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第一六話 今日までふたり 中編 道端の神様

第一六夜 今日までふたり 中編 道端の神様



私は先ほどの風見鶏型道祖神の辻まで戻ってきてしまったのかと思いました。何せ木々で見渡しの悪いデコボコ道です。まっすぐ下っているつもりが、いつの間にか戻ってきてしまった。そんなこともあるかもしれません。と、そこまで考えてみたのですが、どうも違います。先ほどの分かれ道は三叉路でしたが、ここは十字路です。違う場所でしょうか?


“必ず右に行きなさい。ちなみに帰りも同じ右だよ”そんなマスターの言葉が頭の中で再生されます。帰りも同じ道を帰って来いという意味と勝手に思って、私は右から来たのと同じ左の道を選びました。どうやら帰り道に右を選ばなかったことが間違いの原因のようです。どちらから来ても右だけが目的地に通じているということでしょうか。徒歩で一方通行の道とは随分面妖な道です。


私はとり合えず先ほどと同じ風見鶏か、その薄い銅板の鳥を凝視します。鳥の足元の台座には「迷わずの小路」そう読める文字があります。迷わないと明言された道で、迷った私はどうすれば良いのでしょう。それともこの文章は皮肉を込めたジョークなのでしょうか。私はため息を吐いて、とり合えずもと来た道を戻ろうとしてみたら……


「道がない……。そうですよね。ここは歪曲都市ですものね」


不思議だってもう慣れっこです。戻れないなら進むしかありません。この歪曲都市は広いですが、その中央部にある森がそんなに広いとは思えません。最悪木があろうと何だろうと、下っていけば何処かに出られるはずです。とり合えず道があるということは何処かに通じているのでしょう。私は適当に右の道に進みます。しばらくして現れたのはまた風見鶏。台座には「迷わずの小路」。私は見たものを無視してこんどは左に進みます。でも前からは風見鶏が現れます。そんなことを何回か繰り返した後。


「……」


私はさっき見たばかりなのに、何回ものうれしくない邂逅で見慣れてしまった風見鶏を胡散臭げに見ます。風見鶏型道祖神はどこ吹く風でクルクルと回るばかりです。私はこの道祖神を無視して通るのは不可能だと悟り、長くため息を吐いた後、ぱんぱんと拍手を打って、威厳のない風見鶏に頭を下げます。


「道祖神だって神様ですよね。困ったときこそ神様に頼むものです。……道祖神様、私を街に帰してください」


森の中で、女が風見鶏に頭を下げて拝んでいるのです。傍から見たら変な光景でしょう。たっぷりと10秒くらい経ってから、歌うような調子で目の前から声がしました。


「君が進むのはあっち? そっち? それともこっち?」


高くしわがれた様な老人とも子供とも取れない様な不思議な声です。が、目を開けても風見鶏が回っているだけです。でもどんなに目を凝らしても声の発生源らしきものは、風もないのにくるくる回る風見鶏しかありません。もしかしなくても今喋ったのはこの風見鶏型道祖神でしょう……いいのです、平面の鳥が喋っても歪曲都市ですから!


「ええと、道祖神……様? 私は街に帰りたいのですが」

「私は道祖神ではないよ。それにここだって街の中だ。それにここは迷わずの小路。どの道も君の行きたい方に通じているよ。どこに行きたいのかを願って好きな道を行くと良い」

「では、表通りはどちらでしょう?」

「はて? ここは螺旋渦巻く歪曲都市。この場所からはどの方向を向いても表通りじゃないかな」


風見鶏に諭されるとは悔しいですがその通りです。表通りはこの歪曲都市を取り巻くように螺旋状に配置された道です。そしてここは街の中心部の森。たしかにどちらの方角も表通りに向いていると言えるでしょう。そうですね。質問は具体的にもっと分りやすくピンポイントでなくてはならないようです。


「私は蜻蛉さんのレンズ屋の角から来ました。そこに戻る道を教えてください」

「さて?」

「じゃあ、コージン様のお社まで戻りたいです。どの道ですか?」

「さあ?」

「森から抜ける道!」

「はて?」

「私をマスターのところに帰してください!」

「無理ではないかな?」


神様相手に苛だったのは初めてです。私を馬鹿にするように、風見鶏の下で方位を示すはずの十字もくるくる回っています。方角も風上も示さない、この役立たずの風見鶏をどうしてくれましょう。でも、この鳥型の銅板は厚さ5ミリくらいありそうです。殴っても私の手が痛いだけでしょう。この風見鶏は道祖神ではないそうですし、これは狐狸の類に化かされているのではないでしょうか。不思議だらけの歪曲都市、狐や狸がしゃべっても良いでしょう。これは眉に唾を塗って行かなければならないでしょうか?


しかし、どうしようも無いので私は風見鶏に聞きます。苛立ちは隠しきれず、どうにも棘のある言い方になります。


「迷わずの小路にある道祖神なのに道案内できないのですか?」

「道は道でも、私が示すのはジンセイの道。いつだって誰だって道を歩んでいるのだから」

「じゃあ私が人生に迷っているから、この森で迷ったってことですか?」

「いや。君は不可能な道を考えているからね。続く道が無ければ道案内もできない。だから君はここに戻ってきてしまう」


私は帰りたいと考えていたはずです。それを道祖神に問いただします。


「私は帰れないって事ですか」

「帰る場所による。それに続く道があるかないか。私は、道は作れない、ただ示すだけ。君が帰る場所はどこかな?」


私が戻る場所。私が所属する場所。二つあるはずです。私がこの歪曲都市に落ちる前に済に家族と住んでいた家、マスターが迎えてくれた酒場。


「酒場か家です」

「ふむ、今、君から伸びている道が続いている先は酒場だね」

「それはどちらの道ですか?」

「どこでも。初めに言っただろう、ここは迷わずの小路、君がそう思えばそこに続いている」


どういう意味でしょう。それに今までだって、早く店に帰ってマスターの手伝いをしなきゃと考えていたはずです。はっきり言葉に出さなくては、目の前にある不思議な力でループしていた道が、外に繋がらないのでしょうか。


そして、周囲を見て気がつきます。いつの間にか十字路だった道は、一本道になっています。きっとこれが帰り道でしょう。先ほどの苛立ちも忘れて、浮かれた私はお礼を良いながら振り返ります。


「ありがとうございました。道祖神様、これで帰れます」

「だから道祖神ではないよ。私は、誰かの向かう道筋を示す“向神”だ」

「向神……あれ? コージン様?」


振り返った私の目には、唯の石の台座があるだけでした。


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