『北の洞窟』 3
「殺し合う……?」
そんな事を喜々として語る、この男が何を考えているのか分からなかった。
「ああ、そうだ! それこそが、俺の喜び! そして、生きる意味だ!」
そう言って、手に持ったものを横に振るい空を切って見せる。
「刀……!?」
ドリルの先端のを飛ばして現れたモノは、大太刀という代物なのだろう。異様に大きく長い刀身、その長さは、槍の時とほとんど変わっていなかった。
「ああ、これがガムラ・ノクトの唯一の武器。名はないが、俺の命を預けるに一番の代物だ」
ガムラ・ノクト。それが、あのロボットの名前か。
「あの槍の形態は、あまり好まなくてな。わざわざこの剣を隠すだなんて、邪魔な鞘だ。そんなモノは、殺し合いに邪魔な入口と共に消え去ってしまえばいい」
道理で投擲されたドリルはこちらを狙ったモノだと、センサーが警告を出さなかった訳だ。
それにしても、まだガムラ・ノクトには分からない事がある。こちらのステルスを見破った謎のチカラ、あれはこちらを捉えている訳ではなかったが、その動きはこちらの行動を予見しているような。
予見? もしかすると。
(試してみるか、けど……)
表示されている地図を見る。それには洞窟内の地図はなかったが、地上にナニがあるかははっきりと記されていた。
町だ。
その真下を通っている洞窟がここだ。つまりここで暴れて、崩落でもしたら僕とガムラ・ノクトのパイロットだけでなく、上の町に住むに被害が出る。
無関係の人達が、死ぬ。
(試すのは、場所を変えてからだ)
ハウンドが初めに落ちた場所は街の外れだ。あそこまでこいつを連れていければ、町に被害は無いはずだ。けど、どうやってそこまで行けばいいんだ?
「さて、そろそろ始めようか? 狗神のパイロット!」
警戒音がコクピットノ中に響く、真っ直ぐに突きを繰り出してくる。
「右だ!」
ハウンドを右に逃がす。
「このブルク・ドラグノフの駆るガムラ・ノクトの攻撃、そう何度も躱せるか!」
大太刀を持った右手を回避したが、今度は左の拳がハウンドに迫る。
「こんなところで暴れたら、どうなるかくらい考えろよ!」
その拳をハウンドの右腕で封じ込める、それと同時にハウンドのステルスを切った。
「さすがに素人だな! 胴体が、ガラ空きだ!」
いつの間にか再度引かれていた大太刀は、ハウンドを狙い再度接近していた。
「ヘカよ!」
左の手に杖が現れる、丸みを帯びた先端で迫る刃をいなす様に当てる。杖と大太刀が接触してガキッ! っと大きな音が洞窟内に響く。
向こうが、真っ直ぐ狙っていると分かるからこそ出来た芸当だ。
「やめろ! この上には町があるんだ!」
再度ハウンドに向かっていた剣先がピタリと止まり、そのまま構えの動きに移行した。
「そうだな」
「そうだなって、知っていたのか!?」
「それはそうだ。あの町は、俺の生まれた場所だからな」
「なッ……!?」
生まれた町!? それなのに、コイツはその町に影響が出るような所で平気で戦っていたっていうのか?
「……そんなに不思議な事かね? 君が何歳かは分からないが、大なり小なり住んでいる所や、その境遇に嫌悪感や恨みなんてものは、誰にでもあるのではないか?」
それは。
それは確かにそうだ、そんな事は誰よりも僕自身が理解している事だ。
「生まれた環境、育った環境、金、名誉、知能、女。そんな物が、あの場所だけで完結し、それが最善だと言い聞かされ、そのまま従ってしまった過去。そして、その過去を捨てて今を生きている俺には、あんな場所はもう要らないんだ。単なるゴミだよ、そんな物の為に、今の楽しみを邪魔されてしまうだなんて無意味だろ?」
彼のいう事、僕にも分かる。
あの街に今からミサイルが降ってくると告げられ、僕にそれを防ぐ力があると言われても、僕はそれを守る為に行動するのだろうか?
たぶん、ないだろう。
「しかし……」
僕の淀んだ感情を遮るように、彼は話を続けた。
「そんな事でも、君が本気を出せないのだというのならば仕方ない。ほかの場所にでも、移動しようか?」
この洞窟内でな、と付けくわえた。
「……正々堂々、ですか?」
「フッ。そんなんじゃない、ただ単に全力のハウンドと殺し合いをしたいだけだ。その為になら、多少の苦労は厭わないってだけさ」
僕は奥に広い場所がある事を話した、「先導してくれ」と先に進むように促された。
「不安か? 安心しろ。後ろから襲うだなんて、そんな野暮な事はしないさ。それに、機会ならばいくらでもあっただろう?」
確かにその通りだ。けど、本当に信用できるのだろうか?
「まだ信用できないか。その猜疑心、まるで昔の自分を見ているようだな、まあいい。それならば、もうひとつ。大太刀を持っておいてくれ、それならば多少は安心できるだろ? それと、ガムラ・ノクトの武器はそれだけだ。それと……」
持っていた武器を地面に刺し、頭についている赤い部分を指差す。
「コレ。こいつは未来を予知出来る装置でな、映像が見えるとかではないが、対象がこちらの行動に反する事をしたら反応する様になっているんだ」
やっぱり、こちらの行動がバレていたのか。
赤外線センサーなどの見えている物ならば、当たったかどうかなんて一目瞭然のはずだ。見えないのにこちらの事が分かるだなんて、こちらの行動を視覚以外の何かで察知しているとしか思えなかった。
けど、予知か。
そんな物が存在するんだな、そう一瞬思ったが、よくよく考えるとハウンドの杖だってどこから出てきているのか分からないし、ハウンド存在自体がそうだ。
こんなロボットが存在しているなんて事そのものが夢物語だ、それを思うと予知なんてものはさほど問題ではないのかもしれない。
「そこまで、言ってしまっていいんですか?」
これから……殺し合うというのに。
「その程度なんともないさ。こちらはプロだ、言うべき所というのは心得ているさ」
つまり言ってない所もある、って事なのだろう。
「ほら、ソイツを持ちな」
と、刀を指差す。
僕はハウンドの開いた腕で、その刀を持ち上げた。
「ん……!」
異様に重い。長いからというのもあるのだろうけど、それだけではなさそうだ。
なんというか、この刀は切るというよりも振り回して壊す、鈍器のようなものなのだろう。
真上から振り下ろされるような攻撃が一番怖そうだ、警戒しないといけないな。
「どうした?」
「あ、いや」
「さあ、行こうか」