あいつのいいところ
秀は大人しくて目立たない。友達は優悟だけだ。優悟は少し変わっている。授業では寝てばかりいる。宿題はいつも忘れるし、太っていて運動も駄目なうえに、不器用でどんくさい。もちろん秀だってヘンなやつだ。優悟以外と、ほとんど口を聞かない。休み時間になると、机から動かない優悟のところに来て低い声でボソボソと話す。そばを通ると、誰かの悪口を言っているのが聞こえる。
一年前、四年生だった秀はクラスの中心だった。勉強も運動もできる自信に満ちた子供だった。クラス替えなんて怖くないと思っていた。
ところが、新しいクラスには親しい友達がいなかった。初日に間違えて持ってきた弟の筆箱が幼すぎた。教室移動で仲間を組むのにでおくれた。そんな小さなつまづきの積み重ねから秀はクラスに溶け込む勇気がだんだん無くなっていった。みんなも、秀をさり気なく避けるようになっていった。
秀がバカにされていた優悟に近づくようになったのはその時からだ。学校の行き帰りも優悟と一緒だ。そのことが最大の屈辱だった。
夏休みが終わった九月、教育実習生がクラスに来た。若い女の先生だ。みんなは奈美先生と下の名前で呼んだ。奈美先生は子供達をよく見た。そしてクラスの微妙な雰囲気が気になったようだ。でも、なぜか秀ではなく、優悟に注目した。
「今日、優悟君は昼休み、中庭にある二年生の朝顔に水をあげていました」
「今日、優悟君は教室移動の時、泣いている一年生の面倒をみていました」
夏休みの宿題が終わった後の朝顔なんて、秀はゴミだと思っていた。ましてや、他の学年の朝顔なんてどうでもいい。泣いている一年生だって、面倒なんか見ているから授業に遅刻していたんだ。優悟はしてもしなくてもいいことをする。なんて無意味なことなんだろう。秀には理解できない。変な奴だからするのだと思っていた。
でも、奈美先生は優悟の行動をほめた。そして、他の皆も優悟を見る目を変え始めた。
いつの間にか優悟の周りに人が集まるようになった。秀はさらに孤独になった。秀が優悟をにらむと優悟は申し訳なさそうに首を縮める。秀は消えたいようにみじめだった。
その日の放課後、秀はたったひとりで誰よりも先に学校を出た。そして、通学路の途中の鏡橋から夕日を見た。川のずっと先の景色はボーっとかすんで見えた。川の行く手に沈んでいく夕日。その先はどうなっているのだろう。違う世界があるのかなあ…。夕日と一緒に沈みたくなった。
秀はランドセルを足元に置くと、ひょいと橋をまたぎ手すりにつかまり再び空を赤く染める夕日を見た。下を見ると川の底が見えた。暗くて深い川。急に恐ろしくなった。戻ろうとすると、隣に同じ格好で手すりにつかまっている優悟がいた。
「えっ?」
「えっ!」
秀も優悟も驚いて、顔を見合わせ同時に手を離した。体が宙に浮く。手を伸ばしたら二人の手が触れ合った。そしてそのまま落っこちた。
気が付くと病院のふたつ並んだベットにいた。秀と優悟は助けられた、手をしっかり握り合っていたそうだ。
あの日、優悟はいつものように一緒に帰ろうと秀を追いかけた。そして、秀が橋をまたいだので、同じ様にした。
「よく分からないけど、秀と同じ気持ちになりたかったんだと思う」
理由を尋ねたら首をかしげながら、そう言った。こいつはそういう奴だ。よく考えてみれば無意味なことをする。
「馬鹿だな」
秀が言うと、優悟は目を細めて秀に笑いかけた。何故かとても満足そうだった。
担任の先生と奈美先生が、クラスの皆を連れて病院にお見舞いに来た。この時ばかりは、二人がクラスの中心になった。
学校に通えるようになる頃には、奈美先生の実習は終わっていた。二人は再びクラスで二人ぼっちになった。
業間休み、優悟が小鳥小屋に入っていった。
「優悟は飼育委員じゃないだろ」
秀が外から声をかけた。
「水が汚くなっていたから」
優悟がふんだらけの水入れを手に取った。昼休みになれば、飼育委員がやるだろう。前もってやるのは、むしろ嫌味じゃないか。そう言おうとしてやめた。優悟は、行動が意味のあることかどうかよりも目の前にいる相手が今どんな気持ちなのかを大事にする。そんなやつだ。
「手伝うよ。急がないと休み時間が終わる」
秀はもう一つの水入れを手にとった。
「ありがとう」
優悟が目を細めて笑う。固まっていた心がスッと溶けて秀も優悟に同じ言葉を伝えたくなった。




