先に進むために・・・
俺は母国のことが嫌いだった。
頻繁に内戦が起こる。それも大きく・・・
戦争には被害不可欠。家が燃えたり、国民が死んだり、家族が死んだりな。
俺の父はある一軍の軍曹をしていた。その軍は国内では強い方で、周りの軍兵からは一目置かれていたくらいだ。そんな軍に守られている地区に住んでいた俺や俺の家族は国内では随分裕福な生活をしていた。まず一般家庭だと困りがちになる食に困ることはなかった。
でも、ある日違う地区で合併が起こり、力が逆転した。強いところと強いところが合わさり、さらに強い軍を作ったんだ。それは今も国の全てを築いている。細かい地域関係までな。
俺らが住んでいた国はやがて滅び、軍は消えてしまった。それは本当に唐突で、一瞬の出来事だったよ。父は殺され、母や妹まで殺された。俺はそんななか燃えていく家に一匹残されたよ。その日は他国に遊びに行っていて、俺とそのときにいた友も生きていた。友はだいたいわかるよな、マーリンだよ。
破滅した地域の住民は俺とマーリンのみになった。
悪魔って熱に強く、普通じゃ燃えないんだ。ただガスによる窒息には弱い。そのせいで、俺らが帰ってきたときには周りには少し焼けた悪魔の焼死体がゴロゴロ転がってた。まるで人間が書いたような地獄絵図だ。
俺は恐怖で何も言えなかった。涙もろかったマーリンは声を出して泣いていたよ。嗚咽も酷かった。そのとき、力の大切さを思い知った。『力こそが全て』と。
俺とマーリンは燃えさかる町から、唯一燃えることの無い槍を二本持つと、その町から消えたんだ。
「すまない、少し長くなった」
キラの話が終わった頃には、完全に空は暗く、何百もの星が見えていた。周囲の空気は冷え、街路灯は全て夜空で輝く星のように輝いていた。
「で」
「ん?」
「その話から俺は何を聞き取れば良かったんだ?」
「いや、ただの俺の記憶だ。俺が綺麗に話を纏められると思うか?前回の国語のテスト25点の俺が」
オルガはあることを思い出したような顔をすると、いつものような眼光を緩ませた。
あることに気づいてしまったのだ。
「お前・・・確か・・・マーリンって・・・この前」
「わかったか。そうだ・・・
現在、俺以外にその町の出身者で生きている悪魔はいない
ってことだ。俺も何か後付けって感じだが、それを言いたかったんだ」
オルガはキラのそのサングラスの先に一粒の涙を見た。
「俺は孤独なんだ。天涯孤独?そんなもんじゃねぇ、それ以上だ。俺は家族どころか俺が産まれ育った大地も失った」
キラは強く拳を握りしめる。
「俺は本気であの国を許せねぇんだ。家族を殺したのも、親友を殺したのも。何もかも・・・」
「許せねぇ・・・か。今お前がすべきことがわかるか?」
オルガは唐突に話を変える。キラはそれに少し怒りを押さえきれなくなる。
「いきなりなんだよ。慈悲の言葉もねぇのか」
「俺の質問に答えろ。わかるか?」
「それぐらいはわかっている。今、俺はこの世界でお前らと戦わなければならないってことぐらい」
「わかってるならいい。それに」
階段をおりた先。オルガはキラより一歩先に進むとキラの顔を見て、ボソッと小さく呟いた。その言葉はキラの耳に入ることなく、宵闇に消えていった。
そしてオルガは尖った口を緩めると闇のなかに消えていった。
オルガから練習メニューの書かれた紙を渡された後、俺はリアに聞きたいことがあって職員室に来ていた。リアは残業で職員室にいた。
「こんな遅くまで学校にいて、もう寮に帰りなさい」
「一つ聞きたいことがあるんです。オルガさんの事なんですが・・・」
俺はそう言うとリアにメニューの書かれた紙を見せた。最初、リアは驚いていたが少し納得した表情を見せた。
「なるほどね。まぁ彼なりの理由があるのかな」
「いや、一つ気になったのはこのメモに書かれた字です」
気になったこと。それはメモに書かれた字がオルガの物ではなかったからだ。
