 腕の固定はメセクテトのメカニックに任せてくれ」
「本当ですか?」
「ああ。そういう事をバックアップするのが、メセクテトの仕事だからね」
「お願いします」
「ああ、待っていてくれよ」
その言葉を合図に、通信機が切れた。
「じゃあ、回収しますか」
腕を掘り終えたと同時、まるでタイミングを計ったかの様にメセクテトが到着した。