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 夏である。

 寝苦しい夜を寝台の上でじたばたしながら越し、薄い雲に滲むような朝焼けを見るために窓の木戸を開ける。あちこちに飛んだ髪の房を櫛で梳きながら、ガリーナは大きな欠伸をした。

「今日は雨が降りそうですねえ。奥様のための服飾講座、盛況しそうです」

 ネグリジェを脱ぎ捨て、洋服だんすを開け放つと、色鮮やかな聖服がびっしりとぶら下がっているのが目に入る。丁寧に左が暖色、右に行くにつれて寒色の服に並べられていた。

 聖女であるにも関わらず、ガリーナは一番左の純白と一番右の漆黒だけは着たことが無かった。正確には、取り敢えず作ってはいるものの、どういった時に着れば良いのか分からないのだ。誰かの葬式の時は黒に近い灰色を着る。だから両方の色の名前はまだ付けていない。

 なんとなく両端の色を気にかけながら、真ん中辺りの服をいくつか引っ張ってみる。

「黒は私のお葬式の時で、白は――けっ」

 ……真に使い道が無い。

 一生着られる事も無いであろう可哀想な純白を眺めながら口を尖らせ、選んだ服に袖を通した。夏用の薄い生地と短い袖は心地が良い。同じ色のヴェールを被り、最後に大きく伸びをした。

「今日も一日、がんばろー!」

 その時、彼女の声に返事をするように扉がかたりと音を立てた。

 思わず飛び上がり、「誰ですか?」と誰何するが、返事は無い。気のせいだったのだろうか。静かに扉に近付き、そっと押し開け隙間から外を垣間見る。

 最初に視界に入ったものに、ガリーナは目を丸くして声をあげた。

「まあ、貴方は!」



   第三話 少女貴族は野望を抱く 




 カイムは霧吹きを片手に、曇天を窓の向こうに眺めた。

 雨が降るのか降らないのか、黒い雲の隙間から梯子のように太陽の光が地上に降り注いでいる。

 丁度その近辺、暗い色の森の向こうに、小さな尖塔が覗いていた。よくよく目を凝らしてみると、塔は鐘楼で、小振りの鐘が可愛らしくぶら下がっている。

 一日三度鳴るはずのそれは、今朝は鳴らなかった。

「寝坊したのかな……」

 鐘の守人である聖女ガリーナは普段から寝ぼけているような少女だが、生活では実に誠実なリズムを守っているはずだった。鐘を鳴らし忘れる事は、殆どと言って良いほど無い。

 村人が彼女の鐘を基調に生活しているのもまた事実なのは、その勤勉さが無意識の内に信頼されているからなのだ。

(女子なんてどうでも良いじゃん。それより、僕らの新曲聴いてくれない?)

 ぷしゅ、と窓から顔を離さずに霧吹きを自分の背後に噴きかける。霧散する塩水に、霊はきゃあと叫ぶと消えてしまった。

「風邪でもひいたのかな。鐘が無いと困るんだけどなあ」

(あのさあ、独り言なのそれ? 聞いて欲しいなら聞いてあげるから、大声出しなって。一人暮らしの辛さはよく解るよ)

 ぷしゅ、と左隣にひと吹き。

 もうすぐ昼だ。一日で二度目の鐘が鳴る時間だが、これも鳴らなければ様子を見に行かなくてはならない。

(はいはい、悪いのは僕らだよね。鐘が無きゃ困るもんね。早くあの女子の所に行ってみたら?)

 ぷしゅ。

 ぷしゅ。

 ぷしゅ。

「心配だな……」

 小さく呟き、カイムは窓に身を寄せた。

 彼にとって、聖女は絶対に無くてはならない存在だ。彼女に大事があれば、彼もこの家で生きていけなくなる。ある意味で、カイムはガリーナに生かされていると言っても良い。

 一刻ほど前からゴキブリのように涌いて出た霊の為に費やした人差し指の労力を思いながら、曇天に輝く石造りの尖塔を見つめた。



「拝啓……お元気……ですか……」

 集会所に立てられた大きな日傘の下にうつ伏せに寝転がり、何かを書いているキリアは、時折手にした小さなメモ帳を見て眉を顰めている。昼休みということで、この避暑地で少年同様にごろごろしている大人達が数人いるので、キリアは彼らに向かって声をかけた。

