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族趣味は、今も続いているんですね」

「ああ……ウルナが生きている限り、永遠に」

「俺は最初、貴方が彼女の父親ではないかと思ったんですが、振られた所を見るとそうではありませんね」

「やっぱり振られたのか、私は」

「お気の毒に」

「うるさい」

「すみません」

「……私は、冥魔術に耽ってしまってね。子供の頃からこれ一筋だった。召喚も得意だったし、貴族連中に冥獣をやる事もあった。とにかく、もっと冥魔術で遊びたかったし、学びたかった。その為にはどうしてもロードという身分が邪魔だった。足枷を嵌められたまま海に放り込まれる気分だったよ、当時の私は。――こんなジスティアスの恥曝しは当然ながら勘当状態で、貴族の世界では死んだ事にされていたから、そのまま上手くいくと思った。好きな事だけをやって生きていけると。ところが、父が他に子を作らなかった故に起きたお家騒動、お前も知ってるだろう? 再び私に白羽の矢が立った。当然だな、実子なのだから。それでもどうしても私は厭だった。だから、身代わりを立てた」

「世間的に死んだ貴方という立場はそのままで、隠し子がいたというアプローチをしたんですね」

「そうだ。孤児院から何も知らない貧しい子供を引っ張ってきて、立場も富も与えるんだからお互いにとって悪い話じゃないと信じてたんだ。信じられない愚か者だろう? それが私、アイスグラント=ガレナ=ノム=ジスティアスだ」

「彼女に白羽の矢を立てたのは何故です?」

「さあね、良く分からない。ただ――教会を覗いた時、まだ幼かった彼女が豪奢な天井を見上げながら、懸命に絵を描いていたんだ。ステンドグラスでも描いているのかと思ったら、彼女は教会の設計図を描いていたんだよ。内側から見上げて、模写するみたいに、建物の設計図を。凄く面白い、と思った。この子はある種の天才だと。多分それだけの理由だ。次の日、彼女はジスティアス家の嫡子として迎え上げられた。私もそのまま、面白い面白いだけで生きてゆければ良かったんだがね。父がそれを許さなかった」

「貴方をバトラーとして置いた?」

「そう。父は放任主義だったが、愚か者には制裁を与える。自分のしている事を、しっかりと見据えろ。そう言いたかったんだろう。言いつけ通り、渋々ながら彼女の教育係になってしまった私は、時がたつにつれ自分のした事の恐ろしさにただ怯えるばかりになった。自分の役目は彼女の厳格な教育係だと信じることで、どうにか平静を保っているがね。これでも毎晩、うまく眠れないんだ。……なあ、想像してみろ」

「……」

「愛する人が、自分の幼かった欲望の為に人生を狂わされ、何も知らず懸命に役割を果たそうと努力し、それが上手く出来ず苦しむ姿を。そして自分は彼女に憎まれ疎まれる存在だという事を」

「……」

「私がウルナを愛してしまった事は、利己主義だった過去の私への罰だ」

「執事殿が握っていた貴方の弱みとは、この事だったんですね」

「あいつは本当に勘のいい人間でな。野心を抱くような人間でなくて助かっているよ。自分の中の変なポリシーだけに忠実だからな」

「貴方が握っている執事殿の弱みとは?」

「まあ……弱味とも思ってないらしいがな、あいつは。だが取り敢えず、仁義は通す。秘密だ」

「――俺の呪いは、矢張り貴方がたを不幸にするだけのようだ。かけるべきじゃなかった」

「いや、構わない。私は一生を以って償う。それに変わりは無い」

「想いを、永遠に伝える事が出来ないとしても?」

「それが私の罰だ。その罰を受け続けながら、バトラーとして、彼女を必ず幸せにしてみせる。勿論、」


 いつかウルナの夫になる事を視野に入れながらね。


 そう呟いて、真実の領主は月明かりの下で微笑んだ。


  +


 昼前の青空に花火が上がる。

 帰還する領主達への餞のパフォーマンスだ。一晩寝て、合障団達の密着コンサートの被害から回復した兵達は、黒塗りの馬車を中心に整然と馬を並べ、出発の準備に余念が無い。

 お土産に沢山の菓子や果物を抱えたジスティアスは、村人に紛れて「またきてねジスティアス様」と書かれた垂れ幕を持つガリーナの姿を見つけると、笑顔で駆け寄ってきた。赤い羽根つき帽子は、やはり銀髪と青い目に良く似合う。小麦色の肌にも。

