『北の洞窟』 2
※
「これは……登れないな……」
ハウンドに上を向かせると大きな穴が開いている、小さな湖がすっぽりと収まる程の大きさはありそうだった。
こんな高さを落ちたのに怪我が無いのは、ハウンドのコクピット構造のおかげだった。
「ハウンド、どこか損傷しているか?」
『損傷個所は認められません』
良かった、これならすぐに移動できそうだ。
ハウンドの移動法である「ゼロステップ」は、常に稼働を続ける。立っている所が無くなっても有効で、落下しようと軟着陸が出来て、常時浮いている状態でいられるようになっている。
そのおかげで、軟着地が出来て損傷が無かったのだろう。
「さてと」
辺りを見回す、そこはハウンドが立って歩いても問題のないほど広い円形の空間で、左の方に道のような穴が開いていた。
「ここは洞窟みたいだ」
壁を登る事も出来ないので、必然進む方向は穴の方にしかなかったのだけど、その前に確認しておきたい事があった。
「ハウンド、ランドフォーム」
コクピットの中にゴウンゴウンと、駆動音が響き始める。ハウンドの視線が急激に低くなる。
それと同時に手のひらが中指を起点にして折りたたまれる、足も同様に真中から割れ、まるで四足歩行の動物の様に変わる。首が正面に向き、全ての工程が完成した。
ランドモード。これは走るための特化したモードで、その姿はハウンド=狩猟犬そのものの姿をしているだろう。
ただ、このランドフォームには欠点がある。
「やっぱり、ここだと危ないな」
ガラガラと足元の石が鳴る。ランドフォームでは、移動速度の上昇の為にゼロステップは発動できない。
それと、ステルスの方も速度維持の為に使用できなくなってしまう。
平地だとこれでいいけど、この洞窟の中で走らせるには少し危なさそうだ。この辺りの壁が土なので、振動で崩れて埋もれてしまうこかもしれない。
「ハウンド、ソーサリーモード」
再度コクピットの中に音が響き、視線が上がっていく。それと同時に、ゼロステップが起動して少し浮かび上がった。
モニターの地図に目をやる。しかし、ハウンドの地図は地下までは表示していない。
「PDAの方は……駄目だ。圏外になってる」
いくらガイアル社製のPDAとはいえ、地下で電波を拾えるようには出来ていないようだ。
(どちらにしろ進める方向はひとつしかないんだ)
操縦球をそちらに向けた。
※
穴を進んでいくと、来た道が分かれている事が何度もあった。
まるで葉の先端から葉脈が茎に向かって行くように、その道もまっすぐに何処かへ進んでいるようだった。
それを幾度か繰り返した後、通路ではなく落ちてきたところと同じ様な広い空間に出た。その先にある穴から光が漏れている。
けど、その光で僕の気持ちは落ち着くどころか、早鐘を打つかのように心臓の高鳴りと異様な緊張を感じていた。
漏れる光の中に立つ大きな影が、そこにはあった。
『出口で待っていた甲斐があったな』
その外部スピーカーから聞こえた声は、笑っている気がした。
『俺と殺し合いをしてもらうぞ、ハウンドソーサリー!!』
影の中から出てきたその影は、まるで横に大きくした西洋甲冑のようなフォルムをした青色のロボットだった。その右手には、ドリルのような先端のついた槍のような物を持っていた。
その影は、こちらに向かって真っ直ぐ激突するかのように突っ込んでくる。
『ウォー!!』
急いで操縦球を後ろに引いてパックする、ハウンドを狙った突きはハウンドを逸れて横壁を抉る。
『外したか』
「ハウンド、ステルスON!」
敵は近接戦闘用に見えたので、一旦距離を取る為にステルスを使って来た道を一気に後退した。
『逃げるのか!』
(当たり前だ、ここで死ぬ訳にはいかないんだから!)
来た道をそのまま戻るのではなく、何度か別の道を進んでいく。これで攪乱になるかは分からないけど、何もしないよりはいいだろう。
「ハウンド、レーダー発動。透視、センサーON」
壁が透けて見える、入口の方からさっきのヤツがゆっくりと進んできている。
けど、そのルートはこちらの方角ではない。
「よし。このまま進めば、鉢合わせする事もなさそうだ」
向こうの動きを見る限り、こちらのステルスを破れる程の能力は無いみたいだ。
それなら、こちらが出口に向かって行ってもバレる事は無いだろうと、操縦球を前に倒す。ゆっくりと進むハウンド、向こうとの距離は徐々に縮まる。息が荒くなる、追われる側の気分はいいものじゃない。
『どこにいる?』
ロボットの足音とさっきの男の声が、トンネルのような通路に響く。
ゆっくりと壁越しに近づく、敵との距離。
――ピー! ピー!