「なあ、陥穽ってどういう意味だっけ?」

「ああ、それはだな、箪笥の角に足の小指をぶつけるとなんか笑っちゃうだろ。あれのこと」

「なるほど。うーん、ちょっと使えないな」

 頷きながらメモ帳にその意味を記しつつ、キリアは改めて別のページを捲った。メモ帳の表紙には「マル秘単語帳」と書かれていて、恐らくガリーナから借りた冒険小説で得た知らない単語を溜め込んでいるのだろう。意外と勉強家なところのある少年に本当の意味を教えようとも思ったが、隣で寝転んでいる青年――確か牛飼いの息子だ――のプライドを傷つけることになるのも面白くないので、カイムは黙っていることにした。

 後ろに立ったカイムに気付き、キリアは首をひねって右手の羽根ペンを振った。黒インクが一滴、彼の頬にはねる。

「ミミへの手紙かい? マメじゃないか」

「まあな。折角友達になったんだし、世の中大事なのはコネだから、コネ」

 唇を尖らせてそう言う少年は、余り素直な方ではない。気に入っていた女の子が王都に帰ってしまったことが寂しい、なんて口が裂けても言わないだろう。

「また遊びに来るだろうけどね。結局親父さんがお袋さんを連れて帰るのに失敗してるし、恐ろしい事にミミ自身も絶対に仲介人として成功させるまで引き下がらないって言ってたし」

「仲介って、誰と誰の?」

「決まってんだろ、ガリと……」

 そこでキリアは口の中でもごもごと語尾を含ませ、誤魔化すように引き攣った笑みを浮かべた。カイムはその不自然極まりない筋肉の動きを眺めていたが、やがて手を叩いた。左手に握られた霧吹きが右手に当たってぺちんと鳴る。

「ガリーナ、そうだガリーナだよ。彼女を見なかった? 朝から姿を見なくて困ってるんだ」

「じゃあ森の泉かな。午後からは奥様のための服飾講座とかがあるから、すぐ帰ってくるんじゃない」

 霧吹きに変な目を向けつつ、少年は仰向けになって足を組んだ。カイムはその言葉に少し失望し、キリアの隣に座って青い日傘の向こうの空を見上げる。

 今日は曇天で日傘の意味は無いが、夏の蒸し暑さは相変わらずで、昼になると砂糖に群がる蟻のようにこの場所へやって来る人々の条件反射は侮れないものがあった。村民館の隣のこの広場に――とは言っても何も無い村なので、広大な緑の広場の合間に家が立っているというのが正しい――林立された大きな傘は五つを数え、その下では村人達が布や寝椅子を引っ張り出して来て、昼寝をしたり本を読んだりして暑さをしのぐ。

 しかし、ただ日を避ける為なら家の中に居れば良い。

 この避暑地が出来たのは、今年になってからなのだ。

 それというのも――。

「おや、珍しい。ガリ殿がいらっしゃいませんね」

 陽炎の中、皺一つ無い黒服で身を包んだ執事が悠然と姿を現す。右手には鍬を持ち、どこかの畑で労働に従事していたに見える割には服が全く汚れていないのが不思議だった。

「うん、昼寝にしてもいつもここで鼻提灯出してるはずなんだけど。あいつ最近、絶対にヴェール取らなくなっちゃって暑さでふらふらしてるんだ。だからこれが大好きなんだけど、今日は来てないな」

 キリアは寝転がったまま執事を見上げ、指先で隣に直立する巨大な氷塊を突付いた。

 この執事が作り出した巨大な氷が、実に素晴らしい冷房機能を果たしているのだ。それだけでも、氷の冥魔術を使える執事を村の一員として迎え入れた価値があるというものだろう。