「昨日は大変だったな! なんだか良くわかんなかったけど、でも皆元気になったし良しとしよう。村が手に入らなかったのだけが残念だ」

「また選挙をやればいいじゃないですか。次はもっと前もって準備して、立派なお祭にしますからね!」

 楽しみにしてる、と言って、ジスティアスはガリーナに顔を近づける。そして小さな声で囁いた。

「あのさ、お前さ、昨日、私の事を思ってくれる人が絶対いるって言ったろ? あれさ、もしかしたら、ほんとにもしかしたら、本当かもしれない」

「まあ、どうしてです?」

「あのな。すっごい嫌な奴が、私が前言った事を覚えてくれてたんだ。誕生日プレゼント、くれたんだ。少し早いけど。それがめちゃくちゃ可愛いペットなんだよ」

 ガリーナは我が事のように嬉しそうに笑い、頷く。ジスティアスはぴょんぴょん跳ねながら馬車へと戻って行った。そして途中でくるりとこちらを振り向き、叫ぶ。「偉い領主になって、いつかこの村を私のものにするからな!」

「何ッ」

 村の女性達から沢山の花を押し付けられて困惑していたアルプーが、歯を剥いて少女を睨んだ。

「お前が偉くなる日なんて一生来るわけ無かろうが、この田舎娘! 帰れ帰れ、ばーか!」

「うっさい豚領主! リバウンド期待してるぞ、ばーか!」

「執事、塩撒いとけ! 田舎菌がうつるわ、ばーかばーか!」

「砂糖の間違いだろ、ばーかばーかばーか!」

 ざばりと頭に塩を降り掛けられ、違う私じゃないあっちだ馬鹿執事ッと怒鳴るアルプーを尻目に、ジスティアスは馬車へと乗り込んでいった。

 扉を閉めようとするバトラーを制し、周囲を見回す。少し離れたところで、妙にやつれた顔をしているカイムを見つけ、上機嫌に呼びかける。

「カイムスターン、お前の冥獣召喚術、大したものだな! うちの冷血バトラーとは大違いだ。褒めてつかわす」

「は?」

「ガリの聖女に逢いたいと言った時、バトラーが特に反対もしなかったのは、お前という腕の良い召喚冥魔術士がこの村にいることを知ってたからなのだな。お前の親戚の友達の少年達はちょっと、お断りしたいが……だが、あのペットは可愛い。気に入った。大事にするからな」

 カイムはぼんやりと相手の顔を凝視し、そして茫洋と彼女の言葉の意味を理解した。

 ――そういえば、彼女はペット冥獣の召喚が誰によって行われたものか、見ていないのだ。

 見たのは、カイムが少年霊を呼んで言葉を交わした所だけ――。

 青年は困惑に唇の端を上げ、バトラーを見た。相手は一瞬こめかみを引き攣らせ、すぐに青筋を浮かべてカイムを睨む。そして首を横に振り、人差し指を唇に持ってきた。

 彼は自分が苦労した事、努力した事を見破られるのが嫌なタイプらしい。耐えて忍ぶ、一昔前の貴族の典型的なプライドの高さだ。ジスティアス一族は悪趣味だが、貴族精神だけは高邁のようだ。

「……お褒めに預かり、光栄です」

「うむ、今度なんかご褒美あげるね。では、帰るぞバトラー!」

 はい、とバトラーが呻き、茶色の毛並みの美しい馬に乗ろうとした時、「違う」とジスティアスが憤慨した。馬車の扉を開け、自分の隣の座席を示し、

「お前はこっち!」

と喚く。

「馬じゃ寝れないだろ。そんな眠そうな顔して、こっちまで眠くなってくるよ。辛気臭いから着くまで静かに寝てろ」

「―――分かりました」

 そして、ガレナ州組一行はゆっくりと村を後にした。

 その豪華なシルエットが大通りを抜け、草原へと消えて行った後、カイムはほっと一息ついた。これでやっと、心置きなく休めるのだ。だがそれも束の間、ガリーナが跳ねるように彼のもとへやって来る。

