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天然系王子  作者: 森草華
6/6

小話。

尚、大学一年。

早夜、高校三年。


四月の終わりごろです。




 早夜の部屋よりも広く、シンプルだけれど落ち着く部屋の真ん中で早夜は頭を抱えていた。


「あー…。もう、分かんない!」


 ポイッとシャーペンを放り出し、机上のテキストの上に突っ伏す。眉間のシワをぐっと寄せて、うぅ…と呻き声をあげる。

 …いくら考えても分かんないよー!!


「さーや、どうしたのー?」


 この部屋の主、尚がいつもの気の抜けた調子で部屋に入って来た。大学生になった尚は、大学と早夜の家の中間で一人暮らしを始めていた。

 幸いにも早夜の家から尚の大学まではバスで三十分の所にある。だから寝坊助な尚も、早夜に起こしてもらいながらギリギリ遅刻しないで通える距離なのだ。

 にこにこと微笑む尚の手にはココアが入ったカップが二つ。尚がお揃いで買っていたピンクのドット柄のカップは早夜のお気に入りである。


「先輩、やっぱり私にT大とか無謀だったんですよ…」


 大学の過去問題を広げながらすっかり意気消沈した早夜は、隣に座る尚にため息交じりに告げる。

 …解いてみようと開いたはいいけど…何これ?暗号?意味がちっとも理解出来ない!全っ然、分かんないんですけど!

 遠い目をしている早夜を見かねたのか、尚は早夜の頭を撫でながら尋ねる。


「んー、じゃあ俺が教えてあげよっかー?」

「えっ!いいんですか!…じゃあ、これ教えて下さい」


 基礎中の基礎であろう問一を指差して問う。


「ああ、これはねー、これをこうしてこうやって…はい、解けたー」

「えぇ?ちょ、なんでこうなるんですか!解説をお願いします」

「えー?うーんとね…勘?」

「……。やっぱり一人で勉強するんで、先輩はあっちに行ってて下さい」


 尚が解いた公式をいくつもすっ飛ばした問題を見て、にらめっこをする。尚は何を思ったのか、早夜を後ろから抱え込む形で座り直る。あの真冬の屋上の経験からか、早夜が動揺することはない。…若干、頬は赤くなるが。


「さーやなら大丈夫だよー。だって、さーやが一生懸命頑張ってるの、知ってるよー?」


 尚が優しい声音で早夜に語りかける。

 …分かってる?こんなに頑張ってるのは、先輩の為だってこと。…先輩と一緒にいたいから。

 早夜は気を引き締めて、もう一度テキストに向き合う。その間、尚は早夜を少し離して顔を覗き込む。


「さーや、こっち向いてー?」

「先輩、邪魔しな…、っ」


 尚の綺麗な顔が驚くほど近く、それ以上に今触れ合っている唇の温かさに意識が飛びそうになる。たった数秒の触れ合いが、とてつもなく永く感じられた。終わりを告げるように、下唇を少し舐められる様がひどく艶かしい。

 数秒だけ思考停止していた早夜は現状を理解すると、ぼんっと音が聞こえそうなくらいに一気に顔を赤らめる。


「なっ、いいいい今…!」

「んー?おまじないだよー」

「お、おまじないって…!」


 以前、おまじないと言って指先に口づけをされた事が思い出される。それと今の出来事が頭の中で繰り返され、早夜は混乱する。

 …な、なんで今、き、キスしたの…っ?しかもいきなり!うぅ、もうちょっとロマンチックな雰囲気が良かった…って、違う!


「おまじないだよー、じゃないですよ!初めてだったのに…!」

「初めてかー。嬉しいなあ」

「先輩のばか!わ、私のファーストキス返せ!」

「ん、いいよー」

「んぎゃあ!!」


 先程よりも軽くちゅ、と可愛らしい音をたてた唇を早夜は両手で押さえた。

 …こ、言葉の綾なのに!本気で二度もき、キスをしてくるとは、さすが天然王子…!うああどうしようううぅ!

 悶えている早夜とは対照的に尚はどこ吹く風である。そんな尚を早夜は赤い顔で睨み付ける。

 …一人だけ涼しい顔しちゃって!

 尚は早夜の頭を撫でながら、優しく微笑んだ。


「おまじないしたから、来年からもずっと一緒だよー」


 尚のこの言葉と笑顔に何も言えなくなる早夜は、やっぱり尚には敵わないと自覚するわけで。


「んー、眠い。さーや、一緒にお昼寝しよー?」

「ちょ、何抱き着いて…ってもう寝てる!?」


 尚と早夜のゆったりとした時間はこうして過ぎていく。

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