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第一話 ランプ

第一夜 ランプ



赤々とした夕暮れから紫色に空が染まった頃、ドアベルが鳴り今日のお客さんがいらっしゃいました。今日の一番客は、常連の鳥人さん。色の地味なビッグバードに似ています。別に天使のように背中に羽を背負っている必要は無いのですが、この微妙な人型が奇妙です。鳥人さんはそのまま奥のカウンター席に向かいます。私が鳥人さん注文を取る前に、次のお客が入ってきてしまいました。酒場と言いつつも、食事がメインのうちの店は開店から暫くの夕食時は忙しいのです。


「マスター、奥の鳥人さんがムシ飯、大テーブルの爬虫類さん御一行はお任せ5人分だそうです。」

「わかった。でも当人たちの前で鳥人とか爬虫類とか言わないように。」


マスターは淡々と調理をしながら返事をし、出来上がった料理を私のほうに渡してきます。マスターは図書館にいた私が本棚の隙間からこの都市に落ちてからお世話になっている人です。私はこの都市では稀人と呼ばれています。「稀人とは珍しい」と言われて、ここに置いて貰っていますが、カウンターの奥から伸びてくる妙に長い手にも慣れてもいい頃でしょう。マスターは気をつけの姿勢で手が床近くまで届く手長の人で、耳も福耳気味なので、なまじ顔が整っている分、余計に笑えます。初めて会った時は、三国志の劉備はこんな感じだったのだろうかと、自分の腹筋との戦いでした。


私は混雑を緩和しようとテキパキと注文を取っては、できた料理を出していきます。料理は色々。生肉のマリネ、青藻の炒め物とか、スパイスをまぶした石の様なものもあるのです。うちは特別美味しいわけではないのですが、どんな種族にもそこそこ美味しいご飯を作ってみせる店として売っているようです。昔、マスターに、酒場から食堂に名前を変えてもいいのでは? と、聞きましたが、マスターは首を縦には振りませんでした。マスターは酒場という名前に拘っているのだと思います。たぶん。


食事を出し終えて、食器を片付けて、テーブルを拭く。時間にして3時間ほどすると、忙しい時間が通り過ぎて、落ち着いた時間になります。ここからはお酒がメインの時間。酒場というよりはバーと呼びたい空気です。夕食時はあんなに騒がしかったのに、この時間は静かになるのが不思議なものです。ウエイトレスとしての仕事はほぼ無くなり、ここからはお客さんの話を聞くのが仕事なのです。


今日のお客は隣のランプ屋のご主人さん。

ランプ屋さんは夫婦二人でやっており、二人とも小鬼のような外見をしています。

この旦那さんが昼間に綺麗なランプを作り上げ、奥さんが夜にそれに光を灯して売っています。デザインは奥さんが売り子をしている間に書くらしいのですが、私は一つとして同じランプを見た事がありません。ガラスの中に踊るランプの光は本当に綺麗で、いつまでも見ていられそうです。そんな小鬼の旦那さんですが、今日はしょげ返っていて元気がありません。


「娘さん娘さん、聞いておくれよ。一昨日、連れが出て行ってしまったんだ。」


どうしてですか、と問えば分からないと答え、小さなグラスに入った酒をクイと飲み干す小鬼の旦那さん。私は空いたグラスに酒を注ぎ足しながら聞いてみます。


「奥さんと喧嘩でもしたのですか?」

「いや、そんなことはない。でも、最近あいつの気持ちが分からないんだ。連れとはいつだって、ランプさえあれば通じたのに。」

「ランプ……ですか?」

「ああ、そうとも、連れの書くデザインを見れば連れが今どんな気持ちで居るのか分かる。連れも、俺の作るランプを見れば、俺がどんな気持ちでいるのか分かったんだ。」

「話はされないのですか?」

「……。最近連れの書くランプのデザインが分からなくなってきた。だから3日前の夜中に聞いてみたんだ。「どうしたんだ」って。」

「それで奥さんは?」

「黙って、店番に戻ってしまった。翌日、一枚のデザインが残っていた。」


小鬼さんは一枚の紙を私に差し出し、項垂れています。私はそっとそのデッサンを受け取り、それを眺めます。銅でできた油壷から芯が伸び、それを下部が球状に膨らんだ筒状のガラスで覆ってある。上部には同じく飾り気の無い傘と取手が着いている。特に変わったところの無い普通のランプでした。