俺がそれを言うと、リアはある紙の束を机の引き出しから取り出した。そこにはテスト用紙が入っていた。
「この中にその字があるわ。まぁ君ならわかったでじょ?この独特な字は」
「はい、これって勅使河原さんの物ですよね」
「ええ。こんな独特な字を書くのは彼ぐらいだわ。この全ての字を繋げて書く人は」
「ということは、そのメモは」
「たぶん、オルガが昔、勅使河原から渡されたメモだと思う。・・・でも、どこか違うんだよね。記憶が曖昧だからか何とも言えない」
俺はリアの話を聞いて、ある一つのことを思い付いた。
「勅使河原に直接聞きに行けばいいのではないか?」
「そのメモは俺が書いたやつだ」
学校帰り、勅使河原が働いているコンビニに聞きに行った。リアの予想通り、メモは勅使河原の物だとすぐにわかった。
「この字とこのメモの右下の記。昔、俺があいつに渡したやつだな。ほら、これ」
勅使河原は胸ポケットからこれと同じ紙のメモ帳を取り出す。
「でも、なぜお前がこれを?」
もらった理由を細かく説明した。すると勅使河原は眉間にシワを寄せた。
「何だと・・・。お前、このメモを見てどう思う?全て終わらせられそうか?」
「・・・最初は無理だと思いました。でも、このメモに書かれた練習メニューをオルガさんはやったと言うならやるべきだと・・・」
勅使河原は俺の肩に手を置くと、大きく首を振った。
「あいつは確かにこのメニューをやり終えた。だが、あいつとお前の体の強さは格段に違う。このメニューはあいつだからこそできたんだ」
「どういう・・・ことですか?」
「ん?まだ知らないのか?彼は神の使い、言わば天使だ」
「・・・え?」
「しかも天使の中でも強い部類のな。基礎体力、筋力、治癒力や能力値など、とにかく体が強い部類の種族でな。特に治癒力に関しては最強だな。傷はすぐに回復、骨折は自力で治す。その姿は天使というよりはゾンビのようだな」
「ゾンビ・・・ですか」
俺はオルガの戦闘を間近で見たことないため、言っていることが把握できなかったが、後にその意味がわかった。
「で、このメニューは」
「あぁ、それか?うーん・・・」
勅使河原は俺の体を見ると顎に生えた短い髭を撫でた。そして何を考えているのか首をかしげた。
「決勝まで残り何日ある?」
「一週間はあると・・・」
「まぁ、体の問題だな。もしも次の日、頭痛や吐き気が出たり、疲労で立てなかったら、その次の日からは普通のメニューをやれ。まぁ明日はこのメニューを一通りやってみろ。あいつの怪物のような力を知ることもいいんじゃないかな」
「試してみます」
「もしもメニューが辛くて、挫折し、諦めることがあるなら、俺が言ってたとでもオルガに言えば何とか許してくれるだろ」
俺は今の一言で何かが心に刺さった。
挫折。この言葉は昔から嫌いだ。
「いえ、どんなに辛くても俺は諦めません」
俺は思わず、勅使河原の前で言ってしまい、口を手で押さえた。
「よく言った!」
勅使河原は俺の両肩を正面から強く叩く。
「やはりお前は最近の新人らとは違って、何事にも立ち向かう勇気がある!お前ならキラやオルガを越えられる。進め!柊!」
「はい!」
俺は返事をした。いや、してしまった。そのときは何も考えず、その時の流れで返事をしたが、後にこの決断が最悪の結果を俺の目に見せることをこのときはまだ知らなかった。
次の日の朝、早く寮から飛び出た俺はメニュー通りにこなしていた。勅使河原と話したあと、そのコンビニで勅使河原から、オルガからもらったメモと同じことの書かれたメモをもらい、それに終わったものからどんどんチェックをつけていった。
四つ目くらいから体が悲鳴をあげ始めていた。そして五つ目を始めようとしたとき、突然目眩に襲われ、その場に倒れてしまった。
身体中を虫が這いずりまわるような吐き気、目の前が上下左右に揺れるような幻覚、周りを蚊が飛んでいるかのような耳鳴り。
