チームFの証
これは私、千歳 真姫の記憶。
今から三年前、私は『戦場の舞姫』と呼ばれ、他人から恐れられていた時代があった。
でもそんな美しい名前で私の心を表すことはできない。なぜならあの時代に私ほど心が壊れていた人はいないから・・・
私が右腕を失う試合の前日、仲間が不慮の事故で死んだ。
それには『Lost』という私たち以上の化け物の存在があった。
Lost、通称『失いし者』。感情、理性、存在などあらゆる物を失った先にある存在だ。それは私たちのような『化け物』が発症する。
その発症者の一人は仲間だった。
カイト・E・ボット。能力:光の炎。
発症した彼は一瞬にしてその体を失い、心を失い、そして・・・記憶を失った。
彼は私と日々、ライバルのように戦っていた。勉強、スポーツ、戦闘分野など・・・数えきれないほどの戦いをしてきた。そして二人ともリーダー、つまりは1位を狙っていた。
だが、その日は違かった。まるでその目は光を失い、体は気力を失っていた。私はどこか変に感じたため、「元気ないなー、どうしたんだ?」と声をかけた。彼は何も言わずにその場を去ったのだ。
そして事件は昼休みに起きた。
ブォォォォォン!ブォォォォォン!
学校中に警報が響き渡る。そのあと入ってきた言葉は私の心に大きな衝撃を与えた。
『校庭にLost発生!能力調査制御委員会とLost討伐部隊は直ちに戦闘配置に移れ』
その言葉は何度もくり返された。その度に私の心は何かを感じていた。
私はすぐにカイトを探した。教室にも食堂にも廊下にも図書館にもいない。なぜなら彼は校庭にいて、たくさんの戦士を殺していたからだ。
やはり討伐部隊の戦士でもLostを被害無く終わらせるのは不可能だ。そして今までの中で一番被害をもたらした物だった。
私が校庭に来たときには、たくさんの戦士が倒れていた。校庭には『WARNING』という文字が書かれた帯が張り巡らされ、完全に立ち入りを禁止していた。
私は見ているしかなかった。
数分経つとその帯は消え、中にいたLostは完全に消え、そこには息絶えたカイトが残った。
私はカイトの姿を見るとすぐに駆け寄った。
「死傷者13名、負傷者2名。Lost発症者チームF カイト・E・ボット」
横では戦果報告が行われているなか、私は彼の手を持った。脈や手から溢れるくらいの熱さはなく、冷えていた。
「なんで・・・なんであなたが・・・」
「チームFの千歳さんですね?」
そこに討伐部隊隊長が現れた。隊長は少し息が荒れ、体はボロボロになっていた。
「彼を助けることはできませんでした。私たちが不甲斐ないばかりに・・・」
Lostは十分経つと完全に発症し、発症者は助けられないのは最初から知っていた。あの緊急放送から十分経って私は彼が死んだというのはわかっていた・・・はずなのに。
その言葉を聞くと、涙が止まらなくなった。
私の頬を伝い、私の涙は彼の顔に落ちる。
「・・・彼を一番いいところに埋めてください。見晴らしのいい、とても、綺麗なところに・・・」
私は泣きながら訴えた。
「・・・はい」
彼は山の中腹、『花園』という名のつけられた花咲き乱れる綺麗なところに埋められ、今も定期的に彼のところに行っている。
そして今日も私はいつもの暗闇から脱け出し、彼のところにやってきた。
「カイト。この前、私が書いた小説で最優秀賞がとれて、しかもあの小説が発行することになったんだ。みんなが私の本を読んでくれる、二人で書いた本が」
私は防水性のあるカバーをつけた本を彼の墓の前に置くと、手を合わせた。
「お前も来てたか」
声の方向を振り向く。声の先には雷帝が立っていた。雷帝の手にはらしくない花が握られ、その腕には包帯が巻いてあった。
「今日は彼の命日だから・・・ね。元討伐部隊隊長?」
「あぁ。俺が隊長のときに彼を殺してしまったからな。他13人のところにいったから、大きいものは渡せないがな。せめてこの花だけでも」
雷帝は私が置いた本の上に一輪の花を置いた。
「彼のせいでと言ったら悪いが、あの日で俺は討伐部隊から消えた。まぁ起点だったと思うよ」
「えぇ。破滅の、ね?」
「まぁな・・・。で、腕はどうなんだ?そろそろ復帰できるか?」
「腕は大丈夫だよ、もう十分戦える。でも・・・」
「でも?・・・何だ?」
「あんなことがあったあとだと、戦うのは少し・・・心が痛いな」
「無理はするなよ、でも・・・彼はお前の戦ってるところの美しさに惚れたのかもな」
「何か言った?彼は何?」
「いや、独り言だ、忘れてくれ・・・」
そう言い、雷帝はその場から立ち去った。
「・・・ありがとう、雷帝」
少し・・・元気が出たよ。
私はカイトに手を振ると、雷帝についていくように帰った。
私には手を振った先でカイトが同じように手を振っていると感じた。
「そう言えば、その腕どうしたん?」
