BOSSの、とある惑星での日常
この惑星の住人は、野球、というものに取り付かれているようだ。
私はジョーンズ。 宇宙人だ。
これまでには、運送屋、量販店、カラオケ屋、ホスト、ちらし配り、などなど、時には選挙に出て知事までやってしまった事もあった。
とにかく、この惑星のことを調べてきた。
そして、判った事の一つが、これ。
どうも、この惑星の住人は、野球、というものが大好きのようだ。 最近はサッカーなどというものも人気を伸ばしているが、まだまだ、野球人気には及ばないようだ。
一度は帰還命令が出て、この惑星を離れたが…、
が、また帰って来てしまった。
今は、下町の豆腐屋に住み込みで丁稚奉公している。
この、豆腐、というものは実に面白い。 味が無い様で、実は実に味わい深い、実に奥が深い食品だ。だが、そう言える様な素晴らしい出来の一品に出会う事はやはり珍しいが…。
それでも、一度、その味に出会ってしまうと、取り付かれてしまう。
最近自分でも気が付いたが、私は結構凝り性のようだ。
そして、この豆腐屋の、親父さんの作る豆腐は、いつでも、かなり美味しい豆腐になっている。お値段もお手ごろで、最近のスーパーの訳のわからない安売りで、一丁十円だとか二十円だとか、そんな値段と比べられたら敵わないが、絶対にこの味でこの値段ならお得なはずだ。
そう。ここの美味しい豆腐はイチキュッパだ。
話が逸れてしまった。
そう、野球だ。
どうしてだろう?
夜になると、この豆腐屋の主人もナイター中継にかじりつく。ジョッキでビールをあおりながら、自分で作った豆腐をつつく。
ひいきのチームが勝っていると、豆腐もおいしく感じるらしいが、負けていると、どんな豆腐でも味がおかしく感じるらしい。 まぁ、そんな時は訳もなく怒り出してしまって、豆腐の味のこと等は頭の中から消えているかもしれないのだが…。
そんな親父さんの様子は、私としては不思議ではあったけれど、所詮は他人事だった。
そして昼間は、というと。
私を相手に豆腐の仕込みをしながら、ひいきのプロ野球チームの選手に関する薀蓄を延々と話し続ける。 それは愚痴の様であり、自慢の様でもあり、どちらにしても、親父さんのそのチームへの、そしてチームの選手達に対する思いいれの深さが感じられた。
私としては、知りもしない人たちの事を延々と聞かされ続けるので、訳がわからなかった。だから、最初は聞き流していたのだが、ある時「それで、その人はその後どうしたんですか?」と訊いてしまった。 確か、とある野手が思いもしないエラーをして、結果として、そのチームはその日の試合に負けてしまったって話だったと思う。
それからは、私も一緒にナイター中継を見るようになっていった。
私が思わず訊いてしまった、その選手が元気にプレーしているのを見て、私も思わず和んでしまった。 気がついたら、親父さんと一緒に中継を見ながら、試合の進行に一喜一憂していた。
そして、チームの勝利に、親父さんと乾杯して喜んだ。
いつしか、それが私の日常になっていった。
が、それだけでは終わらないのが、この惑星の予測できない展開だ。
ある日、親父さんが唐突に言い出した。
「おう、ジョーンズ。 おめぇ、野球やらないか」
私が不思議そうな顔で、無口のまま見返していると、親父さんは構わず言葉を続けた。
「実はな、この商店街で草野球チームを作ることになったんだよ。 わしは、四番サードだ」
その後も、親父さんの一方的な話は続いた。 それによると、既に私の参加は決まっている事のようで、私はピッチャーという事になっている様だ。
そして、今度の日曜日に知り合いの商店街チームと試合をする事も、既に決まっている様だった。
まぁ、多少でも野球を知った今、ピッチャーと言われて、嫌な気がするわけもなく、ピッチャーで、ニヒルで無口な私なら、きっとモテル…。 そんな事を妄想しながら、それでも、にやつかないように、きわめて無表情で週末を待つことになった。
そう。そして、その日以来、毎晩のように親父さんとキャッチボールをする、そんな事が私の新たな日課になった。
試合当日、お約束のように晴れ渡った空を仰ぎながら、我々の商店街チームは近くの川原のグラウンドに集合していた。
もちろん、我々のチーム名は『ボス』だ。
対戦相手のチームは親父さんの知り合いの商店街、との事だったが、そのチーム名は『エメラルドマウンテン』という事だった。
さらに、よく見ると私の知り合いが混じっている事が判明した。
同じく宇宙人のデーブ、そして、ゆうこりんまで…。
「戻ることないじゃん」 「あ~ん、もどってきちゃいました~」
などと言いながら、キャッチボールをしていた。
結局、彼らもこの惑星に戻ってきた様だ。
やがて
「プレイボール」
そう宣言された。