「足しましょうか?」

「いやあ、今日は猛暑でもないから十分だよ。ありがとな」

 少年は心地よさにだらしなく口元を緩めてへらへらと羽根ペンを振る。黒インクが鼻の頭にはねた。

 それを横目で一瞥して、カイムは膝の上で組んだ手元を見つめた。昼下がりになるとキリアとガリーナは毎日ここで宿題や編み物やをしに来る常連であるし、カイム自身も時折こうして何をするでもなく座ってぼんやりと空と蝉の声を眺めにやって来る。

 ここにも来ていないとなると、一体聖女はどこにいるのだろう。このままでは、自宅が以前の頭の弱い幽霊屋敷に逆戻りしてしまう。

 小さく嘆息した時、執事が自分を見ていることに気付いて視線を上げた。

「カイムスターン殿、すっかりこの村に馴染んでいますね。アルプー様の元にいた貴方は、もっと無口で愛想も無かったと記憶しているのですが。明朗快活、大変結構」

 カイムは肩を竦めて相手を見上げた。肩に担いだ鍬と黒服と眼鏡に彩られた切れ長の瞳が似合っているのだかいないのだかよく分からない。

「その場に合った態度を取っているだけですよ。そういう貴方は全く変わりませんね。アルプー様の所へ帰らなくて良いんですか? 貴方がいないと困るでしょう」

「困るでしょうね、権謀術数に長けた者がアルプー様の元にはわたくし以外にいません。隣の領のジスティアス様との確執もそろそろ表面化する頃合でしょう。困りましたな。ははは」

「……分かってるなら、何故」

「まあ、アルプー様が泣いて頼んでお給金を上げてくださるのならば帰って差し上げる事もやぶさかではありません。牧歌的な生活というものはそれほどまでに魅力的です」

 多分もうすぐ泣いて頼んでお給金を上げてくるだろう、とカイムは思った。あの男は大して器も大きくないし、政治にも強くないし、実は小心者だし、あるのは尊大さだけだ。それが妙なカリスマとなっているのは確かだが、優秀な参謀が傍にいなくては自滅するだろう。

「貴方も辞める事は無かったろうに、それだけの実力がありながら」

 心の底からそう思う。すると執事は真意の見えぬ笑顔を作った。

「もう飽きた」

 カイムは表情を凍らせた。隣のキリアも寝転んだまま唖然と口を開けて執事を見ている。

 相手はそんな眼前の二人の様子を気に留めることもなく、「ところで」と今度は少年を見下ろした。

「ガリの聖女殿が服飾講座を開いていると仰いましたね。彼女は本当に裁縫が上手だと思いましたが、そのような事をなさっているのですか。一昨日見た赤いフレアスカートはその講座の為でしたか」

 感心したように言う執事に、カイムは気を取り直して不審げな視線を送る。

「なんでそんな事を知ってるんですか?」

「いえ、先日彼女の家に泊まりましたから」

「…………は?」

 キリアが開いた口を更に広げてかくんと大口を開けた。

 事も無げに執事は続ける。

「なんでも良い布を手に入れる為のルートを知りたいとか。で、一晩中お話を」

「…………」

「いやいやああ見えてガリ殿、意外に寝首をかくタイプで……。おや、カイムスターン殿。面白い顔をなさって、どうしました?」

「いえ……別に……」

 平静を保って呻くようにそう言ったカイムとは違い、キリアは硬直したまま変な声を出した。震える手で執事を指差し、

「お、お、おおお、お前、まままマジで?」

「大いにマジですが。それが何か」

しかし不思議そうな顔をする執事は、何か腹に一物抱えているのかどうかは判らない。ガリーナの家で一晩明かした事を打ち明けるのに何の後ろめたさも無い様子だった。

「ちょっ、お!? 良いのかよ! ていうか聖女だぞ聖女、あいつセージョなんだぞ!」

「うん聖女だ。巫女だと言ったら怒られた」

 空に視線を飛ばしてそう返しながらも、カイムは動揺していた。

 聖女は十秒以上男性に触れてはいけないという決まりがあり、ガリーナ自身もそれを頑なに守っている――彼女の知らない所で度々破られてはいるのだが――。

 それが、ついこの間村に来たばかりの見知らぬ男と一晩過ごすなんて、彼には到底信じられなかった。驚愕と共に、奇妙な憤懣が鎌首をもたげ始める。キリアが仰向けのまま腕を組んで挑戦的に執事を睨めつけた。寝転んでいるので膨らんだ鼻の穴が普段の倍以上見えて、威厳も何も無い。

