『北の洞窟』 5
「ヌール!」
洞窟内に閃光が走る、奇襲のようになってしまうのは心苦しいが、僕の旅を続ける為にも仕方なかった。
けど。
――ピピピピピ!
「うらァ!」
ガムラ・ノクトは警戒音を鳴らしながら、右に軽くかわす。そして、そのまま大太刀に向かって走り込んできた。
「もう一度。ヌール!」
――ピピピピピ!
今度は左に。
ガムラ・ノクトの騎士のような出で立ちから想像が出来ない程の機敏性だ。もしかしたら、あの動きはロボットの性能ではなく、ブルクというパイロットの力量なのかもしれない。
ガムラ・ノクトは突き刺さった大太刀の前に立ち、ガシっとソレを引き抜こうとした。
だけどそれは、一番隙の出来る行動だ。僕は真っ直ぐに杖の先端をガムラ・ノクトの地面に向ける。
「ヌール!」
光がガムラ・ノクトの足元、大太刀との間に放出する!
――ピピピ!
光が大太刀の刀身に反射し、その光を広い範囲に拡散させた。
「グッ!? 目が!」
ヌールは光線を中心にして、その周囲に光を拡散していく性質の物だ。敵を射抜くのは、光線部分を相手に当てないといけない。
つまり今の攻撃は相手を破壊する為ではなく目を眩ますだけの為の物だったのだけど、その目論見はバッチリ当たった様だ。
「ヌール!」
今度こそ攻撃として放つ、目的は刀を掴んでいる右腕。片腕さえ封じてしまえば、あの大太刀を軽く振るう事も出来なくなるんじゃないかと思っての事だったのだけど、
――ピピピピピ!
「ウォォ!!」
ガムラ・ノクトは握った剣を乱暴に引き抜き、その刀身でおもむろにヌールにを縦方向に切り裂く様に構えた。
キーン!
「ッ!」
強烈な耳鳴りのような音がした、それはヌールの光線を大太刀で切り裂いた空気の音だった。真っ二つに切り裂かれたヌールは、光すら霧散して空気中に溶けていってしまう。
「目眩ましまでは妙案だったけどな、その後に何故わざわざ腕を狙った?」
大太刀に付いた何かを振り落とすかのように、ザッと右腕を払って両腕で保持し直す。
「それは遠慮か? それとも、ただの自己満足か?」
彼の声には、今まであった愉悦は消えていた。
「頭を狙って予知を出来なくする。足を狙って動けなくする。天井に向けて生き埋めにする。もしくは、胴体を貫く。そのどれでも、ガムラ・ノクトの動きを止めるには効果があっただろう。特に、コクピットのある胴体は」
知っていた。
レーダーで見た時に、胸部の部分の一部だけ温度が少し低かった。そして、それは人の形をはっきりと表していた。
「しかし、お前はその方法のどれも採らなかった。何故だ?」
「それは……」
「殺すのが、怖いのか? 人を。俺を」
怖い、そう怖いんだ。僕はあの憎い男を殺した、けどそれは殺されるかもしれなかったから。だから、やれた。けど、目の前の彼には何の恨みも無い。
そんな彼を殺す事なんて、出来ない。
「ならば、死ね。ただただ惨めで、虚しく死ね。お前は、俺の望みすら叶えられないでくの坊だ。そんな奴に、私は用がない」
ガムラ・ノクトは真っ直ぐにこちらに走り込んで、斜め上からその剣を振り下ろす!
「躱すっ!」
急いでハウンドを後退させる。
「甘いぞ!」
一歩踏み込んでくる。そして、再度引かれた大太刀はハウンドのコクピットがある胴体を横薙ぎにしようと向かってきた。
ハウンドを動かして回避するの難しかった。それにガムラ・ノクトの攻撃で右手の可動域はいつもよりも狭くなっていて、ヘカを右手に移動させて防ぐことも難しそうだ。
なら、右腕は捨てるしかない!
「クソッ!」
左手のヘカを右わき腹に持っていく。ガキンという音が鳴り、刀身を受け止める事が出来た。
右腕の関節から下が、ゴトンと音を立てて地面に落ちた。
「ふー、ふー!」
自然に昇る頭の血を、息を吐き出す事によって鎮めようと試みるが、何度しても息が浅くなってしまう。
その間にガムラ・ノクトは剣を一旦引き、再度構えを直していた。
「腕を犠牲にしてでも耐えたか、いい判断だ。自分の身を守る為とはいえ、そんな事は出来るもんじゃない。やはり、お前には人を殺す才能があるな。俺と、同じように!」
今度は突きだ、スッと伸びてくる切っ先を一歩動いてかわす。
「そう動くのは、分かっている!」
素早く引かれた剣が、再度伸びてくる。
「そらァ!」
三度、四度と繰り返される攻撃をかわし、時には杖で軌道を逸らす。
「クッ!?」
ガムラ・ノクトの攻撃は重く、ハウンドの手が弾き飛ばされる。
「これで、終いだぁ!」
背中に何かが接触する、壁だ。
「ハウンド、バリアON!」
ハウンドのバリアが展開される、しかしそれもハウンドを守る事もなく直ぐに消えてしまう。
それだけで良かった、その一瞬の隙があれば!
バリアを張るのとほぼ同時に、操縦球を右に大きく動かす。
ザクッ!
「なんだと!?」
ガムラ・ノクトの大太刀は、僕の思惑通りハウンドのコクピットを貫かなかった。その代わり、壁の土に深々と突き刺さっている。何度も突きを避けている時に、背後の壁が近づいているのを確認し、とっさの判断でやった事だったのだけど、上手くいって良かった。土を貫ける程のモノだというのは、さっき地面に刺した事で確認できていたのが良かった。
ガムラ・ノクトに、杖を向ける。
(足、腕、頭。どこを、撃てば……)
一瞬の逡巡、まるでその隙を待っていたかのようにブルク・ドラグノフは咆哮した。
「ウオォォ!!」
突き刺さった大太刀を横にし、無理矢理に壁を切り裂いて大きな弧を描きながらこちらに向かって反転してくる。
「ヌール!!」
――ピピピピピ!
ヌールの光が、再度洞窟の中に光った。




