酒場での与太話~ハリヨン卿の酔いどれメモ~
「おい知ってるか?10年前のセントコーリスの戦い…ありゃあ東軍の精鋭達が身を粉にして守ったっつーのが定説だけどよぉ、嘘だって話!」
「また始まったよ……鍛冶屋のおっさん、いつも酒が入るとこの話だからな~」
「まぁまぁ付き合ってやろう。……俺らも1人寂しく酒飲むのも、もう飽きたしな……こういう酒場じゃないとパーッとやれないだろ?」
「でもよ~、これ耳にタコが出来るほど聞いたぜ?耳タコだよ耳タコ!」
「あぁ?酒のつまみにタコ選ぶたぁお前ぇも通だな!おーいマスター、タコの酢漬け一皿!」
「ちげぇよ!あ~も~…」
「諦めよう。いつもこの調子だろ?鍛冶屋のおっさんは…」
「そうだな……」
でよ、あの戦争、一応西軍が兵を引いた形だけどおかしくねぇか?兵力も相当集めてたし、こ~んな片田舎の町なんてすぐに占領されちまうだろ普通。
この町とあのだだっぴろい草原挟んだらもう西の国だしな…きっと東の国占領の足がかりにするつもりだったんだろうな。そりゃあ敵さん本気出すわけよ。
だけどそんな軍が、引くか?確かに長期戦だったかもしれねぇけどこちとら配属されてる兵士だけだったろ?俺は覚えてるね!まだ戦争なんて危機感持ってなかったからそりゃあ少なかったからな。
おっぱじめてから援軍は来るけど、こっちは首都より離れてっからな…正直西の首都の方が近いだろうよ。どう見ても西の優勢だろ。
なのにあっさり引き上げた。おかしいと思わねぇか?
「俺はおもわねぇがなぁ。だって向こうも人間だ。腹も減れば疲れも溜まる。そういうこったろ?」
「そりゃあそうだがよ、あの大群が一夜二夜で減ったのも撤退できたのもおかしいだろ~!俺は見たんだよ!あの草原一面の西軍の旗と、兵をな!」
「う~ん、元からこっちを煽るのが目的だったんじゃないか?」
「んなわけねぇ!なら最初っから長期戦なんてしねぇはずだ!兵力と食料が勿体ねぇ。」
それで俺は考えた。きっと西軍は、何かやべぇもんを見ちまったんじゃねぇかってな。
ほらこの草原、今は草が生い茂ってるが100年前…いやもっと前は荒野だったって聞くじゃねぇか。だから化け物でも見たんだぜきっと。
「は~、相変らず馬鹿馬鹿しいこというなぁ…」
「馬鹿馬鹿しいとはなんだ!」
「証拠もないし、何よりそんな事ありえないでしょうよ。それにそのヤバイものが仮に化け物だとしたら、我ら東軍もタダじゃすまないだろ?」
「だから両軍引いたんだよ!地中からぞろぞろ骸骨の手が伸びてきてはそれは人の形をして襲い掛かる…!古代の戦士の急襲だ!ってな。こりゃ戦争なんかやってる場合じゃねぇだろ?」
「……(なぁハリヨン、このおっさんの話いつもより今日はやけに気合が入ってるな)」
「…(そうだな。いつもどおり適当に相槌うってれば寝るかな?)」
「……(そうしたらトイレにでも放り込んで今日は逃げるか)」
「おいおいまだ話は終わっちゃいねぇぞ!お前らさっき証拠もねぇっつったろ?ハハ~ンこれがどっこい、俺様は見ちまったんだよ、その証拠をな!」
「証拠?何を見たって言うんだ。」
その化け物の姿だよ。
黒い両腕で敵の首をちぎっては投げ、雷や炎を呼んで焼き殺し、頭を鷲づかんでは粉々に握りつぶし……あれは化け物以外の何者でもねぇ。
武器も無しに素手で何十人と殺し続けて…あんなん出たら軍を引かざるを得ないわな。そりゃあ納得だがよ、国が発表したあの通説はいただけねぇよな~。なーんで嘘なんてつく必要があったんだよ。
次はその化け物退治します!でいいじゃねぇか。
「そりゃあ、あの草原に近づくお馬鹿が増えるからじゃないか?東西ピリピリしてるのに、藪から棒に突っつかれては困るしね。
それに根拠の無い化け物なんて国が発表したらそれこそ国の信用を落としかねないし、変に国民を不安がらせるだけだと思うよ」
「さすがハリヨン、伊達にこの土地を見てるだけあるね」
「ま、仕事だからね」
「じゃあその化け物はどうするってんだ?まだ退治されてないどころか、この近隣の人すら知らねぇ、とんでもねぇ化け物だぜありゃ!?
あんなん野放しにしとくってのかよ!」
「国が軍を動かすとは思えないねぇ。タダでさえ西とはまだピリピリしてるのに、こんな西に一番近い町に軍を出した、なんて動きを西に見られでもしたら…
また戦争になりかねん。……大体その化け物を見たっていうのはあんただけだろ?それにその化け物の被害も出てない、説得力も無い。」
「でも確かに見たもんは見たんだよ!あの人の形をした黒腕の化け物…あれが丘の上で、兵の死体を踏み潰してたあの光景を忘れるわけがねぇ!
きっと両軍を壊滅に追い込んだに違いねぇよ!」
「ふ~む、どうしたものかね~。今度ちょろっと傭兵でも雇って調査でもしてみるかい?」
「そんな資金どこにあるというんだ。ただでさえ地方の貴族は今やどこも火の車だというに。……とりあえずお上に報告だけはしておくけどね。」
「おうおう知らせてくれや!あの草原、いまや誰も近づきゃしねぇがそろそろ追悼とかなんかの動きはねぇのか?」
「いや、全く話は出てないな。……あの綺麗だった草原も、今のように陰湿で空気が淀む濁った土地になってしまっては誰も行こうなどは思わないんじゃないか?」
「そうだな…商人達もあそこは避けてるみたいだし、あれじゃないか?触らぬ神に祟り無し、ってやつ」
「ケッ、触らぬ化け物に祟り無しの間違いだろそりゃ!」
「ハッハッハ、まぁおっさんの話が真実だとそうなるなぁ。ハッハッハッハ!」
「お前笑ってる場合じゃないだろジェヌ…」
「いいじゃないかハリヨン、こういうホラ話も、こういう大衆酒場だからこそだ。それにパーッとやるっていったのはハリヨンじゃないか」
「まぁ、だからこんな所に居るわけだが…」
「はい、そうとなったら飲む飲む!」
その後明け方まで飲まされて翌日の執務に差し支えまくったのは若気の至りだと父上に言い訳し、ジェヌと共にこってり説教を喰らう。
父上、許すまじ。ベルグラヌ・ハリヨン