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第五話 常夜の春

第五夜 常夜の春



窓の隙間から入る朝日はすでに、向かいの店の屋根を越えていて私のベッドに突き刺さります。前夜にクラゲ取りをしたため、今日のお仕事はお昼からでいい事になっています。私はふと、クラゲを入れたグラスを見ると、すでにクラゲは消えて白い砂粒だけが残っています。マスターが陽の光に弱いと言っていたので、朝日で溶けてしまったのでしょうか? 悪いことをしました。


着替えようと身体を曲げると体の変な筋が引きつっています。久しぶりに泳いだ所為で普段使わない筋肉が悲鳴を上げているのでしょう。私はそっと服を着替えて、微妙に前傾姿勢のまま酒場になっている階下へと降りていきました。


階下は夜でした。普段、昼間は窓を開けはなって、掃除をして空気を入れ替えているはずなのですが、今は窓の雨戸を閉め切って、昼真っからランプを灯しています。なんなのでしょう?


「おはようございます、マスター。それは何ですか?」

「おはよう。昨日はありがとう。これは……まあ、ちょっと見ていてごらん」


厨房に屈んでいたマスターはアルコールランプを灯し、蒸留器を使っているようです。良く見ると蒸留器に掛かっているのは、度数の高そうな酒と良く分からないハーブ類と蜂蜜、そして昨日私が取ってきたクラゲです。なんの魔術かと思いマスターに尋ねます。


「リキュール作りだよ。海月の月の光をお酒に移しているんだ。アルコールはいい溶媒になるからね」

「へえ、うちオリジナルのお酒ですね。」

「いや、まあうちで仕込んでいるけれど、レシピ自体は元々あるものだよ。」

「今日、何かあるのですか。」

「今日は貸し切りの予約が入っていてね。これを出す約束になっているんだ。」


暗い室内で淡い光を放つ、お酒は本当に魔法の薬のようです。マスターは蒸留に時間が掛かるから

私は、貸し切りの札を入り口に掛けて、マスターに言われるままに室内の飾り付けをします。まず、締め切った窓にドレープをつけた暗幕を掛けて雰囲気をだします。端に寄せた机にテーブルクロスを掛けて、ランプを置いて照明にします。食器はグラスのみで他にはありません。二人がけの小さな机を中央に持ってきて、真ん中に月下美人のドライフラワーをあしらった飾りを付けます。





日が完全に沈み、夜の帳が下りた頃、ドアベルがチリンチリンと鳴り響きます。私はお客さんかと思いましたが、入り口の戸が閉まったままです。雨戸は締め切っているので風もありません。しかし、ドアベルは鳴り続けます。私が不思議に思っているとマスターが声をかけてきました。


「予約のお客さんが見えたから席にご案内して。あ、中央は主賓だから空けておいてね」

「え? だってまだ……あ」


良く目を凝らすと、暗がりから染み出すようにじわじわと人影が見えてきました。全員黒っぽいフードを被っています。どうやら今日のお客さんはゴーストだったようです。ゴーストは光を嫌い、基本的に何かあるまでは気に入った場所に留まり続ける大人しい種族です。彼らを追い出そうとすると抵抗するそうですが、奇音を鳴らしたり、そっと近づいて脅かしたりといった可愛いものです。


この歪曲都市では常夜と呼ばれる地域がお気に入りらしく、彼らはそこに住んでいます。そこには岩戸と呼ばれる浮石があって、昼間は太陽を覆い隠してしまい、常に暗いため、常夜と呼ばれているのです。


私は思考を打ち切って、こちらへどうぞ。と先頭のゴーストさんに声をかけながら奥の方の机へと誘導します。ゴーストさん達はぞろぞろと音も無く、席に着きます。戸は通り抜けてしまったようですが、椅子には座れるようです。もしかしたら座るように浮いているだけかもしれませんが。彼らは席に着くと一様に入り口の戸に首を向けます。私も一緒になって入り口を見ると、もう二人ほどお客様がみえました。


しわ一つ見えない、濡れカラスの様な色の美しい黒のローブをまとったゴーストさんと、真っ黒ですが綺麗に編み上げられたレースをあしらった可愛らしいローブを被ったゴーストさんです。なんとなく、幸せそうな感じがします。真っ黒ですが。彼らは並んで中央まで来ると四方の他のゴーストさん達にお辞儀をしてから席に着きました。


その光景を見ていると、後ろからマスターが出てきました。手には光る液体の入ったグラスを2つ持っています。あのクラゲのリキュールの様です。マスターは中央の机までくると、二人の前におき、一礼して下がってきました。そして私の横に立ちます。中央の机の二人はグラスを持ち上げ、チン、と軽い音を立てて縁を当てた後口を付けます。それを見届けた後、マスターは厨房に下がります。


「マスターこのあとどうすればいいのです?」

「周りのヒト達にも、このリキュールをお出ししてね。」

「分かりました。でもゴーストって光が嫌いなのに大丈夫なのですか?」

「ゴーストが嫌いなのは陽の光だね。だから彼らは代わりに月の精を啜っているんだよ。海月はその身体に月の精を集めてくれるから、海月から作るこのお酒が彼らにとってのご馳走なんだよ。」

「そうなのですか。」


私は待たせてはいけないと、話を打ち切って周囲のゴーストさんに光るリキュールをついで回りました。周囲のゴーストはお酒を飲みながら、ざわざわと会話をしていますが、稀人である私には聞き取れませんでした。空になったグラスに注いで回っていると、結構忙しいものです。暫くしてからようやっと一息つけました。


「マスター、これって何の集まりなのですか?」

「何だと思う?」

「その真ん中の二人の雰囲気は結婚式みたいなのですが、真っ黒で静かなので、その、お葬式みたいにも見えてしまって……。どちらなのでしょう?」

「しいて言うなら両方かな」

「両方って結婚式とお葬式……ですか?」

「そう、彼らゴーストはね、好き合っても結婚はできない。そういう種だからね。だから、カップルが成立すると、彼らは二人でそろって転生するのだそうだよ。あのリキュールはね転生のための力をつける為に呑むといわれているね。そして、周囲からしたら彼らとのお別れなんだ。」

「二人で転生? じゃあ何処かで別の姿で生まれなおして、それから結婚するってことですか?」


マスターは皮肉げに肩を竦めます。これは嫌な予感です。


「僕は運命の赤い糸だの、前世から結ばれていただのと言う者を良く見てきたが、彼らの多くは、それがいかに当てにならないかを身をもって知ったと思うよ。」

「つまり、約束を交わしても転生後に一緒になれるとは限らないのですね」

「それが人生だ」


なんとなくしんみりしてしまって、私はそっと席の方を伺います。みな席を立って思い思いの場所に集まっています。私には聞き取れませんが、もしかしたら今までの思い出を歓談しているのでしょうか。


春は出会いと別れの季節といいますが、常夜の春にも出会いと別れがあるようです。

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