そして、いざ始まった試合の方は、というとどちらのチームも散々な内容だった。
私は、というと、あのピッチャーマウンドから見ると、ストライクゾーンが如何に狭いのか、その中に入る様にボールを投げる、というのが如何に難しいのか、そして打席に立って、バットを振るのはいいけれど、どうにも、飛んでくるあの小さなボールに、そのバットを当てる、という事が如何に難しい技なのか、そんな事を感じていた。
どうやら、それは親父さんも一緒で、ゴロをトンネルしたり、せっかく捕ったボールを送球する時にとんでもない方向に送球したり、と、大エラー大会になっていた。
まぁ、それは相手チームも含めて、誰もがそう変わらなかったのだが…。
相手チームでは、デーブは必死にバットを振り回し、ボールが飛ぶと死に物狂いで走っていた。ゆうこりんも、口では「あ~ん」などと言いながらも、目は真剣で、必死に飛んできたボールを追いかけ、それを手にすると、一生懸命に投げ返していた。 とにかく、二人とも普段以上に真面目で、そして、とても楽しそうにしていた。
とにかく、そんな状態で、野球のルールはきちんと覚えていたはずだったけど、そのルールを、この試合に適用する、という事がだんだん困難になっていった。
というか、そんな細かいことを考える事がめんどくさくなっていった。
いつの間にか、スリーアウトでチェンジ、という最も基本的なルールさえ曖昧になり「もう、疲れたからチェンジ」とか「そろそろピッチャーやりたいからチェンジ」とうとう「もう、攻撃飽きたからチェンジ」なんて事になっていった。
だから、スコアボードに並んだ得点の表示が何を表しているのか、それは謎の数字だった。
それでも、みんな一つのボールを追いかけて、それを投げ、ぼうっきれで叩き、それをまた追いかけて、そのボールを持って、相手を追いかける。 それはもう、別の競技だったのだろう。
いや、競技ですらなかったかもしれない。
それでも、とにかく、皆ぞんぶんに楽しんだ事は間違いなかった。
夕暮れになり、スコアボードに意味不明の数字がもう書き切れなくなったころ、我々も、相手チームも、疲れ果てて、そして満足していた。
試合結果は、32768対32767で『約』引き分け、という結果に決まった。
まぁ、その結果が合っているのかどうか判らないし、そもそも、スコアが何を表しているのか不明だし、さらに言えば、どっちのスコアがどっちのチームのものか判らなかった。
だから、正しくは『不明』だった。
けど、やはり、そんな細かい事は誰も気にしなかった。
そして、その後は、両チーム合同の宴会へとなだれ込んで行った。
近くの赤提灯にみんなでなだれ込み、ちょうど始まったナイター中継に盛り上がった。
ひいきのチームはお互いにバラバラで、中継を見ながら歓声を上げる人、罵声を張り上げる人、そんな叫び声が交錯して異様な空間を作り出していたかもしれない。
けど、その日一日を、一緒に野球もどきをして遊んだ仲間の我々は、そんなひいきチームの違いなんていう些細な事はだんだんと気にならなくなっていった。
赤提灯のあとは、みんなで屋台のラーメンを食べて、カラオケに向かった。 ほとんど誰も脱落しなかったので、屋台は行列になったし大変な状態だった。
カラオケは、それまで私はただの騒音だと感じていたが(八代亜紀は別だ)、一緒に歌ってみると、けっこういいものかもしれない。なんて思い始めていた。
私が熱唱したのは、もちろん八代亜紀の『舟歌』だ。
みんなで一緒になって声を張り上げているうちに、時間を忘れた。
疲れ果て、やっとカラオケボックスから出てきた時、既に東の空が白み始めていた。
けど、誰の顔も妙に爽やかだった。 徹夜明けのドロドロとした感じは全くなかった。寝不足など、これから寝ればいいじゃないか、そんな感じだった。
この後の、少なくとも半日を無駄にしてしまう。それは、以前だったら受け入れ難いだらしないことだった。
今でも、それがろくでもないことだ、という思いはあった。
けど、そのろくでもないことが、その次へと向かう気力を作り出している様にも感じた。 そう、また同じ様にろくでもないことをする為に、その為にまた日常をしっかりと生きていこう、そんな気力が満ちてくるように感じた。
ああ、やはり、この惑星の夜明けは美しい。
どうも、私はこの惑星にすっかり馴染んでしまったのかもしれない。
このろくでもない、すばらしき世界に…。
このお話を書いている時にちょっと検索して、こんなのを見つけました。
http://www.youtube.com/results?search_query=tommy+lee+jones+tv+commercial&aq=f
うーん。いいんでしょうか? まぁ、CMだから、文句は出ないかなぁ?