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第1話


 雨がざあざあ降っていた、朝からいっぱい降っていた。朝もざあざあ、昼もざあざあ、

夜もざあざあ。おそらさん、そんなに泣かないで。泣きたいのは、あたしもおんなじだよ。

雨が降ってる日はね、ユッくんがあんまりきてくれないの。だから、あたしにいじわるし

ないで。悲しいことがあったんなら、あたしがなぐさめてあげるから。

 今日はあきらめるから、明日はおひさまも来てよね。日光をきらきらまぶしくさせてね。

この日はユッくんはやっぱり来なかった、さみしいなぁ。


 あたしん家とユッくん家は、おとなりさん。左の赤っぽい屋根の家があたしん家、右の

青っぽい屋根の家がユッくん家。春になったら庭にタンポポがさくのがあたしん家、その

後にユリがさくのがユッくん家。物置きにいらない洗濯機があるのがあたしん家、ベッチ

の犬小屋になってるのがユッくん家。あたしが住んでるのがあたしん家、ユッくんがいる

のがユッくん家。

 あたしとユッくんはおんなじ年、生まれたのもおんなじ年。ユッくんが先にうまれて、

あたしがちょっと後にうまれた。それから、ずっとおとなりさん。遊ぶときもいっしょで、

学校いくときもいっしょで、あたしはよくユッくんのとなりにいた。そこはいっつもおち

つく、ユッくんのとなりにいるとホッとする。ユッくんもいっつもあたしをとなりにいさ

せてくれる、いっしょにいてくれる。ありがとね、ユッくん。言葉にはしてないけど、心

の中でまいにち言ってるよ。


 今日はユッくんが来てくれた、おひさまがまぶしかった。おそらさんも、昨日とちがっ

て元気いっぱい。朝おきると、カーテンをあけて、窓もあけた。おそらさんがきれいだっ

た、空気がとってもおいしかった。お昼の3時ぐらいにピンポンがなって、おかあさんが

ユッくんよって言った。あたしははぁいって答えて、かいだんを降りてく。あたしったら、

もう顔がわらってる。まだ、ユッくんにあってもないのに。ちょっともまてないのね、し

んぼうのダメな子。せめてユッくんにあってからにしなさい、「はぁい」。ユッくんはげん

かんで、くつを取って、もうスリッパをはいてた。うちのスリッパはお金持ちの家のふか

ふかしたのじゃなくて、歩いてるとペコペコいってるの。あんなふかふかのはいてみたい

けど、このペコペコいってる音はあたしのお気に入り。ユッくん家のスリッパもおんなじ

なの、いっしょだね、なかよしさんだね。ユッくんはあたしの部屋にはいったら、いつも

カーペットのところにすわる。ベッドにすわって、あたしがそこにすわるからって言って

も、ユッくんはそうしない。あたしをベッドにすわらせる、いちばんいごこちのいいとこ

ろにいさせてくれる。

 ユッくんとトランプした、ババぬきとか、神経衰弱とか。15回たたかって、あたしが

5回かった。でも、トランプって運だよね。あたしが5回しか勝てないってふこうへい、

運だったら1/2のかくりつじゃないの?あたしがもうちょっと勝ってもいいんじゃない

の?あたしが口をつんとさせてたら、ユッくんがトランプやめようって言った。あたしが

すねてたから気をつかってくれたんだね、ごめんね。ユッくんのせいじゃないってわかっ

てるよ、たまたまだって。朝テレビみたとき、占いであたし11番だったもん。今日はい

やな日だっておもってたから、大丈夫。いやなのがトランプでよかった、だれかがケガと

かしないでよかったよ。


 ユッくんが帰るって言った、時計をみたらもう6時になってた。時間ってはやいなぁ、

うれしいときって特にはやいって言ってたし。あれっ、じゃあ あたしは今うれしいんだね。

ユッくんとこうやっていられる時間がうれしいんだね、あたし。ユッくんといる時間がう

れしいってわかってうれしかった、エヘヘ。あたしの心がわらってた、ウキウキなままで

机のおおきな引き出しをあけた。どれにしようかなってえらんでたら、アっておもいだし

た。そういえば昨日、グレープにしようってきめてたんだ。忘れてた、昨日のあたし、ご

めんなさい。グレープの口紅をとりだして、あたしのくちびるに一周させる。ぬったら、

上と下のくちびるをぴったんこさせて離すの、ンマッ、ンマッ、って。おかあさんがそう

してたから、あたしもそうしてるの。口紅をくちびるにぬるとき、そうしないといけない

んだって。

 あたしのくちびるに色と味がたされた、グレープの色と味。あたし、グレープすきだか

ら、なんだかうれしいな。ひざをすりながらユッくんにちかづくと、ユッくんの顔が少し

ずつ大きくみえてくる。ちょっとユッくんの顔をかんさつしてみる、いつもどおりのユッ

くんの顔だ。ユッくんもあたしの顔をみてる、ユッくんにはあたしがどうみえてるかな。

きっとかわいくみてるよね、いつもあたしのことかわいいっていってくれるもんね。いく

よっていって、ユッくんの顔をもう一回みる。フウって息をふいたら、あたしのくちびる

とユッくんのくちびるがチュってくっつく。あたしのグレープのくちびるとユッくんのふ

つうのくちびるが。どうもこんにちは、また会いましたね、って。5秒くらいで、あたし

のくちびるとユッくんのくちびるがはなれる。せっかく、こんにちはしたのに、すぐさよ

うなら。ごめんね、でもまた会えるから、がっかりしないで。

「・・・グレープ・・・」

 ユッくんがあたしの口紅をあてる、正解。いっつもあたしがしてるから、もうチュって

しただけで味がわかっちゃうみたい。きっと、あたしのグレープがユッくんにもうつって

るんだね。あたしのすきなグレープの味が、ユッくんにもいってるんだね。

「たしか、ユッくんもグレープすきだったよね」

 うん、ってユッくんがうなずく。あたしもすきだよ、グレープも、ユッくんも。てんび

んにかけたら、もちろんユッくんの方がおもいけど。ユッくんはおおきいんだよ、あたし

の中でものすっごくおおきいんだよ。ユッくんがいてくれるだけで元気もらえるし、ユッ

くんとおしゃべりしてるだけで楽しくなれるんだよ。おとうさんとおかあさんとおんなじ

ぐらい、おおきいんだからね。


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