「ふ、ふーん。お前とガリがそんなに仲が良いなんて、知らなかったぞ。まあ、おれも昔はよく一緒に昼寝してたけどな、あいつと」

 そして無理矢理口の端を上げて鼻から息を出す。競争心顕わに執事と火花を散らす少年は、掟がどうのというより単純に相手に負けた気がしているだけなのだろう。

 執事は焦燥的な態度になった二人を代わる代わる見遣ると、やがてにやりと唇を三日月形にした。

「ほう。ふむふむ。なるほどなるほど」

「な、何だよ」

「貴方がたは朋友らいばるという訳ですか、つまり」

「か、勝手に決めんなよ! 誰があんな馬鹿ガリのことなんか、ばーかばーか」

 ばしりと二人の背後に雷が走る。カイムはまだ遠くを見ていた。

 ファイがお玉を振り上げてこちらに走って来たのは、キリアと執事のぶつかる視線が臨界点を突破しかけた時だった。

「大変、大変よ! ちょっとあんた達遊んでる場合じゃないよ、今とんでもないお客が来て――」

「うるさい黙れ」

 巨大な氷塊よりも冷たい一言にファイは汗だくのまま足を止め沈黙した。二名を除いたその場にいる全ての人間が、遠くを眺めたまま言葉を発した料理人の顔を慄いたように見守る。

 正午が過ぎたのに鐘が鳴らない事に気付いたのは、誰もいなかった。



 カイムは己の子供じみた態度に腹を立てていた。

 ガリーナが掟を軽視して異性と一夜を共にしただけだ。年頃なのだから別に目くじらを立てる事も無いだろう。それが自分の元同僚、或いは元上司だとしても全く問題は無い。一月近く前に彼女が自分に嫌われていると思い込んで必死に謝りに来た事だって、彼女にとっては大した事でもなかったのだ。あの時に見せた涙さえ、些細な日常の一つだったのだ――。

(……馬鹿馬鹿しい。子供か、俺は)

 もうずっと昔に決めていたはずだ。

 誰にも心を寄せず、誰にも期待を持たせず、一人で生きていくと。

 ガリーナと自分には、同じ村の人間以上の関係は一切無い。それだけは確実だ。だから執事に対して抱くこの醜い感情は、子供の幼稚な欲と全く変わらない。

 全くもって、許せない程に愚かしい。

「これはこれは、貴方様自らこんな村にいらっしゃるとは。ご連絡頂ければ歓迎会でも用意できましたのに」

 だがしかし、ガリーナも軽率過ぎる。

 あれ程カイムが触れるのを嫌がっていた癖に、執事となれば平気で家に上げるなんて。実際、彼は一度もガリーナの家に上がった事が無かった。

「我が主がどうしてもこの村を見に来たいと仰ってな。元々この土地はジスティアスのもの、別に不都合はあるまい」

 別に用事が無いから家に行く必要は無い。だから良いのだけれども。

 ――ああ見えてガリ殿、意外に寝首をかくタイプで……。

(つまりアレだ、彼女の前で隙を見せてはいけないということだ。喉チョップでもするんだろう。恐ろしい子。……そう、鐘だ。鐘さえあればあとはどうでもいい)

 彼女が恋愛したところで村が滅びる訳がない。あんな掟は、実質上ただのお飾りに過ぎないのだろう。

「料理人」

 今の所、問題は鐘が鳴らされていないことだ。一度でもあの旋律が響かなければ、カイムの屋敷には鬱陶しい霊達が再び溢れ出そうとする。

「料理人」

 そう言えば昼の鐘も鳴らなかった。

 一体彼女はどこに行っているのだ――。

「料理人!!」

 はっと顔を上げる。

 何時の間にか先導するファイに引き続きぞろぞろと歩き出した人々の中に、自分も紛れていたようだった。目の前は副村長マーブルの家で、村中の人間が集まっている。

 人々の中心にあるのは、黒塗りの荘厳な馬車。御者や護衛兵が十人近くその周囲を囲んでいる。カイムに声をかけたのは、馬車の前で冷や汗をかいているマーブルと対面している男だった。

