ぐだぐだデート。
本日も晴天なり。
まさに雲一つない青空。
絶好のデート日和。
なのに、なんで。
私は室内にいるのでしょう?
「ねぇー、どっかいこうよー」なんて無謀な挑戦はできない。
それは彼がとても、独占欲が強いから。
外にいる男性全てが害虫扱いであり、私は誰にも譲れないものらしい。
聞きたくなかった事実を知ったあの日、鳥肌が止まらなかった。
今日も安全にお家デートです。
わーなんて安全なんでしょう。
つまらない。実に退屈である。
むくれている私の色素の薄い茶髪を三つ編みにする彼を見て思う。
どうしてこの人と付き合うようになったんだっけ?
そもそも中学の卒業近くになってから、だったと思う。
告白されたのだ。ものすごく普通な感じに。
「好きです」「付き合ってください」これ以上なく、無難。
それがファーストコンタクト、だったと記憶している。
「やっぱりどんな髪型も似合うね」
「・・・ソウデスネ」
「次は何がいいかなー。ポニーテールとか?」
せっかく時間をかけて編んでいた三つ編みを解き、もう一度梳く。
しゃ、しゃ、と。決して大きくない音が鼓膜を刺激する。
なんだかお姫様みたい。・・・囚われの。
勇者さんはいつ来るのかな?はよきて。
「ねぇ、なんでお家デートばっかりなの?」
「んー?だって室内ならどんなにくっついても怒らないじゃん」
公の場だと照れるという、私の心理をきっちり分かってらしたのか。
否定できない自分が情けない。
だって恥ずかしいじゃないか!人前でバカップルみたいなこと、絶対無理だ。
悔しい。
他でもない、この彼に自分の考えを見透かされているのが。
この上なく、悔しい。
「もしかして、お外にデートしたいの?」
「だって退屈だもん」
見飽きるほどに訪ねている彼の部屋。
本棚に並ぶ参考書のタイトルを暗唱できるほどに眺めている。
「うーん、お外はなー」
「なんでそんなにいやそうな顔するの?」
「だって俺の彼女なのに、他の人が見るなんておかしいじゃん」
「・・・・ぅん?」
「俺だけが愛でるべきであって、他の人は一目だって見ちゃダメなの!」
おかしい。
日本語でコミュニケーションしているはずなのに、彼の言おうとしている事が理解できない。
退屈の所為で脳みそが溶けてしまったのだろうか。
「だから貯金が溜まったら、遊園地を貸切にしてデートするんだ」
それは死亡フラグだよ、というツッコミはしなかった。
そんなことに無駄にお金を使わないで欲しい。
普通に、一般料金で、楽しもうよ。
デートだよ?私達まだ高校生だよ?
金銭感覚がずれているというわけじゃないと思いたい。
「それまで、まってて?」
「やだ」
「あれれー、今日はわがままさんだねー」
「むー」
「じゃぁ、お買い物でも行く?」
「え、いいの?」
「お手てつないで行こっかー」
「やだ」
あらあら困った子ねぇ、と言いそうなおばさんのジェスチャーをする彼。
困っているのはこっちだよ、の文句苦情はしまっておいた。
髪を束ねて、上へ上へと持ち上げ、縛られた感覚。
ポニーテールが完成したようだ。後ろまで綺麗に整っている。プロの技か!