それが一直線になった瞬間、洞窟の中に警戒音のようなものが鳴り響いた。
『そこか!?』
巨大な鎧の額にある赤い光点がこちらを向く、その右手に持った槍を両手で保持する。先端の部分が急激に回転を始めた。
『ウォォォ!』
地から響くような声で威圧する様に叫び、真っ直ぐにこちらに突撃してくる、まるで間にある壁など気にも留める程の物でも無いように。
「マズい……!」
急いで操縦球を操作し、ハウンドを左に逃がす。
そこへ壁を突き破って出てくる青いロボット、その一撃はさっきまでハウンドの居た所を深く穿っていた。
『はずしたか』
ヤツはキョロキョロと辺りを見回す。それはそうだ、今のハウンドは向こうには見えていない。つまり、このまま入口に向かっても見つかる事は無い。それに、入口まで思ったより近くに来ている。このままハウンドを向かわせたら、あいつに気づかれずに脱出できるはずだ。
目線はそちらに向けたまま、後ずさる為に操縦球を引く。
――ピー! ピー!
その音と同時に、敵の視線はこちらを向いた。
『身を隠しても、こちらからは筒抜けだ!』
手に持った武器を横薙ぎしてくる。それ自体がこちらに当たる事はなかったのだけど、ヤツが通ってきた通路の壁にドリルが当たる。
ゴゴゴゴ。
地面、というか洞窟全体が震えている。さっき開けた大穴に、追い打ちをかけるようにやられた横薙ぎで崩れかけているようだ。
急いで操縦球を引き、その場から急いで逃げる。
――ピー! ピー!
『逃がさないと、言っているんだ!!』
その動きは、見えないはずのこちらをしっかりと捉えているかのように、まっすぐに槍を突いて来る。
「なんで見えるんだッ!?」
急いで操縦球を操作するが、向こうの動きの方が早い。
ベキベキ!
逃げ遅れたハウンドの肩と上腕部に槍の先端が当たっている、コクピット内に損傷を告げるけたたましい音が響く。
唯一の朗報は、その槍が突き刺さったままでない事だ。そんな事になっていたら、そのまま振り回されてやられている。ハウンドはパワーが強い訳ではない、ハウンドより二回り程大きいこの敵と力比べをしても、こちらに勝ち目はひとつもない。
『当たったみたいだな』
今の口ぶりだとこちらの事は見えていないのは間違いなかった、ならどうしてこうも当てる事が出来るのか、それだけが分からない。
『そろそろ姿を見せたらどうだ? 見えない奴をひたすらなぶり殺しにするなんて、そんな趣味はないんだ』
挑発、なのだろう。なら、こちらのする事は向こうの策に乗らない事だ。
そう思い、僕はまた操縦球を下げる。
――ピー! ピー!
また、あの音だ。
『まったく、何度逃げれば気が済むんだ』
もうバレてるだって!?
『まあいい。それならば、出口まで行けばいいさ』
その言葉を最後に、向こうは一切こちらに手を出す事はなく、ハウンドの後を少し遅れてついて来るだけだった。
それが威圧感となって迫る、操縦球がヌルヌルと気持ちが悪い。
「見えた……!」
後ろ向きに移動するその方向に光が見える、それは目の前のヤツが立って待ち構えていた所だ。
「ここからなら!」
ハウンドは一瞬で後ろに振り返ると同時に、全速力で走り光の向こうに身を乗り出そうとグングン加速する
――ピー!!
大きな空洞に出たハウンドの顔の横を何かが煌めきながら越していった。
ドガン!!
後ろから飛んできたソレは、槍の先端についていたドリルの部分。それが、入口の天井部分に深々と突き刺さっていた。
『回れ!』
ガリガリと突き刺さったドリルが回転を始め、地面が音を立て細かな振動を起こしている。
ガラガラ!!
ドリルは土の中に消え、入口から洩れる光は消えた。
『ふん。これで逃げるなんて考えは消えるだろう』
ゆっくりとハウンドは振り返る。
「あなたは、何をするんですか!?」
目の前の敵に伝わるように、外部スピーカーをつけた。
「ようやく答えたな」
「あなたは、入口を塞ぐだなんて。これじゃあ、あなたも逃げられないじゃないですか!? そんな事も、分からないんですか!?」
怒りのままに吐き出した僕の言葉に、そのパイロットはただ冷静に。
「知っているさ。そんな事よりも、殺し合おうじゃないか!」
そう、嬉しそうに叫んだ。