「君は確か、アルプー様の屋敷の料理人ではなかったか? 以前に一度、会食で見た気がする。我が主が大変に君を気に入っていたが――こんな所で何を?」

 年の頃は二十代後半だろうか、黒い髪はカイムと良く似ている。眠たげな萌黄色の瞳に、彼は脳裏に閃くものがあった。

 つい今しがた話題に出たばかりだったので、驚愕を隠しきれない。

「ジスティアス様のバトラー殿、ご無沙汰しています。私はアルプー様の厨房を退職して、今はこの村の料亭を手伝っています。――そこの、九里金豚と言う所ですけど」

 ぐいぐいと脇腹を押してくるファイに応え、渋々宣伝する。本当はバーバババ亭との掛け持ちなのだが。

「何? あの豚領主の料理人が退職したの?」

 馬車の中から鈴のような声がした。バトラーは鷹揚に振り返り、「聞いた通りです」と返す。

「そうか、それなら――」

 さっと兵が扉を開ける。中から隣の領土の主ジスティアス本人が軽い足音を立てて地面に舞い降りる様を、誰もが口を開けて凝視した。

「益々、この村は私が手に入れなくてはならないな!」

 羽飾りのついた男物の帽子。高貴な紅色の下地に金糸の刺繍の上着。黒いパンツに茶色のブーツ。

 小麦色の肌に宝石のような青い瞳が、その服装に実に良く似合っている。

 それは領主というには余りに幼く、そして同時に極めて気高い少年だった。

 カイム以外の全ての村人が息を飲む音が聞こえた。領主のイメージとかけ離れた姿が現れた所為もあるだろうが、まるで箱庭で育てられたかのように小柄で細身の肢体に凛とした大きな瞳、小生意気に尊大な表情は余りにも都会的で、度肝を抜かれたのだ。領主ジスティアスは、まるでおとぎ話の世界から抜け出した幻想の住人のようだった。

 ジスティアスは顎を上げ、唖然としている村人たちの質素な顔ぶれを端から眺めていたが、やがて鼻の辺りをむずむずさせ始める。

 そして唐突に帽子に手をかけると、

「……ぅ暑ッ! やってられるか馬鹿ッ! バトラー、水水水、死ぬ!」

貴人にあるまじき乱暴さでべちんと地面に叩き付けた。肩にかかる銀色の美しい髪が解放され、僅かな風に靡いた。

 もう一度村人が息を飲む。

 カイムは確信した、今のは二度目の驚愕と同時に失望の合図だということを。

「お、女の子だったのか……おれ、てっきり」

「領主が女じゃ悪いか、子供。とにかくどこか涼しい所に入れろ! 村の今後はそれから話す。それから料理人、何か用意しろ。ちゃんとデザートも付けてな」

 マーブルはかくかく頷いてジスティアスの言葉を聞いていたが、その呼吸の切れ端におずおずと手を挙げた。

「すいません、その、つまり。この村は、アルプー様じゃなくてジスティアス様のものになると、そういう事ですか……?」

 カイムは、唐突に涌いて出た話に驚いて少女のだるそうな表情を眺めた。箱入り育ちだったのだろう、初夏の暑さにさえ耐え切れないようだった。

「主はそう仰っている。とにかく早くお休み出来る場所を用意して頂きたい」

「あの、屋外で良ければすごく涼しい所がありますけど……」

 ジスティアスは何度も頷き、控え目に前に出たキリアに促す。「それでいい。死にそうだ」

「ついでに、泊まる事の出来る宿はあるだろうか」

 少女の隣のバトラーは相変わらず眠そうな目で居並ぶ兵たちを示し、その多人数に眉を顰めたマーブルは、暫く考えてからぽんと手を打った。

「あります。ちょっと古いですが、それでも宜しければ。な、カイム」

「は――ええ?」

「ああ、構わん。感謝する」

 カイムは少しの間手に持った霧吹きを見ながら考えていたが、やがて大きく頷いた。

「少し歌うかもしれませんが、構いませんか?」

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