デッサンについて考えてみましたが、私はランプの知識なんてありませんし、芸術的素養とも縁がありません。そもそも、さっきから延々と半泣きで、絡み酒のようになっている小鬼さんは私から答えを得ることなど期待していないでしょう。私の役目はただ話を聞くことなのです。なので、素直にそのまま答えました。


「普通のランプだと思います。」


小鬼さんはテーブルから顔を僅かに持ち上げて、小さな声でしゃべります。


「そうだ。普通のランプだ。水の中で煌く訳でもなく、ゴースト用の黒い光を放つわけでもない。誰が作ったって同じ物が出来る基本形だ。俺も修行中は何百何千も作った。」


この都市では想像のつく範囲の不思議なことは大体起こりえることなのです。水の中で火が灯っていても、幽霊がいても、空を魚が泳いでいても驚くのは私だけ。外を歩いているときに驚いてばかりでは変な目で見られるので心の中だけで驚くようにしていますが、最近は、その日あった理不尽な光景をマスターに報告してガス抜きするのが日課です。


「……奥さん、その頃どんなでした?」

「何にも無い苦しい時代だ。店も持てずに、作ったランプを二束三文で納入するばかり、二人して睡眠時間を削って材料を買い集めたり、皹が入ってないか検品したり……。」


小鬼さんはむにゃむにゃ言いながら、テーブルに突っ伏します。いつもよりお酒の回りが速いようです。私はお酒のビンをそっと、手元に引き寄せると、ふと思いつきを口にしてしまいました。


「小鬼さん。もう一度、その頃と同じ様に作ってみたらいかがですか?」


「奥さん帰ってくるかもしれませんよ」といい終わる前に、小鬼さんはガタリと音を立てて立ち上がりました。立ったといっても、私の胸くらいまでしかありませんが。


「娘さん。そりゃあ名案だ。あの頃ランプを夢中で作っていたらいつの間にか親方の娘が俺の連れになっていた。夢中でランプだけを作っていれば、また、いつの間にかに連れが帰ってくるかもしれない。」


そんなことを言いながら、よたよたと外へ出て行ってしまいました。特に意味も無く、相槌の代わりに言った言葉を真に受けられて困惑気味の私が、机の上に置き去られたランプのデッサンに気がつくのは30分後でした。




一週間後、小鬼さんが誰かと一緒にまた来ました。小鬼の性別というのは分からないのですが、二人の様子を見るからに小鬼さんの奥さんようです。二人は子供用の足の長い椅子に座りながら、仲良くお酒を飲んでいます。私が氷を足しにいくと、呼び止められました。そして、奥さんから事のあらましを聞きました。


最近、旦那さんといる時間がすれ違って、お互い分かり合えているのか不安だったこと。

いつも店にいるので、ランプのデザインのアイデアが尽きそうで怖かったこと。

でも、旦那さんのことは嫌いになった訳ではないこと。

少し旅をして、デザインのための綺麗なものを色々見たら帰るつもりだったこと。

あのデッサンは、デザインの源がなくなったので、旅に出ますという意味であったこと。

旅から帰ってきたら、店中、工房中が旦那さんの作ったランプだらけだったこと。


エッセンスを抽出すると、そんなことを聞きました。実際には、これに砂糖を壷ごと放り込んだような甘さで、口の中がジャリジャリするような気さえします。ドライマティーニが欲しいです。


「そうだ。娘さん、これをやろう。」


小鬼さんがテーブルの上に置いたのは、どこにでもある普通のランプでした。私が首を傾げていると、小鬼の奥さんが旦那さんより少し高い声で言いました。


「主人がランプを作りすぎたもので、お世話になった人にお配りしているんですよ。」

「じゃあな、娘さん。俺たちはこれで帰るよ。連れが戻ってきたから、これから二人で新しいランプのデザインを考えるんだ。」

「では、お嬢さん。また主人と寄らせていただきますね。」


二人は仲良く寄り添って店を出て行った。


こうして、今日も歪曲都市の夜は更ける。


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