シャラ、と音がする。もしかして小学生女児のしている類の髪留めだろうか。
取ろうとした右手を止められる。
「だーめ」
「子供っぽいのやだ」
「いいじゃん。今日は甘えたさんでしょ?」
お財布と、スマホをポケットに突っ込んで準備完了した様子。
座ったままの私の両手をつかむのではなく、脇の下に手を差し込んで立ち上がらせる。
介護されている人の気持ちだ。
「デート、行こうか」
「・・・・・・・・(ぷぃ)」
にこやかにしている彼がかっこよかったとか言えないから。
なんだか顔が見れなくて、目線を逸らした。
その隙に左手が攫われてしまい、恋人つなぎの生産がされる。
数時間ぶりに彼の部屋から出た。
外に出て、件特有のスーパーに向かう。
いつも好んで利用するスーパーだから、勝手知ったるものだ。
バカップルを見るような、不躾な視線は感じないフリをしておく。
心が折れそうだ。明日以降、このスーパーに来れる気がしない。
「何買うの?」
「うーん、何食べたい?」
「・・・・・・甘いのがいい」
「了解ー」
私と一緒にいる時の彼の顔は、いつも崩れ過ぎている。
にこにこ、じゃなくて、にへらぁ、って感じ。
かっこよさが乖離していて、可愛い感じが押し出されているみたいだ。
彼の左腕にかかっている買い物かごに、クッキーやらチョコレートやらが入れられていく。
慌てて止める。もしかしなくても、彼はポケットマネーで払う気だ。
割り勘という考えは真っ向からない。
それにしたって、一体幾つ買う気なの!
「そんなに買ってどうするの?」
「え、だって」
「・・・・太らせて食べる気なの?」
「うーん、それもそうだね。どれが好き?」
「チョコのは好き」
「俺は?」
「・・・・・(ぷぃ)」
「もーかわいいなぁー」
私が好きだと言ったお菓子以外を棚に戻す。
その傍らで、彼の好みだと思われるお菓子を私が突っ込む。
「これ甘くないよ?」
「・・・・・いいの!」
彼は私とは逆で、辛党である。味覚が合わない事は多々ある。
でもお互いの好みは尊重し合っているから、食べ物のトラブルは今までない。
それに彼が、嫌いなものを無理やり食べさせられると私が怒る、とわかっているから。
「えへへへ」
「なに?」
「優しいなぁって」
「・・・・別に!たまにはいいかなって思っただけ!」
「素直じゃないなぁ」
顔が赤くなっている気がしたので、そっぽを向く。
どうだ、これで私の顔は見えないだろう。ざまあみろ。
なんて。幼稚にも程がある発想に我ながら、馬鹿だと思う。
いつもいつも、こうだ。素直って言葉は私とは無縁な存在なのだと痛感する。
彼が好きなのは、きっと私なんかよりもずっと素直な女子だろうに。
「つれない態度も俺は好きだよ」
こうして甘やかすからダメなんだよ。
ほらまた顔崩れているし、私の顔は真っ赤に染まるし。
冷えてるかなーと耳たぶを触れば、暖かい。これはまずい。
離れようにも、彼に掴まれた左手が邪魔でままならない。
うわー、どうしよー。なんて悩んでいる内に、会計までが滞りなく済んでしまった。
後でレシートを見せてもらおう。
全体の半分、それか自分用のお菓子分くらいのお金位払わないと気がすまない。
そもそも彼は節約という言葉を履き違えてはいないか心配だ。
彼のお金は、彼のために使うべきなのに。
「じゃぁ、帰ろうか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
私の家じゃないけど、と言いかけてやめた。
どうせ彼のことだから、「いつか一緒の家に住むの楽しみだねー」とか言いそうだったから。
まだ、そんな歳じゃないから。そう言って逃げているも同然だけれども。
もしも、婚姻適齢になった時。私はどうするんだろう。
でもそうか。その時まで、この関係が続くかに因るか。
そう考えた私は、当分こうしてぐだぐだと生きていくことにした。
他愛のない小さな話や、デートがいつか、懐かしい思い出話になるのだろうと思って。
「また、デートしようね」
「うん」
外がいい、なんて贅沢なのだろうか。
言いかけた口を右手で抑える。上機嫌な彼を徒らに不機嫌にする必要はない。
相変わらずニコニコ顔の彼を横目で見て、ほっとする。
夕日の中の私達の影は遠ざかるスーパーまで伸びていた。
恋人つなぎしている影が、遠くの方に残されていたのは結構恥ずかしかったけど、まぁいいか。
だって影に顔なんてないもんね。