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第0話


 こういうとき、笑ったりするのがいいのかな、泣いたりするのがいいのかな。どっちに

してみようかわからなくて、なりゆきにまかせてみた。あたしは笑顔になった、すっごく

ほころんでた。顔のきんにくが全部ゆるくなったみたいに、にこってにやけた。そんなあ

たしをみて、ユッくんもにこってわらった。ユッくんの笑った顔がまぶしかった、あたし

のだいすきな表情。いつもあたしにパワーをくれる、あたしを何倍にも、何十倍にもして

くれる。

 風がひゅうってふいて、ユッくんの髪がほのかにゆれた。あたしの髪をゆらして、ほっ

ぺをなでて、パジャマの右っかわをひらひらさせていった。窓をあけていたから、こんに

ちはってあたしの部屋にはいってきたみたい。だめよ、おじゃまさん。今はあたしとユッ

くんの大切なじかんなんだから、横からわりこまないで。ふくれそうになってると、「ねぇ、

ミーちゃん」ってよばれた。あたしはまたフフってほほえんで、「なぁに?」っていった。

「今とおってった風ってさ、どこに行ったとおもう?」

 ユッくんの言ってることがよくわかんなくて、わかんないって顔をした。

 そこの壁に当たってこわれちゃったんじゃない、ってあたしはこたえた。

「違うよ、そこの壁をスルリってとおりぬけていくんだ」

「どこまでも、どこまでも、あの風はとんでくんだよ」

 へぇ、すごいんだね。

 そうなんだって感心しちゃった、ユッくんらしいなっておもった。

「スルってとおれるなんて、とうめいにんげんみたいだね」

「そうさ、だって風ってとうめいだろ?」

 ホントだ、ってあたしは驚いた。すごいってほめると、ユッくんはそんなことないよっ

て歯をみせる。ユッくんは物知りさんだ、おかげで あたしがおばかさんみたいじゃん。


 ユッくんが帰るから、げんかんまで見送りにいく。「じゃあね」ってユッくんが言って、

「うん、また明日ね」ってあたしが言う。いつものあたしたちのバイバイのしかた、右手

を小さくふってさよならする。さいごは笑顔ってきめてるの、そしたらユッくんにはあた

しの笑った顔が記憶されるから。もし、あとでユッくんがあたしのことおもいだすとき、

あたしの笑った顔が出てくるように。

 ドアがしまると、鍵をかけて、また2階のあたしの部屋にもどる。くちびるについた色

をおとしながら、ユッくんの温度をおもいだす。明日はグレープにしようってきめながら、

あいてた窓をキュってしめた。ベッドによこたわったら、さっきのユッくんとの会話をふ

りかえってく。きょうのあたしのはんせいかい、なんかヘマしてないかなっておもいかえ

してく。だいじょうぶ、きょうのあたしはハナマルさん。


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