bad trip
後部座席にぐったりと横たわるシグに、私もマナトさんも「何があった」とは訊けなかったけど、車を発進しかけた所で、マナトさんが
「……このまま家まで送んのと、医者に連れてくのとどっちが良い」
と尋ねると、
「あらしの総合までお願いします」
という返事が返ってきた。
「あらしの総合」っていうのは、家族ぐるみで懇意にしている総合病院で、母さんと仲の良い先生も居るし、父さんのお得意先や夏初ちゃんの修業先でもある。だから、「病院に行く」=「あらしの総合へ」は解る。問題は、少し間を開けてその後に続いた言葉。
「……マナトさん。最近、筋弛緩作用や、それに、類する成分の、含まれる、ドラッグが出回っているか、わかりますか?」
「!? すぐに調べさせる!」
つまり、シグが今こんな状態になっているのは、そんなものを使われたからなの!?
私がそう叫びそうになるよりも早く、マナトさんは片手でハンドルを握りながら、反対の手で携帯電話を取り出すと、
「俺だ! うちの連中も兵隊も、フルに動かして情報寄越せ!」
と、数人に電話を掛けつつ、法定速度も道交法もガン無視して、だけど警察にも監視カメラの類いにも引っ掛からない最短ルートで、あらしの総合に車を飛ばした。
マナトさんは、タケ兄の、一番古くて、一番親しくて、一番信頼していて、一番顔が広くて、一番キレ者で、一番裏道系の友人で、本名は「中原愛人」さんという。とあるヤクザの愛人の息子で、
「愛人の子だからぁ、『愛人』て書いて『マナト』で良くない?」
と無責任な名付けをしたのは、本妻でも父親でもなく、当の愛人である母親らしい。
それでも、他の兄弟は本妻さんが生んだ腹違いの妹しか居ない上に、母親同士も仲が良く、父親も扱いに差をつけていないとかで、歴とした跡目扱いを受けていたので、裏の世界には顔が利くし、この当時から実家の構成員の半数は好きに動かせていた。更に、学生時代は暴走族の総長をしていたこともあり、未だに電話一本で動かせる兵隊は山のように居る。
その人脈を使えば、裏道系の情報は粗方手に入るから、訊くならマナトさんに。っていうのは解る。だけど、そもそもそれを訊く理由は……。などと私がアレコレ考え訊き損ねている間に、あらしの総合に着いたけど、こんな見るからに「何かあった」姿のシグを、普通に外来に連れて行って良いものか……。そんな懸念はマナトさんにもあったようで、「どうする?」と目配せしていると、後部座席でまどろんでいたシグが、
「カヅちゃん。マナトさんから、携帯電話を借りて、和奏先生か、亜迫先生に、掛けてみてもらえるかな」
と私に頼んで来た。
そう言われても、番号知らないんだけど。と思ったけれど、すぐに夏初ちゃんのなら番号が分かるし、マナトさんのアドレス帳にも入っていたので、番号を訊くか代わりに掛けてもらうことが出来ることに気が付いた。
夏初ちゃんに番号を訊いて掛けた2人の内、院長夫人で内科医の和奏先生は勤務中なのか出なかったけれど、院長のお母さんで先代院長のお姉さんで婦人科の先生な亜迫先生は、非番らしくお家にいらしたようで、すぐに繋がった。そして、何をどう説明すべきなのかシグに目線で問うと、「貸して?」と手を伸ばされ、シグ自身から何か説明したみたいだけど、少し遠い後部座席で声も小さかったので、私達には何を話したか解らなかった。
だけど、通話を終わらせ、「裏口近くに停めて下さい」とシグが頼んだ通りに、マナトさんが駐車場の端の関係者専用の通用口の脇に車を止めた直後。通用口からストレッチャーを引いて和奏先生が駆け出して来て、問答無用で特別室らしき診察室に通された。




