『北の洞窟』 4
※
後ろに威圧感を感じながら通路を進む。
サイシンの時とはまた違う、命のやりとりをしていると感じれる状況。出来るだけ油断をしないようにしないと、それだけで隙を突かれてしまいそうだ。
無意識に、操縦球を握る手のひらに力がこもってしまう。
――ピー!
真後ろから響いた音に、足を止めてしまう。
「おいおい、緊張しすぎだ。そんなんじゃ、直ぐに決着がついてしまうだろ?」
ちょっとした事でも反応する、ガムラ・ノクトの予知。
これは、思った以上に対応が難しいかもしれない。
「す、すみません」
「気にするな、新米なら良くある事だ。だがそれは、誤操作を招くからな」
なんと言えばいいのか、今の状況は凄くやりづらい。サイシンでの戦いは、ハウンドを憎んでいる相手だったからこそこちらも生き延びる為に反撃も出来た。
けど、今はそうじゃない。相手はこちらに対しての悪意のようなモノを見せずに、ただ単純に戦おうと言ってくる。
そんな人を相手に、僕はどう対せばいいのだろうか?
「それで? その場所ってのは、あとどの位で着くんだ?」
「もう、少しのはずです」
「そうか」
と、鼻歌を歌い始めた。
「……陽気、ですね」
「ん? ああ、まあな」
「これから……僕と戦って、死ぬかもしれないっていうのに」
「そうだな」
「怖く、ないんですか?」
「怖い? 何がだ?」
「死ぬ事か、別に何とも思わないな。殺し合っている時の高揚感に勝るモノは何も無いと思っているからな」
「そんな……」
「そんなって、そこまで不思議な事か? お前にも、命よりも大事な物ってあるだろ?」
命より大事な物……。
僕の大事な物って、なんだろう?
いじめられていた時、僕の命はどんな人よりも低く、どんな物よりも安い、そう思っていたし、今もそう思っている。
だから、今の僕が欲しいのは過去の自分知る人のいないどこかに行く事だけ。
今の僕のままでは、どんな物も好きになる事なんてないんだろう。
「ん、どうした?」
「いえ……」
「もしかして無いのか?」
「……どうなんでしょうかね?」
「……そうか。なら、俺と同じだな。いや、昔の俺と、か」
返す言葉が無かった。
「昔の俺は誰にも相手にされず、ただひたすら人から疎外され続けた。そんな俺に、手を差し伸べてくれた人がいたんだ。彼は軍人でな、自分の部隊の一員にならないかって。練習は過酷で、仲間の中には死んだ者もたくさん居た」
彼は、まるで幸せな話のように語る。
「けど、そこであった最終試験が良くてな。同期の仲間全員で殺し合ったんだ、総勢十人。ジョン、マリー、クラウス、ケビン、コージ、リール、ロン、ギリアム、アラン、ヤコフ。自分が死なない為に仲間を撃つ。最初は躊躇ったさ、けどなマリーを撃ってからはどうでも良くなった。俺が撃った事が引き金になって、飛び交う銃弾と悲鳴。最高だった、ひとりまたひとりと撃つたびに、自分の命が重要に思えてな」
「それなのに、戦うんですか?」
「だからこそだ。一秒でも長く殺し合うのには、自分が生きていないといけないだろ?」
狂ってる。
「おかしいと思ってる? けどな、お前だって誰かを本気で殺したいと思った事くらいはあるんじゃないか?」
ニヤつきながら僕の名前を呼ぶ顔が浮かぶ。
「ソイツを殴って殴って殴って殴って、顔がぼこぼこになるほど殴って。腹に穴が開こうが、ひたすら撃って撃って打ち続けて。溺れさせて、燃やして、息をできなくして。そんな、想像をした事はないのかい?」
(ショウゴ君?)
「もしくは、そのハウンドで追い詰めて追い詰めて追い詰めて。まるで地獄のような責め苦を与えて殺したい。そんな事を思った事があるんじゃないのか?」
左手に固い肉を掴んだような感触を覚える。それは、人の顔をして、ずっと僕の名を呼んで。僕の想像であるはずなのに、やけにリアルでまるで僕そのものがハウンドになっているかのように感じた。僕はその肉の塊を。
「ウッ……!」
吐き気がこみ上げてくるのを、無理矢理に抑えた。
「フッ。俺が、わざわざ言う事もなかったな」
「……どういう、意味?」
「お前も、俺と同じだって話だ」
僕が、彼と同じ。
そう……なのかもしれない。
「まあ、気にする事じゃない。そのうち慣れる」
慣れる。
そうすれば、この気持ち悪さは消えるのだろうか。
「あ」
「どうした?」
「着きました」
確かにそこはハウンドの落ちた場所だった。
「どれ? 少し手狭な感じはあるが、いいだろう。ソイツは真中にでも刺しておいてくれ」
僕は指差された大太刀を、中心部分に突き刺す。
「その杖は、そのままでいい。多少のハンデだ」
そう言いながら、楕円形の洞窟の端に移動する。
「ん? 少し石が多いな、まあこういうのがあった方が面白いか。ほら、ハウンドの。反対側に立つんだ」
そう言って指を指す、ハウンドが落ちた所だ。
「よし。それじゃ、みっつ数えたら開始だ。いいか?」
「……本当にやるんですか?」
「もちろん」
「……分かりました」
この人とは、あまり戦いたくない。
何かうすら寒い怖さを感じているのもあるけど、単純に正々堂々とした態度を嫌いになれないというのもあった。
彼は、今まで僕の会ってきた人の中で一番真っ直ぐな人だ。
「お前に、俺を敵だと思えなんて言ってところでどうにもならないだろうが、本気を出してくれる事を願っているよ」
ガムラ・ノクトが腕を上げ、構えのようなポーズをとる。
「3、2、1……」
僕は操縦球を強く握りしめる。
「行くぞォォォ!」
ガムラ・ノクトは、一直線にこちらへ向かって走り出した。




