雨さんという人
「天使」と聞いて想像するイメージは、人それぞれだろうけれど、「純粋」とか「穢れが無い」とか「羽が生えている」とか、「荘厳」や「神の代理」なんてのもあるかと思うけど、まぁ概ね可愛らしくて真っ白なイメージの人が多いのでは無いかと思う。
けれど、どの天使よりも美しく有能で神の寵愛を最も受けていたけれど、そのことに傲って追放された地獄の王も元天使だし、彼を討った大天使は彼の双児の片割れだったりする。それから、神の名の元に悪魔や異教徒ならば躊躇なく手に掛けるイメージも、私の中にはあったりする。
だから私の天使観は、「何があっても決して穢れず、人とは違う感覚を持ち、すべての出来事を甘受し、性別は無く、常に微笑んでいる、異質な存在」というだいぶ世間一般のものとはかけ離れたもので、「何があっても」は、例え血の海の真ん中で自分が手に掛けた屍に囲まれていても。「すべて」は例え嬲られた果てに殺されたとしても。というレベルだと思っている。
そして私は、自分のパートナーを「俺の天使」「無かったら死ぬって意味で空気」と称する人と、その人の最愛の人で、私の中の天使像に限りなく近い人を知っている。というか、私の天使観を作ったのが、その人ともいう。
名前は雨さん。年は私の2歳上。パーツで見れば小造だけど上品で綺麗な目鼻立ちなのに、全体になると印象に残らない地味顔。一時期実家が美容院の友人が躍起になっていたけれど、どんなに手を尽くしても何故か油気の足らない、背中にかかるくらいのまっすぐな黒髪。背は高くもなく低くもなく、少し細身で姿勢は良い。ハイネックか襟の詰まった服に、
下は膝丈より長いスカートが定番。本職はカウンセラー。口調は一部─幼児や外国人─を除けば誰に対しても常に丁寧語。一度聞けばどんな声でも真似できる特技以外は、本当に目立たない、優しい笑顔が似合う人。
あまりにも、フツーの、どこにでも居そうな地味な女性に見えるから、誰も気付きも疑いもしないけれど、戸籍上も遺伝子も肉体も性自認も本当は男性で、狂おしいまでに切望してくれた人の想いに応えるため、今の生き方を選んだだけ。
周囲には、「子供が産めない体なので」と説明してあって、その代わり何人も里子を預かっていて、そのどの子にも惜しみ無い愛情を注いで育てている。
「嘘は、ひとつもついていませんよ」
ええ、そうね。戸籍上は異性だから正式な夫婦として籍を入れていて、お互いに「妻」や「夫」ではなく「伴侶」とか「連れ合い」としか言わないし、「子供が出来ない体」も、遺伝子も肉体も男性なんだから当然で、男性がスカートを履いたり「女物」とされる服を着ているのも、個人の自由(実際、仲間内にももう1人「だって似合うんだもん」と称して長髪スカートな美人男性が居るし)。言葉遣いもいわゆる「女言葉」ではなくあくまでも丁寧語で、「私」は男女共に使う一人称。里子に「お母さん」と呼ばれているのも、否定はしていないけど実は肯定もしていない。だから、錯覚を招くだけで、嘘は吐いていない。
どんな話でも厭わず聴き、相手が最も求める言葉を与え、誰の心にでも寄り添える、慈愛に溢れた、カウンセラーが天職な人。だから患者さんの中には、信者レベルで信頼を寄せている人も、少なからず居る。だけど、本当は誰にも共感の出来ない、けれど上辺では無く本心から他人を慈しんでいる、壊れた心の持ち主。
それが、雨さんという人。
私の、大切な大切な、けれど私じゃ力になれなかった、すぐ上のきょうだい。
雨さんに何があったのか。全て語っても、アノ人は揺らがなかった。
「何があっても泣かないけど、泣かせないで! 守って。すべての災厄から。誰よりも、幸せにして!」
そう誓えるのでなければ、渡さない。私じゃ、力になれなかったけど、でも……!
最後には泣きじゃくりながら要求した私に、力強く「俺は雨を裏切らないし傷付けない」そう、誓ってくれたから、雨さんを、シグを任せたの。