「今日のテーマは豊作過ぎて食卓に居場所の無いホウレン草の困惑です!」

 深緑色である。

 カイムは少女の元気な笑顔を眺めながら、若いなあ、と心の中で呟いた。未だ頭の中が朦朧としている。一方、彼女は昨夜の興奮が冷めやらない様子だ。

 昨夜、「男性を泊めるのはいけないことなんですけど、カイムさんなら良いですよね」と照れくさそうに言ったガリーナに、カイムは大いに仰天した。

 ――ちょっと待て、まだ招かれもされた事の無い関係なんだぞ! それがいきなりお泊まりって、そんな節操の無い! あ、いやでも待てよ、と言う事は少なくとも自分は執事と同列に扱われたんだ。良かった、彼女の中で俺は執事より劣る存在では無かったという事なんだ。って違う! 益々節操が無い! 何を考えているんだ、この娘は!

 ガリーナが何を考えてカイムを泊めたかと言えば、勿論。

「昨日の王カー対決は盛り上がりましたねー! カイムさんが聖なる水切りを唐辛子色の騎士に上乗せして、冥魔術攻撃を防ぎつつ捨て山の中から一枚手札に加えた時には笑っちゃいました。聖なる水切りは大食漢オンドル二世と王族にしか使えないのに。騎士なら同じ効果の黄昏のつけ髭ですよ。うぷぷ」

「地方ルールなんか知らないよ……」

「駄目ですーカイムさんはもうこの村の一員なんですから、ちゃんと覚えてくださーい。執事さんとお泊まり王カー対決した時、あの方はその辺ちゃんと抜かりなくてですね、私四連敗を喫してしまいました。今度は皆でお泊まり王カー合戦しましょう! はい、裏山のラグジュアリーを使用出来る人は?」

「怪盗ゴルゴンゾーラ、山田山荘の女傑、英雄トーマス……」

「ぴんぽーん!」

 お陰様で一睡も出来ませんでした。

 常に想像の斜め上を突っ走る聖女ガリーナは、その非人性ゆえに毎回空気を読まずカイムを死の縁に立たせる。断れば良いものを、何故か断れず死ぬ手前まで付き合ってしまう自分も情けない。

 通りすがったキリアが、砂糖菓子を頬張った所為で聞き取りづらい声をかけた。

「あ、いたいた。なあ兄ちゃん、マーブルが呼んでるぜ。壊した舞台の控え室をちゃんと直しとけってさ」

 ああ、もう。

 なんで俺はこんな村に来ちまったんだ。

 倒れる際、非常に良い音を立てて後頭部を大地にぶつけたが、それが良い子守唄になった。

 最後に見た空はまるで宝石のように美しく、ウルナ=ジスティアスの瞳のようだった。


  +


 からからと馬車がゆく。

 緑の草原を、雲ひとつ無い蒼穹を、若鳥の群れを横目に見ながら。

 少女は右手で頬杖をついて窓の外を眺め、息をついた。ガリの聖女には逢うことが出来なかった。けれど、あの変な女の子とは少しだけ友達になれた気がする。ジスティアス家に来てから、初めて本音を他人に語った。

 それでジスティアスは吹っ切れた。溜まっていた物を全部出したら、暗雲が風で吹き飛ばされるように、空が広がった。こんなにも広い青が、こんなにも近くにあったのだ。

「今まで通りで、別に構わないからな」

 隣に座っていた青年が視線をこちらに寄越したようだった。ジスティアスは草原を眺望し続ける。狐の親子が遥か遠くで走っていた。

「ちゃんと頑張る。領主になるために生まれたんだから、良い領主になって、領地を繁栄させる。あの豚には負けない。だから、お前は今まで通りで良い。変わるのは私の方だ」

 青年が俯いた。まだ少し、調子が悪いようだった。昨日あれだけの状態から立ち直ったのだから、具合が良い方がおかしい。

 ジスティアスは窓から視線を戻し、相手の目を見ながら、少し緊張した面持ちで続けた。

「いつかちゃんと誰かを愛せて、誰かに愛されるような、そんな人になりたい。すぐには無理だろうけど、でも私、頑張るよ」

 相手は何かを言おうと口を開き、そして僅かに眉を顰める。右手を抑え、言葉を喉の奥に押し込む。

 ウルナは暫く沈黙を保った。やがて、とても言い辛そうに、先程よりも更に緊張で固くなった表情を相手に向け、「だから、その代わり、」乾いた小さな声で言う。

 その続きを、アイスグラントは黙って待っていた。

「その代わり、お願いがあるんだ。あのさ、時々で良いから――」

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