そして目の前が真っ暗になった。
「柊!・・・柊!」
俺は叩き起こされた。
さっきまで見ていた朝焼けの眩しく、だんだんと青くなっていく空は無く、どこかの部屋の天井が写っていた。
「おい、柊!どうした?あんなところで倒れて!」
気が付くと俺は保健室のベッドの上に寝ていた。そして横にはキラが立っていた。
どうやら外で倒れていたのを、キラが保健室まで運んできたらしい。今にもキラの額から汗が落ちそうだった。
「まだ5月の終わりだから熱中症ってことはないか」
「違うよ、キラ。たぶんこれだね」
キラの近くで俺を見るリアは俺が持っていたはずのメモを持っていた。
「あ、それは・・・」
キラはそのメモを見ると寝ている俺の顔の横をかすめるように殴る。
「少しくらいはあいつの指図にならず、自分自身で判断しろ!」
「ちょっと待って、キラ。これは昨日見たやつとは違う、最近書かれたものよ。柊君、あのあと勅使河原のところに行った?」
「は、はい。このメモのことを知りたくて・・・。でも、なんでそれを」
「何でって、字が何ヵ所かあの頃の字と違うからよ、私だって無駄に監督やってないわ」
ほんの少しの違いすらもわかるリアが恐怖に思えた。
「確かにこのメニューをするなとは言ってないよ。でもさすがにこのメニューはハードすぎる。このメニューを続けたら君の体がもたないわ」
「リア監督の言う通りだ」
リアの言葉に続けるように、横からあらゆる治療のことを担当する者、カーリーが現れた。
「柊君、だっけ?能力値を高めるのに大事なのは、時間をかけて徐々に高めていくのが大事なの。急に能力値を高めると体が上昇についていけなくて、体から上昇をやめちゃうの。だから今回みたいに吐き気や目眩に襲われたの」
「それにこういったことを繰り返すと体はボロボロになり、中から砕けてしまい、最終的には・・・」
「その前に中からって」
「まぁ体の中が空洞化してしまう感じだよ」
「空洞化・・・恐ろしいですね」
「まぁ私たちが止めずに一人で続けてたら、数日後には死体で見つかってたかもね」
俺はそれを聞き、何も言えなくなった。
あれから時間が過ぎ、保健室から出たときにはさっきまで上がろうとしていた朝日が夕焼けとなり、俺の体に光を浴びせた。
「もう体も大丈夫でしょう。また今回みたいなことがあったら来てね」
そう言うと、カーリーは保健室の出入り口のドアを閉めた。
俺がそこから一歩踏み出したそのとき・・・
突然目の前の景色が真っ黒になった。
俺はまた幻覚かと思い、冷静になる。そして暗く見えないはずの目の前をじっくりと見た。
そして少し前進する。よく見ると目の前に何か赤く光るものがある。そしてそこまで道のようなものが続いているではないか。
俺は地面にできた道通りに進むと、そこには赤い扉が存在した。血のような気持ち悪い赤は今にも動きそうで、吐き気を催した。
俺は吐き気を我慢しながら赤い扉のノブを握り、扉を開けた。
その先は扉の色をした道が続き、壁には一本の線がその先を走っていた。先に続くにつれ、赤い線はどんどん細く、そして脆くなっていく。
やがて線が消え、目の前に大きな穴が現れた。
「よくここまで来た、少年」
あのとき、頭の中で響いた声。
あの日、俺があの世界から逃げてきたときに聞こえた、あの声。
俺は穴を覗く。よく見ると下まで縄梯子がかけられているではないか。
俺はその声に誘われるかのように縄梯子を降りる。
そして降りた先にはまた赤い道が続いていた。地面は歩く度に変な音が響く。・・・触りたくない。
ゴリッ、ゴリゴリッ。バキッ、バキバキッ。
何を踏んでいるのか、知りたくもない、考えたくもない。
でも、俺にはわかっていた。
俺は途中で聞きたくなくなり、耳をふさいだ。
いつもの筋肉が鳴動する音。さっきまでの音は一切聞こえない。
そして開いた場所に出た。
そこにはそこまで見てきた赤い色をした大きな狼が存在した。