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午後の日差しが優しく降り注ぐ屋上に、早夜は一人佇んでいた。正確には屋上へ繋がる扉のすぐ前で、瞬き一つしないままじっとその扉を睨んでいる。
緊張しているのか掌は、周辺の学校から可愛いと人気の学校指定のプリーツスカートをきつく握りしめたまま微かに震えている。
そして、ガチャっと早夜にとって運命の扉が大きな音をたてて開かれようとしていた。
早夜は全身で自身の心臓の音を聞いていた。
扉が完全に開かれるその瞬間、扉の向こうから現れるだろうその人に思い切り頭を下げた。
「す、好きです!付き合って下さいっ」
ぎゅっと目を閉じて、相手からの返答を待つ。それは早夜もびっくりするほどの速さで返された。
「うん。いいよー」
「えっ、ホントに……って、」
思わぬ返事に早夜は驚いて、伏せていた頭を上げて相手を見る。
「…あなたは誰ですか?」
全く知らない人だった。
早夜はお昼休みも終わろうとしている時に、想い人へ放課後に屋上へ来るように告げた。
本当は朝に告げようと決意していたが、初めての試みに早夜は怖じ気づいてしまっていた。やっと言えたのは、想い人がたまたま一人で自動販売機の前にいたところを見かけたからに過ぎない。
そして、どきどきしながら屋上で待機していた早夜の前に現れたのは見知らぬ男。
約束の時間は当に過ぎ、来たのは目の前のへらへらしたやたら髪色が明るい男だけ。
…ということは。私、振られたの…?話しも聞いてもらえずに。
うっすらと早夜の瞳に涙が浮かぶ。その時、何とも気の抜けるような声があがる。
「俺ー?俺は三年の日向尚だよー」
振られたばかりの傷心の早夜に、男は先程の質問に律儀に答える。
そこでやっと早夜は目の前でやたらとへらへらとしている尚を見た。上履きの色から見て、早夜の一つ上、三年生だと言うことが分かる。そして、尚をよく見れば顔も整っており、身長もかなり高い。
こんなハイレベルな先輩に間違いとはいえ告白をしていただなんて、身の程知らずも甚だしい…!と早夜は軽く衝撃を受けた。
しかし、相変わらず気の抜けたような笑顔を向ける尚に、早夜は次第に肩の力も抜けていく。
…なんかいろいろ考えるの馬鹿らしくなってきた…。
早夜にとって想い人に振られたことすら、このふにゃりとした笑顔の前ではどうでも良いように思えてくるから不思議である。それに加えて早夜の元々の性格のせいか、気持ちの切り替えは早かった。
…よし、失恋には次の恋よね!でもその前に、先輩の誤解を解いて早く教室に戻ろう。うん。
「あの、さっきの事は忘れてくれませ…」
「君の名前はー?」
尚はにこにこと早夜の言葉を遮る。
…え?今、私喋ってたよね?思い切り私の話はスルーなんですけど。
「…二年の井沢早夜で…って、聞いてます?」
尚は早夜が喋っている途中で早夜の足元にころりと寝転んだ。
…せっかく答えたのに、聞いてない!なんてマイペースな人なの!
んーっ、と気持ち良さそうに伸びをしてから尚は早夜を見上げた。
「んー?じゃあさーやちゃんね」
「しょ、初対面で親しげな愛称付けられた!」
「俺は尚って呼ん…」
「呼びません!」
ゆるゆるな尚に、早夜は素早く言葉を返す。しかし尚はそれを軽く受け流して、のほほんと笑っている。
…この人、天然だ!いかん、このままだとこの人のペースに巻き込まれてしまう…!早く誤解を解いて帰りたい!
「先輩!さっきの事なんですけど…」
「ねぇ、さーや」
「なんで、さっきよりフレンドリーに!?」
「さっきから言おうと思ってたんだけどー」
尚がふと笑みを消して、早夜を見つめる。早夜は尚を見下ろしながら、やっぱり顔は格好いい人だ…と自然と胸の鼓動が早くなる。
「パンツ、見えてるよ」
「っ、!!」
早夜は素早く尚から一歩距離をとる。
「…っ、早く言え!見んなぼけ!」
「水玉もよ…ぐぇっ!」
「口に出すな!」
尚が余計な事を言う前に早夜の足は勝手に尚のお腹を踏みつける。早夜は羞恥で顔を赤くしながら屋上を走り去る。
…もう、最悪だ!