私は雷帝に追い付くと、気になっていた右腕についてきく。包帯・・・私と同じものだ。
能力者用の包帯は治癒の能力の効果を付与しているため、傷の回復が早い。噂ではどこかの国の本当の戦場で取引され、日々使われているらしい。
「あ、これか?これはこの前の戦闘でな」
「そんなところあったかな・・・。確かこの前は戦闘中に酒飲んで、高い建物の上でいびきかいて寝てなかったっけ?私のメイド達の見間違いかな?」
「ギクッ!」
私の張る罠に引っ掛かった雷帝はわかりやすく動揺した。
「それは・・・あれだよ、あれ・・・。あー、もうめんどうくせぇ!飲んでるときに切られたんだよ、わけのわからない剣で、剣というか光で作られたような理解不能な物質でよ」
「武器?それとも魔法?」
「どちらかというと武器。持つところは鉄製だったし」
他国の刺客か・・・でもこの学校、この街に入るには学生認証または職員証明など、認識ができるものがなければできない。
・・・では誰が。
「まさか先生とか?」
「先公が生徒の腕を切り落とすか?俺だったらしないぜ」
「だよね・・・。でもそれしか・・・あ、また何かその人に向かって言ったでしょ」
「覚えてねぇ」
雷帝はそう言い、酒を飲むしぐさをする。
「ていうか、もう酒やめなよ。それで『伝説』の称号も取れないんでしょ?13年間もいるのに・・・」
「それは言わないでくれ」
私たちが話していると、突然雷帝の持っていた携帯の音が響いた。どうやら着信のようだ。
「すまない、リアからだ」
雷帝は電話に出ると、木陰に行った。
そして何分か経つと私に「早く来いって言われた」と言い、手を振りながら帰っていった。
「頼むよ準決勝。今年こそ楽しめるかな・・・」
私は雷帝の去り際にそう呟くと、心踊らせながら鼻唄混じりの風にのって寮へ帰った。
ここまで来れるとは思ってもいなかった。
赤線は紙の上で直線と直角を書くとどんどん上に上がっていた。キラは「これが普通」と言っていたが、俺はそうは思わない。
手のひらの傷はまだ痛む。その他、わき腹、右腕、右足等痛むところはところどころにある。その痛みに慣れたが包帯をとって見る度に傷の奥から痛みに襲われる。生きているのが奇跡と感じられてしまう。
そしてルナが「そのとき出た血をください」と言ってきた。飢えている・・・のか?
「吸血鬼に血はかかせませんよ」と言っていたがこれまでの生活どこ見ても・・・吸血鬼感がない。
ここ最近は日を浴びても何も言わないし、ちょっと前に「ここのラーメン屋のこれがうまい」と言ってニンニクたっぷりラーメンを食わせたがペロリと二人前をたいらげた。血も飲んでいるところを見たことがない。
もうすぐチームFとの試合が始まるというのに、俺はルナにこんなことを聞いてみた。
「ルナ」
「何ですか?」
「お前って本当に・・・吸血鬼なのか?」
「・・・はい?」
「いや、これまで見てきたがお前、全然吸血鬼感ないなって」
いつも空気のように静かに時を待つオルガ、四津野
だけでなく、この言葉でルナまでもが静かになった。
「・・・アロー呼ぶ?」
「あ、じゃあやめます。すみませんでした」
正直、これ以上は面倒くさくなる。
俺はここで退くことを決めた。理由のない戦闘をしたくない。特に吸血鬼の国の王とは・・・
話が終わったのに反応したのか、さっきまで静かに座っていたオルガが立ち上がった。
「全員、今回の戦闘・・・
無駄な戦いをせず、三十分間逃げ切ることを優先しろ
そしてオルガは意味不明の言葉を言い放った。
「何言ってんだ、オルガ」
やはりキラはオルガの言葉に怒り震える。
「逃げろだぁ?・・・ふざけてんのか?」
「今回からのルールはエンドレス。先に五人全員を倒せば勝ちというルールだ。そして今回の戦闘、噂によると千歳さんが来る」
オルガの口から思いもよらぬ言葉が出たため、空気は一気に温度を下げ凍りつく。・・・その言葉は冗談には聞こえなかった。
そのとき一番驚いていたのは雷帝だった。
「お、おい、オルガ・・・。それは本当なのか?」
「あくまでも噂ですが、確率は0%とは限りません」
「今朝、あいつは腕に包帯をしていて、まだ痛むと言っていた。それが本当なら」
「それが嘘だったら?」
「・・・まさか俺があいつに火を」
雷帝はどこか体が震えているように見えた。
「俺が止めにいっても良いですか?」
俺は自分自身でさえ、驚くようなことを言ってしまった。
全員が俺の顔を見る。
「・・・お前にその力があるのか?その自信はどこからくるんだ」
オルガはそう言い捨てため息をつく。
「まぁ柊の決めたことだ。やらせてみてはどうだ?」
キラは俺の肩を叩くと少し笑みを作った。
「もしもダメだと思ったらすぐに逃げろよ。俺らが助けてやるからよ」
「作戦変更か・・・まぁ柊なりに戦え」
オルガはそう言うと、部屋から出ていった。
戦闘開始十分前、俺はまた一歩、戦場へ歩み出した。